第10話 攻略開始

 相変わらず嫌な空気に満ちた空間だ。

 リンベルサウンドの面々と"旅人の傷跡"の裏エリアに突入した碧は、何度潜っても慣れないこの奇妙な感覚に不快感を覚えていた。

 だがそんな碧とは真逆に、美少女3人組は元気にコメント欄とやりとりしていた。


「今回の調査は第1回目だからあんまり深くは潜らないよ!」

 

「この前のドラゴン見たいのきたらお手上げだから仕方ないわね」


「ボクの自慢の弾幕が全く通じなかったのは結構ショックだったなー」


 話を聞いている感じだと、トラウマに感じているどころかいつかは打ち果たそうと前向きに考えているようだ。

 実にダンジョン攻略者らしい図太さで結構、と碧は頷いた。

 むしろあの惨劇を見ていた視聴者の方が一種のトラウマになってしまっているようで、良くも悪くもダンジョン攻略の"リアル"を届けるダンジョン配信の醍醐味を味わっているな、と改めて感じた。


 "あれは本当にトラウマになるわ"

 "結局あの時助けてくれた奴は何者だったんだろうか"

 "それを確かめるのが今回の調査だろ"

 "どうでもいいけどそこの男は喋らねえの?"

 "リンちゃんが凄腕とか言ってたけどほんとに戦えんのか?"


 コメント欄は相変わらずカオスな状態になっているが、ほとんどの視聴者はリンベルサウンドを救った謎のフードの人物=碧と結びつけてはいないようで一安心した。

 しかし戦闘の内容次第では簡単にバレてしまうので、戦い方には気をつける必要がある。

 もっとも調査が進めば手を抜くような真似ができる状況ではなくなるので、バレるのも時間の問題だが……


(いつかバレるにしても今はその時じゃない。今はまだただのギルド職員でいるべきだ)


 碧は今回の調査を引き受けた時点で、いつか自身の正体がバレることは覚悟していた。

 だが、それでも成し遂げたい目的があるのだ。

 隠れてコソコソやろうとして失敗している以上、代償を払ってでも他者の力を借りなくてはならない。


「そうそう、みんな気になってるよね! 御上さんがどんな戦い方をするのかって!」


「うんうん、ボクも気になる!」


「――っと、良いところに魔物現る! それじゃ早速試してみよー!」


 リンがやや芝居がかった口調で戦闘開始を宣言し、高らかに剣を構えた。

 それに合わせてベル子は宝石があしらわれた杖を、ネオンはいつものように無数の銃器を取り出す。

 

 現れたのは骨が剥き出しになった四足歩行の魔物の群れ。動物に例えるならば犬が最も近いだろうか。

 しかし異質な紫のオーラを纏い、鋭い牙を光らせるその様は、とても人に懐くようには見えない。


 "おっ、きたぞ戦闘!"

 "そいつ中心に戦わせてみたら?"

 "ベル子様の手を煩わせんなよ!"

 "いざとなればネオンちゃんがまとめて消し炭にしてくれるさ"

 "↑被害が魔物だけじゃすみそうにないな笑"


「…………」


 どうやらコメント欄は碧の戦闘にしているようだ。

 本来ならば3人の戦闘に軽く割り込むくらいの想定でいたのだが、実際にコメントを見ているとある感情と言葉が碧の中に浮かび上がってきた。


(こいつらウゼェな……)


 腐っても碧は元ダンジョン攻略者にしてDライバーの一人。

 自分の実力に関してはそれなりの自信とプライドを持っている。

 だからこそ雑音だと分かっていても、自身を軽んじるようなコメントには少なからず不快感を抱いてしまう。


「分かった。下がっててくれ、こいつは俺だけで戦おう」


「えっ……?」


 "おっ、いいぞいいぞ!"

 "急にイキリ出して草"

 "やめとけって、大人しくみんなで戦えよ"

 "もしかしたらほんとに強いかもしれないだろ! 良い加減にしろ!"


 自動音声によって読み上げられる雑音コメントを無視して碧は先頭に立っていたリンの前へ出る。


「御上さん、本当に大丈夫なんですか……?」


「ああ。これくらいの相手なら問題ない」


「……わかりました」


 リンは更に何か言いたそうな顔をしていたが、何を言っても引く気はないという碧の考えを察したのか、それ以上は口にすることなく一歩下がった。

 碧は物分かりが良くて助かる、と心の中で呟きながら一振りの剣をどこからともなく取り出した。


(要は派手な氷の力を使わなければ良いわけだ)


 碧が前回の戦闘でDトラベラーズのアオイではないかと疑われた最大の理由は大規模な氷結能力の行使である。

 碧からしたらあの程度はほんとお遊びみたいなもののつもりだったので、それだけで疑われるとは微塵も思っていなかった。

 まぁ、それに関しては元々Dトラベラーズ関連の検証配信だったため皆がそれを意識していたと言うのも大きいのだが……


「――ふっ!」


 爆発的な踏み込みと共に様子を見ていた獣の1匹に急接近した碧は、流れるような剣閃でその体を一撃で両断した。

 それを契機にお仲間が一斉に碧に向けて飛びかかってくるが、碧は即座に体勢を立て直し、冷静に1匹ずつ刃を叩き込んでいく。

 更に死角から喉元を食いちぎろうとする不届者には後ろ向きに開いた手のひらから極小サイズの氷針を発射し動きを鈍らせ、次の瞬間にはその首が肉体から離れていた。


 "は?"

 "は?"

 "ヤバすぎて草"

 "やりますねぇ!"

 "ガチ凄腕かよつまんな"

 "どんな動きしてんだよキモすぎだろ"

 "もうこいつ一人でいいんじゃないかな"


 もはやこれは戦闘というよりは殲滅、蹂躙と言って良いレベルで力の差があった。


「すっごぉ……」


「ひょっとしてわたしの役割……なくなっちゃう?」


「だ、大丈夫よリン。あなたの剣も十分強いから……」


 その姿を見て困惑していたのはコメント欄の住人だけではなかった。

 リンベルサウンドの面々も、改めて碧の実力を見せつけられたことで驚きを露わにしていた。

 それと同時に碧本人は否定していたが、あの時自分たちを助けてくれたのは間違いなくこの人だという確信を得ていた。

 


 

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