第12話 旅人の残影

 "なんだアレ"

 "どう見ても人間じゃないやん"

 "新手の魔物か?"

 "物騒なもん持ってんなオイ"


「――ッ! その前に……」


 碧は自分でも抑えきれないほど取り乱しているのを感じながらも、ギリギリのところで現在配信中であることを思い出し、慌てて振り返った。


「悪いが配信はだ! 端末を切ってくれ!」


「ええっ!? ちょ、急にそんなこと言われても……」


「事情は後で話すから! 早くッッ!!」


 "は?"

 "は?"

 "はああああ!?"

 "何言ってんだコイツ"

 "こんないいところで切るなんてありえないだろ!!"


 当然そんな発言をすればコメント欄が荒れるわけだが、これはあらかじめ碧がリンベルサウンドに要求していたことの一つ。

 碧が強制終了を宣告した場合、リンたちは速やかに配信を停止する。

 これは配信に映す上で問題のある場面に遭遇した場合やNDKとして不都合なものが配信上に映ることを避けるための物であるわけだが……


「と、とりあえず切りましょうリン」


「え、あっ、う、うん! ええっと――ひゃっ!?」


 コツン、コツンと床を叩く靴の音が響き、謎の死神がこちらに近づいてきていたのだが、リンが端末を取り出そうとした瞬間、死神の姿が一瞬にして消えた。

 直後、大きく鎌を構えた死神がリンの頭上から襲いかかる。


「――ッッ!」


 碧は慌ててその間に割り込み、剣を差し込むことで鎌を受け止める。

 その衝撃音が開戦の合図となった。

 一度距離を取った死神が鎌の刃を叩きつけるように振るうと、赤黒い血のような棘が無数に地面から生え、波のように迫り来る。


「くそッ……!」


 これは剣だけでは止められない。

 避けるだけならば容易いが、後ろには守るべき人間がいる。

 本当は使う気がなかった力を解き放つ以外での解決方法が浮かばなかった碧は、あっさりとその禁を破った。

 碧が剣を振るうことで強烈な冷気が発生し、地を這う氷の壁が形成され、悍ましい死の棘と衝突する。


「…………」


 だが、その一瞬の躊躇いが致命的な隙を産んだ。

 死神は即座に鎌を横に薙ぐと、空間に亀裂が発生し、そこから無数の赤黒い手が凄まじいスピードで飛び出し、やがて碧の体に触手のように絡みついた。

 そしてその体を締め上げ、体の動きを封じてしまう。


「ぐっ……」


「御上さん!」


 碧が捕らわれたのを見たリンは即座に光の剣リュミエールを抜き、碧に絡みついたものだけをバラバラに切り裂いた。


「……ありがとう、助かった。だけど――」

 

 その繊細かつ正確な剣技に若干驚きつつも、自分一人では抜け出すのにもう少し時間がかかっていたので素直に感謝の言葉を口にした。

 だが、それよりも先に配信を止めてくれ、と言おうとしたが、その言葉もまた死神によって遮られる。

 またも鎌を構えて飛び出した死神がリンに向けてその凶刃を振るったのだ。


「う、く……なんて重さ……」


「リン! 御上さん! 離れてっ!」


「――ッ!」


 刃で競り合う二人に無数の銃口が向き、乱雑な弾幕が形成される。

 それを不快としたのか、死神は空いた右手を伸ばしてその手のひらに赤黒い煙を纏わせる。

 次の瞬間、その赤黒い何かは巨大な四角形を形成し、弾幕の全てを受け止めた。


 だが鎌に乗せた力が緩んだのを感じたリンは強引にそれを振り払い、眩い光の刃で切り掛かる。

 碧もそれに合わせて冷気を纏わせた刃を重ねた。


「――――!!」


 死神の無防備の腹に二重の刃が突き刺さり、その体を大きく弾き飛ばした。


 "なんだ、倒せてるじゃん"

 "やっぱリンちゃんつえー"

 "ってか御上ってヤツ、なんか氷の力使ってたよな"

 "アレってもしかしてこの前の?"

