憂慮詐欺04
今回の事件ではこれ以上何か起きることはなかった。しかし同時にそれ以上何もできなかった。惨敗、完敗、完全敗北。プロでも素人でも未熟でも熟練でもきっと勝てない。いや、勝敗という考えすら通用しないのだ。二度と会いたくない。
俺は高校生に謝り、おやっさんにも謝った。詐欺師を探し出して会うことはできたが、何もできなかったと正直に話した。ありがとうございました、と口先では言われたがきっと納得はしていないだろう。心のなかでは頼りにしていたのに裏切られたと腸煮えたぎっているかもしれない。使えなかったと。おやっさんからは警察でもどうすることもできなかったんだ、気を落とすことはない、よく頑張ってくれた、とねぎらってくれたが俺は「勝てませんでした」「無力でした」「仕事を成功することができなくてすみませんでした、申し訳ありません」と繰り返した。今回の非は全て俺にある。死屍累々を倒す事が出来れば、それで事件は解決できたのだ。どんな形であれ一億円を取り返せばそれでよかったのだ。しかし俺はあのとき、一歩も動けなかった。不意打ちで投げた手裏剣も忍者だったのかと言われただけだった。無意味だった。いっそのこと武力行使に走ればよかったかもしれないが、俺は絶望的にパンチが弱い。一応キックならなんとか戦えるレベルだけど、きっとやつには一ミリも効かなかっただろう。すべてを知り、すべてを見通し、未来も思い通りに、相手考えも行動も台本通り、闇と影を行き来する不吉な男の存在を認識して確認することは非常に困難。トクリュウみたいな、釣り糸を垂らして雑魚の集まりで詐欺のメールと電話を繰り返す詐欺紛いとはレベルも階級も違う。あいつは詐欺が何たるかを知り、詐欺師であることが当然だと思っているのだ。この街を知り尽くして奔走しているような男では鼻から敵わないと決まっていたに違いない。
あの詐欺師、死屍累々は当然ながらそれ以降二度と見つからなかった。神社にも痕跡は無くなっており、詐欺師図鑑からも消えた。
俺はその日、その男子高校生が募金活動をしている様子を近くのベンチに座りながら見ていた。
彼は自己破産せざるを得なくなった。たとえ詐欺によって作った借金であっても、無情なことに普通の借金と同じ扱いで全額返却しなければいけない。振り込め詐欺なら一部を取り返せる法律があるが、今回は口座を利用されただけ。契約書は有効。誰も彼を救うことができなかった。
自己破産したことにより彼はブラックリストに長い間掲載され、官報にも実質半永久的に載り、安くない弁護士費用をこれから払っていかなければいけない。闇金にも名前と情報が既に渡っているので、今後裏社会に住んでいる悪い大人からアプローチがあってもおかしくない。闇金と言えどもその名前は普通の金融会社で、もちろん自ら「闇金です」と名乗ることはない。合法でありながら、しかし不合理な彼らの裏には必ずヤクザが関与していてる。運営の金だけ出して別経営の会社にして利益を取っているのだろうが、元々はまともな会社だったのに改造せられてシノギだけを取っているのか、また別の手段で関与しているのか。そこまでは俺でもわからない。少なくともタカの組ではなかった。この街にはヤクザと呼べる団体からグレーの団体まで大小含め幾つもいる。アジトをどっしり構えているのは氷永会以外だと三つある。あとの弱小は麻雀荘やホストクラブを根城としながら忍んで活動を続けている。どれだけその悪事を暴いて糾弾しても組織そのものがなくなることはない。遥か昔から何代も受け継いでいるのだ。当然途絶えさせるわけには行かず、どんな手を使ってでも守る。長を犠牲にしてでも。ちなみに奴らの組織は一次団体のトップの長の下に若頭、舎弟がいて、若頭の下に組員がずらっといて、その組員の中から二次団体の組長が選ばれて組長となり、その二次団体の組長の下にもずらっと組員がいてその組員の中からまた組長が選ばれて、みたいなピラミッドになっているらしい。本当かどうかは内部の人間でない俺にはまったく分からないことだけど。そんな雑学知りたくもない。
あの高校生は人生を破壊、破滅させられてマイナスから始めなければいけなくなった。彼にはこれから受験もあるし、その先に就職もある。嫌でもすべてに影響してしまう。それを思うとどうして俺は何もできなかったのかと悔しくて、自分を殺してしまいたかった。今なら彼に殺されても憎むこともなく、罰だと受け入れて喜んで死ぬだろう。
「募金にご協力お願いしまーす」
「くそっ。なんてことだ。なんてざまなんだ、俺は」
俺は拳を膝の上で握り、悔しがって後悔タイムを終了とした。財布を取り出して募金箱に近づき、一万円を投函して帰宅した。詐欺師の面会料として神社の賽銭箱に入れた額と同じ。きっと詐欺師にとってははした金だったに違いないが、募金活動の人全員から「ありがとうございます! ありがとうございます!」と、とても感謝された。握手までした。俺は泣きそうだった。何もできなかったことと、こんなことしかできない自分に対して泣きそうだった。しかし、同じ一万円なのにこんなに価値が違うとは。ほんと、不思議。
それから世の中は流行り病で家から出られなくなり、ウイルスがなくなっただけでもないのに落ち着いたからと半強制的に社会活動を再開させ、外出許可を貰った世界を迎える。もちろんその間もこの街は俺が自由になることを許してくれない。平和を許さない街だからな。いそがし。
その後も何度も失敗した。悔しくなって、その度に誓った。これからはヤクザでもガキでも成哉でもなんでも使えるものは使うと。何がなんでも勝とうと。負けることは不幸を呼ぶことにしかないと分かっていたのに、そのつもりでなにも分かっていなかったから。当然、俺に負けた相手は不幸になるかもしれないが、それはこっちサイドの話じゃないから無問題。これは正義を振りかざすとか、勧善懲悪とか、そんなダサい判断ではない。依頼人の願いを叶えることで俺が不幸にならないための活動だ。生活をするための仕事にしては気軽に依頼人の人生を背負い過ぎだし、報酬はいつも経費で消えて学生のお小遣いレベル。生きるためじゃない。生き様だ。
俺の肩書はオーガナイザー、まとめ役。つまり自分ひとりじゃ何もできない小物だ。だから仲間もこの街もどんどん巻き込んで使っていくから覚悟しておけよ。これからは連戦連勝負け無しの無敵になるから見ておけよ。この街イチバン無名で最強のINFPの誕生だ。
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