10金銭恋愛マッチング、待機中(1/4)
金銭恋愛マッチング01
「? だれ、こいつ?」
俺は友人のタカと酒を飲んでいた。こうやってみるかぎりではお洒落な服を着こなした若者、一般人にしか見えない。しかし極道である。
飲みの席にはもうひとりいた。まったく知らないやつである。ボーイズのメンバーでも見たことがない。誰だ。
「新入りなんだよ。ほら、うちに爆弾放り込んだやつ」
あっ、あっ、あーっ、あったなそんなこと。
「本名は捨てましたので、今は山本と言います。見習いです」
「この街のいろんなことを教えようと思ったんだ。成哉に会うのはまず無理だから、とりあえずお前を紹介しておこうと思って」
「よろしくお願い致します」
そりゃ、ヤクザに新入りが入った程度じゃあ成哉は眉ひとつ動かさないだろうけど。それにしたって、よりによって俺かよ。この街のことはよく知っているが、俺はただの雑学王。権威も権力もないし、人脈も限られている。
「ふーん、それで? ただ自己紹介しに来たわけじゃないんだろ?」
「創、マッチングアプリって知ってるか?」
マッチングアプリ? ああ、知ってるよ。ばかにするなよ、俺は街のトレンドと共に生きているような男なんだぜ? 知らないわけがないだろ。つまり、あれだろ。出会い系サイトの末裔。
「間違いじゃないかもしれないが、正解じゃないな」
「えっ、違うの」
「すみません、僕も違うと思います」
イマドキの若者に否定されちゃあ、俺に勝ち目はない。降参。
「出会い系は九割九部大人するためのサイトだっただろ。マッチングアプリは簡単に言えばデート権の売買だ。男が女とデートする権利を買う。女が男のデートする権利を買う。そうやって出会いを求めた人間がその後の人生を共にできる奴を探す。俺はそう理解してる。落ち合ったあとの食事代とか交際費をどっちが払うかはまた別の話だ」
「えっ、男のデート権を買う?」
「やれやれ。創、お前もまだ年寄りって年齢じゃないだろ。男が下心で近づくためのアプリじゃない。婚活専用のだって結構前からある。男だって中学のときには高校生になったら彼女ができると妄信し、高校生の時には大学デビューすれば彼女ができると思い込んでいただろ。でもそれは幻想だ。最低限の人間関係を作れない人間がお金で作る。今も昔も恋愛は金がすべて。もちろんただ飯目当てのユーザーがいないわけじゃないだろうが、有料はのサービスを使えば遭遇率は低い。行政が作って運営しているのだってある。本人認証が厳格だから安心できるって話題。世は大マッチングアプリ時代。だけど、今回の問題はソレじゃない。ゲームだ」
ゲーム? 何の話だ? 男女恋愛の駆け引きの話じゃなかったの? この若い子がマッチングアプリで女性に出会って金を取られたとかそういうトラブルじゃ、ない?
「オンラインゲームでのマッチングの意味は分かるか」
「ああ。同じゲームをしているこの地球のどこかにいる人に、ネットを介して対戦を申し込みバトルするってことだろ。協力プレイでボスを倒すとかもあるんじゃないか」
「そのとおり。そしてこのゲームで出会った人間どうしがリアルで会って集まることがよくあるという」
「ゲームで通信しただけの人と!? 相手が男か女かジジイかガキか美人かもわからないのに? 設定なんて小学生でも変えてるだろ。そんなこと、本当か?」
「嘘ならお前に話をしていない。ここまで話せばもうわかるだろ。ゲームでマッチング、それが恋愛マッチングに使われている」
これはマッチングアプリのほうがずっと健全だと俺でもわかった。無課金の無法なやつは出会い系サイトとほぼ変わらないだろうことは想像に難くないが、課金して本人認証して出会いを求めているマッチングアプリはその名前の通りに機能して男女を巡り合わせているだろう。もちろん、そのやりとりが百合法だとは俺も思わない。未成年のお金のない女子が稼ぐためには便利だろうし、それをわかっていて金を出して買う男がいるのもわかる。逆もある。十代の少年をお小遣いを倍にしたぐらいのはした金で性的に買う事を目論んでも、若い高校生の男の子がここで言うデート権利を売っていたとしても何も驚かない。