第6話 疑念

 その記事に記されていた内容は、つい先ほど起きた出来事をほとんどそのまま書き記したようなものだった。

 よくよく考えてみれば有名Dライバーの配信に丸ごと映っていたのだから、当然といえば当然のことだろう。

 とはいえ、記事を読み進めていると納得のいかないことが一つあったのだが、それは一旦飲み込むことにした。

 

「――私の言いたいことは分ったかい? 今この記事及び例の配信の切り抜き動画は、各種SNSでとてつもない勢いで拡散されている。今風の言葉で言うならば”バズっている”というやつだ」


「…………」


「……ダンジョンというものはいまだ人類の手に余る神秘。攻略済みダンジョンであろうと、今回のように未知の領域が開拓されることも起こり得よう。だが、キミはその存在をあらかじめ。これは問題だ。分かるね」


「お言葉ですが、ここに書いてある謎の人物は私ではありません。私が救助に向かった際、彼女たちはダンジョンの最下層付近で倒れていました」


「記事にはこう書いてある。リンベルサウンドに助太刀をした謎の人物は、かの有名な元大物Dライバーグループ”Dトラベラーズ”の一人、アオイではないかと。御上クン、キミの下の名前は確かあおいだったね」


「……偶然でしょう。アオイという名前はそれほど珍しくはありませんし、6年も前に失踪した人間がこんなところにいるはずがありません」


「ふむ、あくまで白を切るつもりか。まあいいだろう。キミが氷系統の能力の使い手であることも、例の彼と年齢層がほぼ一致することも、最初の配属先としてこの”旅人の傷跡”を希望したことも、特に深い関係性はないものと仮定しよう」


「…………」


 さすがに苦しい言い訳か、と思ったが、天音は敢えてこのことについて深く追及することはしないようだ。

 その意図は何なのか、端末越しの会話では察することができず、嫌な汗が滲むのを感じた。

 

「いや、悪かったね。人違いならそれでいいんだ。疑うような真似をして悪かった」


「い、いえ、大丈夫です。現場に一番近いところにいたのは私ですし、疑われても仕方がありませんから……」


「ふむ。では改めて本題に入ろう。NDKとしては、今回の件――小規模ダンジョンにおける超高難度の裏エリア発見及び、失踪したDライバーを想起させる不審な人物の二点について、速やかに調査をするべきだと判断している」


「……はい」


「そこで今回の調査の担当者としてキミを指名したいと思っている。引き受けてくれるね」


「はい――って、ええっ!?」


 つい反射的に返事をしてしまったが、改めてその言葉を認識した碧は驚きの声を上げた。

 だが、断れる雰囲気ではないことは電話越しでもさすがに察することができた。


「具体的な調査方法に関してはまた後日改めて話し合おう。ではいったん切るぞ」


「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」


「うん? どうした?」


「あ、ええと、その……」


 何故このまま切ってしまわなかったのか。

 自分の思わぬ発言に驚き、言葉を詰まらせた。

 だが、一度引き留めてしまった以上、この言葉を飲み込むわけにはいかないと思った。

 同時に、聞いておきたいと、そう思ったのだ。


「今回見つかった新エリア……迂闊に踏み込むべきではないと言ったら、どう思いますか?」


「……それはダンジョン管理者としての意見かい? それとも――」


「一人のダンジョンに携わる者として、です」


「ふむ……まあ、それを知るために我々には調査をする義務がある、と言うのがキミの上司としての模範解答ではあるわけだが――私個人の意見としては、そうだな」


 碧はごくりと唾を飲み、次の言葉を待つ。

 不思議とスマホを持つ手は僅かに震えていた。


「今回の件は良いきっかけになると思っているよ。同時にキミはこの件について目を背けるべきではないとも。?」


「……っ!!」


「まぁ、何か困ったことがあったらいつでも連絡をよこすといいさ。これでもキミの頼れる上司でありたいからね」


 そう言い残すと、電話が途切れる音が響いた。

 エアコンの音だけが寂しくこだまする小さな事務所の中で、碧は大きくため息をついた。


「……あのダンジョンは俺の――いや、のものだ。なぁ、そうだよな、みんな」


 問いかけたところで、答えなど返ってくるはずもない。

 ただ、6年前の残響だけが碧の頭に虚しく響くのみだ。


「でも、やっぱり俺は――」


 スマホを握りつぶしてしまいそうなほど強く拳を握り込む。

 だがすぐにその力は緩んだ。

 そして、どこか遠い目をしながらスマホをポケットにしまった。

 

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