 "じゃあそいつがあのDトラベラーズのアオイなのかよ"

 "ってかあの死神みたいなのもどっかで見たことあるような……"


「D……とラベ……らー……ズ……?」


「――ッッッ!?」


 自動的に読み上げられたコメントに対して、いつの間にか起き上がった死神が反応を示した。

 無機質なその声はどちらかと言えば女性的であり、その声を聞いた碧は激しく動揺する。

 柄を握る手が震えているのを感じる。もうこれ以上、正気を保てる自信がない。一刻も早くこの場を離れなくては。

 碧の頭の中にはその事しか頭になくなっていた。


「ア……お……」


「御上さんッッ!!」


 死神の鎌が大きく縦に振るわれると共に、赤黒い斬撃がが、動揺した碧は僅かに反応が遅れた。

 だが、斬撃が碧に届くことはなかった。

 ベル子が直前にバリアを張ることで直撃を防いだのだ。


「――すまない、助かった」


 またも救われる形になった自分の情けなさに呆れつつも、いまだ危険な状況であることを再確認し周囲に意識を張り巡らせる。

 それと同時にリンが声を張り上げた。


「引きましょう! ごめんだけど、配信もこれで終わりにするねっ! それでいいですよね御上さん!?」


「――ああ!」


「じゃあこれでしゅうりょ――う、ああああああっっ!?」


 リンが懐から端末を取り出し、ドローンに対して信号を送ろうとした次の瞬間、周囲に凄まじい重力がかかる。

 体感にして10倍は軽く超える圧を前に、リンの手から端末が転げ落ちた。

 そして時間が経つにうれ重圧はさらに勢いを増し、ついにはドローンも耐えきれず地面に落下し、ついには爆発して砕け散ってしまった。


「ぐおおお……」


「うぅ……」


 碧たちもかろうじて形こそ保っているが、今にも潰れそうなほどの重力に耐えるのに必死であり、強靭なダンジョンの壁も大きく揺らいでいた。

 そんな地獄のような環境の中、ただ一人軽やかに動ける者がいた。そう、この重力を引き起こした張本人――死神である。


 死神は一瞬で距離を詰め、ドローンと同じように粉々になった銃器と共に地に臥すネオンの首に鎌を振り下ろそうとしていた。


「――――」


 もはや声も上げられないまま絶望に満ちた表情をするネオン。

 碧は今だに重力の檻に囚われたままだ。

 このままではネオンは殺される。


(このままじゃ、あの時と同じ……)


「――させねぇッッ!!」


 次の瞬間、断罪の鎌は勢いよく弾き飛ばされ、死神の体が大きくのけぞった。

 そこには重力から解き放たれ、碧の姿があった。


「わ……タ……か……?」


 声ならぬ声を上げる死神。

 だが、どうやらあちら側も動揺しているようだ。

 それはそうだろう、と納得する碧。

 同時に周囲の重力が通常のそれに戻り、リンたちが起き上がったのを確認できた。


 結果としてドローンが破壊されたので配信を終わらせることには成功したわけだが、これ以上戦うとなると碧はさらに禁を破らなければならなくなる。

 それは碧にとってはできる限り避けたかったのだが……


「…………」


 突如として死神の姿が登場時と同様揺らぎ始め、存在が不安定になっていく。

 数秒後にはもはや一切の痕跡すら残さずその場から消え去っていた。


「いなくなった……?」


「た、助かったの……?」


 結果としては命拾いした形になったリンたちが安堵の言葉を漏らすが、碧の表情は全く晴れていなかった。

 それどころか憂鬱そうに下を向き、誰にも聞こえないほどか細い声でその思いを漏らした。


会いたくなかったよ……なんで出てきちまったんだ、……」

 

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