金銭恋愛マッチング02

「どうした、妖刀使い。鬼を斬るのに飽きたのか?」



 その日、久瑠美を迎えに行くと妖刀使いは竹を割っていた。もちろん妖刀は使っていない。



「いえ、お父様。今度学校で流しそうめんをやるそうで。噂には聞いたことがありましたが、実際に目にするのも流して食べるのも初めてですので、何か準備のお役に立てればと」


「桜お姉ちゃんは張り切ってるんだよねー」


「そうか。平和だな」



 ここのところ、妖刀使いは俺のことをお父様と呼ぶことが気に入っているみたいだった。本当にやめてほしい。聞く度に悪寒がする。



「ねえ、創くん」


「どうした、久瑠美」


「ゲームが欲しい」



 えっ。それは、えっ。



「それは新しい最新機種か?」


「うん」


「いや、ほら、家にあるだろ四角いやつ。テレビにつなげてできるじゃないか。エアライドとか名作だぞ?」


「お友達とやりたい」


「い、家に呼ぶのか? そうだな、それならジュースとお菓子を買っておかないとな」


「違う。通信して同じやつを一緒にやりたい」



 久瑠美がここまで要求し、何かを欲しがり、俺に求めてくるのはとても珍しかった。これまでまったく無かったわけではなかったが、それは自分のことてはなく誰かの幸せのためにして何かをやってほしいと俺に頼むことがだった。自分が欲しいもの、やりたいことを言わない子だった。もちろんそんなことはないと、年相応になんでもやりたいはずだということは分かっている。久瑠美は色んなことを考え、色んなことを鑑みて言葉を決めるとても賢い子だからあえて言わないのだろう。だから俺はいつも寂しい思いをさせていることが心苦しかった。きっと今回のゲームが欲しいと言ったのは考えもなしにただ漠然と欲しいから欲しいと言ったわけではないだろう。娘のせめてもの欲求に俺は応えてやりたい。しかし金が無い。働かねば。



「わかった。手は尽くす。娘のためだ。明日すぐに『はいどうぞ』とあげられるわけじゃないが、できるだけ早くなるように努める。久瑠美、申し訳ないが、少し待ってくれ。子供の時間は早くて一瞬。誕生日プレゼントやクリスマスまで待っていたら学校も終わり友達もいなくなっているかもしれないのは十分理解している。今しかないよな。だから願いは叶えてやりたい。でも、どうしても無理だったらごめんな。残念なことにあまりお金持ってないんだよ」


「知ってる。頑張って」



 娘に懐事情を知られている父。なんと情けない。リバーサイドボーイズに就職して成哉からがっぽがっぽ稼ごうかな。






 ※ ※ ※





 氷永会クラスファーストの下っ端、山本。組員を目指して日々悪いことをして金を稼ぐ方法を勉強していると言うが、ゲームの大会で合法的に稼いだほうが綺麗な金がまるまる手に入るので良いのではないかと思った。ちなみにクラスはファーストからイレブンまであるらしい。幻のクラスゼロもあるらしいが、誰も知らないし誰も見たこと無いし誰もその存在を認識していないからない。組が認めていないなら幻も伝説も無い。ゲームの世界じゃないからな。タカはファーストの舎弟。組長よりもランクが上とか同じとか、よくわからん。内部組織のことなんて外部の人間じゃあ噂レベルの知識しか手に入らないのが普通。俺も知りたくないしね、そんなの。



「今日はゲームで仲良くなった人と会う約束をしています」


「俺がいていいのか、そんなところに」


「はい。相手には事前に伝えています。了承してくれました。相手は女性でユイさんと言います。オープンチャットじゃなくてプライベートチャットで取り決めました。十八人で協力してダンジョンをクリアして進んでいくゲームで、沼、教会、聖域をクリアしたので今はラスボスの手前です。裏ボスも、隠れボスも、真ボスもいるんですけど」



 俺は美少年探偵からもらった「オンラインゲーム用語辞典」を引きながら話を聞いていた。知らない単語の並びは英語やフランス語と変わらない。さらに俺の英語レベルは現代人とは思えないほど低く、中学で止まっている。アイハブアペン。



「ゲームで使っているその相手のユーザー名はなんていうんだよ。ユイだけ?」


「いえ、『十六夜輪廻雪落のユーサネイジア、ユイ』さんです」



 俺はあんぐりした。自慢の分厚い用語辞典にはどれもまったく載っていなかった。賢い俺の頭の辞書にもない。ユーサネイジアはスマホで調べたら出てきた。意味は、安楽死? えっ、殺すの?



「すいませーん、おまたせしましたー!」



 そこに現れたのはとびきり可愛い女の子だった。俺でも可愛い女の子だと思うから普通の人ならとても可愛いだろう。ガールズにもいない種類の可愛さだ。トップアイドルで何億も稼いでると言われたら無思考で信じるだろう。あと胸も大きい。とてもいいものを持っている。作られていなければ。それにこれだけの高ステータスが揃っていてあざとくない。謙虚だ。服装も華美でなくブランド臭がしない。家にたくさん隠し持っているかもしれないが。いやしかしこんなことってあるんだろうか。ゲームで女の子を選択してリアルでも女の子で会ってみたら本当に女の子。これはバカでもガキでも一目惚れしてしまう。ゲーム内でめちゃくちゃ可愛い女の子とオフ会で会ったら超絶美少女でした!? って、なんのラノベ?



