第11話 歪み

 御上と名乗ったNDKが派遣した調査員は、少なくともリンベルサウンドの面々と並んで戦えるほどの実力者である。

 その事実を先ほどの戦闘で見せたことで、コメント欄の住人は少しばかり落ち着きを取り戻した。

 能力の使用を最低限に抑えた上に武器も別のモノを用いたおかげであの戦闘で碧の正体は今のところバレていないが、攻略者でもないのにあの強さはどういうことなのか、ということでコメント欄では様々な憶測が飛び交っている。


(……まぁ。目的は果たせたから良いだろう)


 碧がわざわざ先ほどの戦闘を一人で買って出た最大の理由は、リンベルサウンドの3人に自身の戦闘能力を知ってもらうためだ。

 いくら事前情報でちゃんと戦えると伝えられていたとしても、生の戦闘を見ないことにはその実力を完全に信用することは難しい。

 碧としても、そんな疑念を抱かれたまま戦闘に突入して下手にこちらのカバーをしようと動かれた結果アクシデントが発生するのは困るため、一度ここでしっかりと示す必要があった。


(ま、コメントにムカついたのも事実だが)


 未だ自分にそのような感情が残っていたことに若干驚きつつも、コメント欄が大人しくなったのを見て悪い気分はしなかった。


「と、とりあえず! 改めて今後の戦闘は御上さんと私が前衛、ネオンが中衛、ベル子が後衛ってことでオッケーだよね?」


「いつもはリンにだけは当たらないように気を付けてるけど、今度から御上さんにも当たらないように気を付けなきゃ……」


「私はいつも通りやるから問題ないわ」


「あぁ、俺も問題ない」


 リンが言っていることは、このダンジョンに挑むにあたって前もって決めていたことだが、改めてそれを再確認するために敢えて口にしたのだろう。

 ここはまだ、”旅人の傷痕”裏ルートの第一層。地上から数えれば16層目にあたるが、を知っている碧から見れば入り口に過ぎない。


「――っ! 構えて!」


 だが、それでも表ルートとは比較にならないほど強力な魔物が多数出現する地獄であることに変わりはなく、今度は体長3~4メートルほどの人型の魔物が襲い掛かってきた。

 ちなみにこのダンジョンの内部の天井はその巨人が数体縦に並んでもまだ余るほど高く、彼らが暴れまわる上で何ら支障がない空間となっている。

 さらに気づけば左右の壁から巨大な蝙蝠に似た魔物が複数姿を現し、こちらに対して威嚇をしていた。

 

「先行するよっ! 光の剣リュミエール!」


 リンは自身の固有能力である”光り輝く謎の高エネルギー体(通称:光エネルギー)を生み出し、自在に形作り、操る能力”により、自身の武器に激しい光を纏わせ、自慢の脚力で巨人に瞬時に迫る。

