第8話 攻略準備

「……何でこうなった?」


 あれから数週間が経過し、ついに”旅人の傷痕”新エリア”の調査が始動した。

 今回のダンジョン調査に参加するメンバーは4人。

 一人はもちろん、上司の命令で担当者に任命されてしまった御上碧。

 そして、残りの三人はというと……


「うーん、新機材ちゃんと動いてくれるかなぁ……」


「テストは十分したでしょ。ダメだったとしても今度はちゃんと予備も持って来てあるから心配しなくていいわ」


「うんうん。あと、ボクの銃たちもちゃんと調整してパワーアップしたから、今度こそは大丈夫だと思う!」


 因幡燐いなばりん神崎鐘子かんざきしょうこ水瀬寧音みなせねねの3名。

 またの名を、リン、ベル子、ネオン。

 彼女たち三人を指して人々は”リンベルサウンド”と呼ぶ。


 未だに納得はしていないのだが、これもすべて碧の上司である天音夕花あまねゆうかの指示によるものだ。

 碧は深くため息を吐きながら、こうなった経緯を思い出す。


 ♢♢♢


「さて、いよいよ来週から”旅人の傷痕”の調査を開始するわけだが、前もって言ってある通り、今回はキミにもダンジョン調査に参加してもらう」


「……はい」


 机に両肘をつき、組んだ指に顎を乗せてこちらに語り掛けてくる、長く鮮やかな紫髪が特徴的な女性――天音。

 そして碧はその前に立ち、苦々しい表情をしながらもそれに小さく頷いた。


「おや、やけにあっさり受け入れるじゃないか。てっきり自分には無理、とか言い出すと思っていたんだが」


「――そう言えば今からでも担当から外してくれますか?」


「悪いが、私は人選ミスという言葉が嫌いでね。今回の件において、キミ以上の適任者はいないと思っているよ」


「……その根拠をお聞きしても?」


「ふむ……逆に聞くが、それを私が答えてしまっても良いのかい?」


 ニヤニヤと意地の悪そうな笑みをこちらに向けてくるが、元が美人なのでそれすらも不思議な魅力を感じてしまう自分が悔しくなる。

 しかし、敢えてそう問い返したということは、碧の事情はほぼすべてバレてしまっていると見ていい。

 ここでにそれを言わせてしまうということは、碧の隠したい事情を仕事の理由付けに使われるということになる。


「――いえ、やっぱり何でもありません。失礼しました」


「ああ、気にすることは無いさ。それで、何か質問はあるかい? あとで細かい指示などが書かれた資料を渡すが、今のうちに聞いておきたい事とかがあれば聞いておこう」


「では、一つ。今回の調査は私一人で行う訳ではありませんよね? 当然現役の攻略者が付くと思いますが、誰が付くのかを教えていただいても?」


「ふむ。まあ、もったいぶるようなことでもないから手短に言うが、件のリンベルサウンドの面々さ」


「――はい?」


 その言葉を聞いた碧が、上ずった声で疑問の声を上げる。

 リンベルサウンドはあのダンジョンの”上層”で死にかけていたところを危うく碧の手によって救助されたばかりだ。

 正直なところ実力不足感は否めない上に、下手をしたらあの件でトラウマになってしまっていてもおかしくはないはずなのだが……


「キミの言いたいことは分かる。だが、リンベルサウンドはキミも知っている通り、Dレート2000を超える猛者だ。それ以上の人材をとなると、なかなかに手間とコストがかかる。何より彼女たちが自らやりたいと申し出てきたんだ。それならば断わる理由もない」


「ですが……」


「キミならだろう? 私はキミの実力を信頼している。もしそれでも厳しいと判断したのならば――」


「……?」


「キミが鍛えてあげればいい。彼女たちは将来有望なダンジョン攻略者だ。丁寧に磨けばきっとキミでも無視できないほどの輝きを放つ原石と言っていい」


 なんて無責任なことを言い出すんだこの人は。

 そう思ったが、彼女の中ではすでに決定事項なのだろう。

 今の碧に彼女たち以上の攻略者を用意しろと言えるような権限はない。

 むしろDレート2000越えの協力を取り付けられた時点で満足すべき案件なのだ。


「……分かりました。なんとか、頑張ってみます」


「ああ。期待しているよ。万が一全く糸口が見えないと判断したのであれば、こちらも相応の対応を行うから遠慮なく行ってくれたまえ」


「……はい」


 そう言って笑顔を浮かべる天音に、碧はただ頷くことしかできなかった。


 ♢♢♢


 そのようなやり取りを経て、最新の治療ですぐさま退院を果たしたリンベルサウンドの面々と共に”旅人の傷痕”表ルート最下層の怪しい壁――碧が”地獄の入り口”と呼んでいる場所へと赴くことになったわけだ。

 ちなみに彼女たちが碧と初めて対面した時の会話はこんな感じだ。


「ご退院おめでとうございます。今回NDKより調査員としてあなた方とダンジョンに挑むことになった御上と申します」


「あっ! あの時助けてくれた方ですよね!? その節は本当にありがとうございました!」


「ワタシは恥ずかしながら意識を失っていたのでアーカイブで見ただけですが、アナタが助けてくださったんですね。ありがとうございました」


「あの時のすっごく強かったおにーさんですよね! ボク、ちょっとだけど見てました!」


 どうやら彼女たちは、あの時ドラゴンと戦っていた男を碧と認識しているようだ。

 実際のところ事実ではあるのだが、表向き別人としている現状それを認めるわけにはいかない。


「いや、それは――」


「ところで、一つ伺いたいことがあるのですが……」


「はい? なんでしょう」


「……あの配信のコメントの多くに、ワタシ達を助けたのはあのDトラベラーズの一人、と書かれていたんですが、実際のところ、どうなんですか?」


 ベル子と名乗った知的な黒髪美少女は、いきなり核心をつくような痛い質問を投げかけてきた。

 先ほどまでの話はともかく、これだけは絶対に否定しなければならない。


「……別人ですよ。皆さんを助けた人物も私ではありません。私はただ、上の指示であなた方とこのダンジョンを調査するために派遣されたしがないダンジョン管理人です。ですが、皆さんの足を引っ張るようなことは無いと思うのでご安心を」


「そう、ですか。早まった質問をしてすみませんでした」


「いえ、気にしないでください」


「ところで――これから共にダンジョンに挑む中ですし、もし御上さんが良ければ、敬語はなくしませんか? ダンジョン内での意思疎通の際に敬語だと不便ですから」


「分かりました――いや、分かった。ではお互いに敬語はなしで行こう。そっちも頼むぞ」


「ええ。よろしく」


「うんっ! よろしくね!」


「はい! よろしくです!」

 

 三人は一度顔を見合わせてから返事を返した。

 全員が平均よりもかなり上の容姿をしていることから、自然とやや緊張してしまう碧だが、事前の情報で彼女たちが自分より年下であることは分かっているので、改めて余計な邪念を振り払う。

 あくまで年長者として、先輩として、振舞っていくようにしようと自らを戒める。


「あっ、それでは早速撮影の準備をしたいからちょっと待ってて!」


 リンがそう言いだすと、ベル子とネオンの二人も手早く撮影の準備を始めた。

 手慣れた動き。そしてどこか懐かしい動きを見て、碧は複雑な気持ちを抱えながら、顔を隠すために持ってきたマスクを装着した。

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