「ええと、どちらが」


「はい、僕がフィクサーです。こちらは創さん。この街の探偵、僕の先輩です」



 なるほど。それは悪くない紹介だ。俺がゲームとは無関係かつ有益な職業だと説明できている。さらに上下関係をはっきり相手に伝えた。人間関係が短い言葉で的確に伝わった。これで相手に思い込みを、前提を作れる。しかし、フィクサー(黒幕)って自ら名乗るのはヤバいと思う。お前の所属している組織は見るからに黒幕だぞ。



 俺たちはそれから物静かでお洒落なカフェにに移動した。二人ともこの街の店はあまり知らないらしく、この街の店を全て知っている俺がイチオシの店に案内した。この場は俺が奢ることにした。金無いのにかっこつけるからゲーム買えなくなるバカな俺。ちなみにこの店はボーイズが店長をしていて、雇って従業員として働いている何人かも全てボーイズとガールズだ。全員俺の知り合い。集会でもよく話をして仲良し。数多の作戦、戦線をくぐり抜けてきた歴戦の兵士みたいな、なかーま。



「ふたりは会うのは初めてなの?」


「はい。ラインではよくお話して良くしてくださっていて、とても頼りにしているんですけど」



 ライン交換してるとか羨まし。俺もお願いしようかな。記念に。



「じゃあ、本題に移るよ。あと、ここの従業員と店長は全員俺の仲間だから気にせず話してくれ。たとえ聞こえても誰も口外は絶対にしない」


「はい」


「フィクサーもいいか?」

 

「はい」


「ええと、ストーカーに遭ってると聞いてるんだけど間違いない?」


「はい。どこで知ったのか、家のマンションの郵便受けに手紙が毎日入っていて。愛してるとか、見ているよとか、そういう内容が毎日。相手の姿を確認するのも怖くて、住所を知っているからいつ何をされるのか怖くて」


「そうか。わかった。もうひとつ。どうしてゲームが原因かもしれないと思ったんだ?」


「え?」


「フィクサーに直接会って話したいと連絡したんだ。ゲームは無関係ではないんだろ?」


「……はい。実はその手紙には私のゲームでのキャラクター名が書かれています。きっとゲームでの会話とかから推測して特定したのだと思います。ネットの人たちは僅かな情報も逃さずに特定しますから。芸能人も素人も」



 それはその通りだった。彼女は若い。生まれて育っている時には既にインターネットが普及していて当たり前になっていたはず。特定班のことを知っていても何も不思議なことではない。


「他にイタズラされたり、何か脅迫されたりしてはいないか? エスエヌエスとか、仕事先とか」


「脅迫めいた言葉はありません。一方的に感情を押し付けられている感じです。エスエヌエスも各種全て特定されてメッセージが来ています。手紙に書かれていたストーカーのハンドルネームが同じでしたので、たぶんそうだと思います」


「そうか。ちなみにストーカーのハンドルネームは分かるか。言いたくなかったらいいんだけど、情報は多いほどいい。俺も動きやすい」


「はい。ゴウエンジと書いてありました。漢字で豪炎寺と書いてありました」



 俺は手紙の写真を見せてもらった。今話してくれた内容と相違はない。しかし、豪炎寺とは。超次元サッカーでもやるつもりだろうか。



「わかった、ありがとう。念の為に写真を送ってくれないか。ラインとか教えてもらえると今後の為になるんだけど」


「はい。大丈夫です」



 俺はこうしてドサクサに紛れて美少女のラインを手に入れた。


「茨戸創さん、というお名前なんですね」


 

 しまった。ついつい浮かれて本名登録のアカウントを教えてしまった。成哉ほどではないが俺もいろんなところにしゃしゃり出ている。どこかで俺の名前を耳にしても、知っていたとしてもおかしくない。大失敗したかもしれない。ちなみに彼女のアカウント名は「ユイ」だった。抜かりない。



「とてもいいお名前ですね。私も本名をお伝えしたほうがよろしいでしょうか」


「いや、気を使わなくていい。ほら、フィクサーもいる。知らなくてもいいことはこの世の中にはたくさんある。今はその時だ。なに、時が来れば全てわかる」



 俺はどうやら失敗していないかもしれない反応を得られたので安心した。奢ったり、探偵を気取ったり、普段やらないことをするのは良くないと良くわかった。



「フィクサーは何か言いたいことあるか?」


「ええと、なんでも言ってください。創先輩ほど頼りにならないかもしれないけど頑張るので。こうしてせっかく会えたんだ。できれば大切にしたい」



 俺はなかなか男気あるやつだなと思った。ヤクザに入門するだけのことはある。



「じゃあ、改めて。お友達ですね」



 俺はカップルが成立する瞬間を目の前で初めてみた。これは恋人になる日が近いかもしれない。ふたりはどこか嬉しそうに照れている。オンラインゲーム恋愛マッチング。あながちバカにできないことを俺は学んだのだった。知識と知見が増えたお礼に恋の成就を手伝うのもまたいいかもしれないと思った。









 








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