 そして果敢にも巨人の真正面から光剣を大上段に構え、勢いよく振り下ろした。

 ノの字を描くように巨人の胸に傷が入り、その傷口を侵食するように光の粒があふれ出す。


「もう、一発ッ!!」


 そしてリンは振り切った剣を再度強く握り、今度は斬り上げを放とうとする。

 だが、先ほどの一撃は巨人の体勢を崩すには至っておらず、既に巨人は左の拳をリンの華奢な体に叩き込もうとしていた。


「ふっ――!」


 だが、リンはそれに対する回答として力業による正面突破を選んだ。

 光剣リュミエールに、更にまばゆい光を纏わせたリンは、勢いよく振り上げることで正面に激しい爆発を引き起こしたのだ。


「うっ……」


 その威力は巨人の腕どころかその体ごと大きく吹き飛ばすほどの凄まじいものだったが、そんなものを真正面で引き起こせば、当然本人もその影響から逃れることは出来ない。

 リン自身にも光エネルギーを纏わせることでダメージを軽減したようだが、その体は白煙を挙げながら勢いよく地面に叩きつけられた。


「まったく! いつもあなたは無茶ばっかりして――」


「ありがとうベル子!」


 その尻拭いをするのは後衛兼回復担当のベル子だ。

 ベル子は左手に本を、右手に杖を持ち、倒れたリンに対して自身の能力の一つを用いて淡い緑色の光で包み込み、その傷を瞬時に癒していく。

 だが、そんな隙を突くように蝙蝠たちが巨大な炎の塊を大量に吐き出した。


「こんな時はボクの出番だねっ!!」


 その隙をカバーするようにネオンが間に割って入り、可愛らしい顔に似合わない鷹のような鋭い視線で目標を捉えると、自慢の銃器軍団が一斉に火を噴く。

 創銃乱射トリガーハッピーと呼称されるその能力の際たる魅力は、その圧倒的な手数と火力にある。

 だが、一度にそれだけの大技を放つということは、相応の後隙が生まれるのは必然であり、


「――ちょっ、やばっ」


 激しい弾幕の間を潜り抜けて、復活した巨人が猛スピードでこちらに突進してきていたのだ。

 空中で撃ち終えたばかりのばかりのネオンが着地する前に巨人の拳が届いてしまう。

 それを察したリンが即座にその間に割り込もうと試みるが――


「――ハァッ!」


 青色の剣閃が奔ると同時に、その巨腕は宙を舞い、遅れて大量の血が激しく噴き出す。

 碧は腕を斬り飛ばした確かな感触を得ると、即座に後ろ蹴りを放ち巨人の体を弾いた。

 そして足下に僅かに発生させた氷を足場に体勢を変え、一気に加速した勢いのままその首をね飛ばした。


 そして着地するとともに瞬時に駆け出し、ネオンの銃撃で傷を負い怯んでいた蝙蝠たちに猛スピードで接近すると、彼らが碧を認識するよりも早くその体を真っ二つに切り裂いた。


「……やっぱりわたし、ちょっと自信無くしそう」


 その様を見ていたリンはそう漏らしたが、碧はこの戦闘に全く別の感想を抱いていた。

 

(……こいつら、第一層に出てくる魔物にしては強すぎる。この前の彼女たちの配信では、少なくとも第二層までは普通に戦えていたはずだ。一体どうなっている?)


 碧は二年間、一人でこの裏ルートの攻略を進めてきた。

 だがこれほどまでの違和感を覚えたのは初めてのことだった。

 碧の体感では彼らは第四層あたりから見かけるような魔物。

 ボス級であるあの時のドラゴンよりは弱い個体ではあるが、十分脅威と言える強さを誇る敵だ。


(これはこの三人を鍛えるって話、真面目に考えなければいけないかもな)


 後ろを振り返り、土埃を払いながら武器をしまう三人の姿を見て、あの時天音が言っていた言葉を思い出す。

 どういう理由か知らないが、この裏ルートの攻略難度が急激に上昇しているのであれば、はっきり言って今の3人では足手まといだ。

 ダンジョン攻略において、足手まといの戦力カウントは0ではない。マイナスだ。

 守らなければならない対象が増えれば増えるほど、碧は戦いにくくなる。

 普段なら一人で突破できるところも、この三人がいることで厳しくなる場面がこの先必ず訪れるだろう。


(だが鍛えるにしてももう少し戦闘データが欲しい。それにここで引き上げるのは配信的にも調査的にもイマイチ、か)


 本来ならばすぐにでも引き返して、パーティの戦闘力向上に努めたいところではあるが、たった2回の戦闘で引き返すとなると、流石に成果がなさすぎる。

 碧は第二層に突入したところを今回の区切りと決め、3人と共に先へ進むことにした。


 ♢♢♢

 

 この裏ルートは通常のダンジョンとは異なり、上層には宝箱やトラップといったモノが一切存在しない。

 ただひたすら魔物と戦いながら迷路のような道を進み続け、下へと進める階段を探すだけのなんの面白みもない時間が過ぎる。

 リンたちもだんだんとこの階層の魔物との戦闘に慣れてきたのか、碧のカバーもあり危なげなく魔物との戦闘をこなしていた。

 それと同時に、三人の戦い方を分析していた碧は、一人一人の課題や伸ばすべき長所などをある程度割り出すことに成功していた。


(不思議な気分だ。実力も経験も圧倒的に劣るハズなのに、どこかと戦っている時のことを思い出す)


 それと同時に確信していた。自分の持つ知識や経験は、間違いなく3人の助けになると。

 何故なら碧の能力は――


「……えっ? ちょっと! ベル子、ネオン、御上さん! あそこなんか変じゃないですか?」

 

「ん……んんっ!?」


 もう間もなくで第二層へと降りる階段が見えてくるところで、リンが何かに対して指さした。

 その先には円形の空間の歪みが発生しており、赤黒い境目がゆらゆらと不気味に揺れていた。

 だがその揺らぎは段々と形を変え、それはやがて人の形を成した。


「な、なにあれ……ヒト?」


「なんか死神の鎌みたいの持ってない?」


 それは長身の女性の姿を取っているが、輪郭が歪みの境目と同じで赤黒く、その体表は暗い白をベースとした色で染まっていて表情を窺うことは出来ない。

 そして最たる特徴として、その体長を超えるほどの巨大な鎌を背負っており、ベル子の言う通りその様はどこか死神を想起させる。

 だが、それを見て、碧は小さく体を震わせていた。

 

(なぜがこんなところにいるんだ!? おかしい、おかしいおかしいおかしい!! いや、今はそんなことはどうでもいい……)


「――逃げるぞ」


「えっ?」


「全力で逃げろ! 俺が時間を稼ぐから、早くッッ!!」


 碧は自身が冷静さを失っていくのを感じながらも、剣を抜いて前へ出た。

 

(なんでこんなところにいるんだよ……俺はまだ、アンタと戦う覚悟なんて出来てないってのに……)


 様々な感情が爆発するのを感じながらも、この場を切り抜ける最善策を模索して碧は思考を走らせた。

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