そんなのは俺がガキの頃から蔓延っていたし、よく見てきた。それこそ形態が変わっただけの末裔でしかなく、若い子を取り巻く現状! とか言うマスコミのいい餌だ。しかし、こっちは違う。エスエヌエスのダイレクトメッセージと同じだ。無法地帯。シグナルに近いかもしれない。つまり、ゲームのチャットでやりとりをするってことだな。全世界に繋がる空間で隠語を使い募集し、ゲームのマッチングを利用してクローズ空間でやりとり、取引をする。恋愛のために使うマッチングはお飾りに近い。もっと黒く使われていると、タカは言っているのだ。自称ホワイトバイト、ブラックバイト、性売春、薬物、拳銃の売買だって簡単にできてしまうだろう。ふたつのマッチングの話が繋がって、ここでようやくタカが出てくる。
「もちろん純粋にゲーム大好きオタクがアニメや漫画の話をしたくてカラオケとかに集まるオフ会も実際にはあるだろうさ。そっちのほうが絶対数としては多い。しかしオフ会と称して取り引きを行っている奴がゼロでもない。そこで爆弾を投げたこのガキなんだが、ゲーム得意らしくて。ほら、なんだっけ? イースポーツ? あれで優勝して何百万と貰ったって」
「へぇ」
「そこでつい先日、あまりプレイヤーが多くないオンラインゲームチャットで怪しい取り引きのような書き込みを見つけたらしい。ゲームをただ楽しんでいるようには見えなかったと。まだ浅いが、一応こっちの世界に足突っ込んでるからな。知識がないわけじゃない」
「ふーん、なるほどね」
「創、お前聞いてないだろ。酔ったのか? これはちゃんとした仕事だぞ?」
「だって、嫌だよ、そんな仕事。ヤクザのトラブルだろ? そんな気軽にヤクザの仕事をやるとか、嫌だよぉ。あまり関わりたくないよぉ。ちょっと前だって地下銀行だ、マネロンだ、低級犯罪組織だって総動員だったじゃん。もう恐いの嫌よ。普通の市民として暮らしたい」
「おまえ、」
「わかってるよ。タカが重い腰をあげて、騒いでる時点である程度調べることは調べてるんだろ。ただ単にゲーマーの爆弾魔を紹介して、俺に若者の怪しい取り引きを見かけた話を聞いてやってくれって飲み会じゃないのはわかる。わかってる。しかし冗談じゃない。ヤクザ絡みのオンラインゲームを使った怪しい取り引き? やめてくれ。すぐ裏社会に引きずり込みやがって。俺はこの街一番のオーガナイザーだぞ」
オーガナイザー。実にかっこうのつかない言い訳。肩書である。娘に申し訳ない。
「お前にしかできない」
「できないって、まだ何も起きてないんだろ? トラブルも問題も起きてない。ちょっと気になる怪しい取り引きを見ただけ。気になって首を突っ込めば、そのうち後ろから鉄パイプで殴られて毒薬を飲まされて縮むぞ。冗談じゃない。物陰に隠れて赤の蝶ネクタイを使い、スケートボードで爆発と殺人に毎日巻き込まれるのは嫌だよ。劇場版じゃないんだから。俺はそんな生活なんてごめんだ。これからは娘をかわいがって生きていく。そうする」
「おい、やっぱり酒回ってるだろ」
俺はとても嫌だった。毎日のように危ない橋を渡っていたのでは、どれだけ渡っても向こうにたどり着けない。はらはらどきどきが終わらないパレードはもう見飽きた。五年前くらい前とかなら若さのあまり危険を自ら求め、悪と欲と社会に翻弄された人間を助けたり成敗したりするのが楽しかっただろう。しかし俺ももう三十歳。そろそろ事件に突っ込めば犯人に殺されるような年。そういうトラブシューティングは若い奴に引き継ぐ頃合い。誰かいないのか、俺の跡継ぎ。
「乗るならすべて話す。見ただけじゃない。もちろん問題は起きている。お前しかできない」
俺は辟易としている思考を黙らせ、残りのビールを飲み干した。それからゲームで優勝し、賞金で暮らすヤクザの新入りを見た。少し考え、手を顎にやり、若者を見て言った。
「一番好きなゲームのタイトルはなんだ?」
「くるくるくるりん」
「乗った」
こうして俺はオンラインゲームマッチング業界へと踏み入れることになった。
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