憂慮詐欺03

「闇金業者を使って純真無垢な高校生をたぶらかし、一億円を手に入れた。そう、私が詐欺師だ。名前を死屍累々と言う」



 死屍累々? 幾つもの死体を乗り越えてきたような名前だな。いや、見捨ててきたのか。



「堂々と名乗るんだな」


「ふむ。お前は詐欺師のことを、詐欺師がなんであるかを、詐欺師とはなんたるかを知らない。知らないだろう。いや、知っていたほうが困る。だから教えてやる。詐欺師は嘘をついてはいけない。だから名前を隠すこともしないし、私が詐欺師であることを偽ることもない」


「嘘?」


「そうだ。相手を騙すことが商売である我々は嘘をついてはいけない。しかし真実を、事実を言うとは限らない。そういう事だ。皆まで言う必要はあるまい。嘘をついてはいけないのはそれでは相手を騙せないからだ」


「騙せない?」


「ふむ。そうだな、これ以上教えても私に得はない。ここから先は有料だ。金を払え」


「ほら、百円やるよ」



 俺は親指で弾いて投げた。



「よかろう。金は金だ。教えよう。嘘を付くと騙せないと言ったが、騙すということに嘘を混ぜると騙せないと言う方が正しい。嘘には必ず感情が混ざる。嘘をつく者の言葉には真実を、もしくは事実を、隠したりねじ曲げようとする意思が必然的にそこに存在するため、己の意思と無意識な感情が嘘には必ず混ざる。感情のあるモノは総じてコントロールできないモノだ。だから操縦を誤ることがある。意図せぬ事態、予想もしない結末、嘘をついて相手を騙そうと思ったのに自分が騙されていたなんてことになりかねない。詐欺師は確実に相手を騙す必要がある。言葉と感情と意思と思惑を逆手に取り、思うがままに進めて思い通りの結末を手に入れるために。人を騙すことは実に容易い。とても簡単だ。誰にでもできる。だから多くの人は騙されないようにしようと決意し、そして騙されたことに気が付かないうちに騙される。平地の民は私の仕事を特殊詐欺だと呼んでいるようだが、何も特殊なことはしていない。高齢者が騙されやすいから気を付けてとお巡りさんは呼びかけているが、お年寄りだから騙されたのではない。人間だから騙されたのだ。人間であれば誰でも騙される。騙すことができる。人間とはそういう生き物だ。諦めろ。貴様では私を止めることはできない」


 

 奴は歩き始めた。俺に向かってくる。俺は残念ながら震えてしまった。怯えを隠せない。強気を保つために叫んだ。



「おい、待てよ。逃げるのか。卑怯者!」


「卑怯? それは事実だ。認めよう。私が詐欺師である限り当然のことだ。待てというなら、少し待ってやる。しかし、私が猶予を与え、このように無防備で時間を与えたとして、貴様は私からどうやって一億円取り返すつもりだったのだ。キャッシュレスの時代だぞ。たくさんの現金は私でなくても持ち歩かない。どうする、探偵」


「死屍累々。それは間違った認識だ。俺は探偵じゃない。オーガナイザーだ」



 俺は奴の隙を見つけると、瞬く間に幾つもの手裏剣を同時に投げた。薔薇の形をした特注品。足元に散らばって動けなくした。



「ほう。忍者だったか。それは知らなかった。驚いたな。しかし、その程度では私は止められない」



 途端、奴は俺の真横に瞬間移動した。はっとした時にはもう遅かった。真横に、耳元にボソリと、絶望と共に言葉を最後に残した。また声なき口だけで笑い、「さらばだ。また会おう」と言った。俺は動けなかった。その悪人は闇そのものだった。比喩じゃない。人間じゃない。人間の姿をした人間じゃない何かだ。知恵を回しても、腕力を振るっても、何をしても普通の人間である限り勝てない。勝てない。俺のような人間では勝てない。生きている次元が違う。世界が違う。裏社会とか闇の組織とかそんな話しじゃない。貴様では止められない、その言葉に違いはなかった。俺では勝てない。俺の人間レベルじゃ、どうしたって不可能だと。その事実を教えるためだけに死屍累々は俺の前に姿を現したのだ。丁寧なことに、俺に自分の無力を教えるためだけに、わざわざ時間を割いてその姿を見せた。俺はそのまま崩れるように座り込み、愕然とした。



 奴は俺に背を向けてコツコツと歩き、手を振って明るい街の中へと去っていった。



 また会おう、シノビのオーガナイザー。面会料を支払えばな。



 立ち去る奴を止めることができなかった俺はこうして完全敗北した。一円も取り返せなかった。勝てなければ、それは敗北だ。なんでも解決できる、なんでも引き受けてこの街は俺の街だと主張して、バカみたいに走り回っていた俺は文字通りただのガキだった。何をやっているんだろう。何をしてきたんだろう。俺は何でこんなことしているんだろう。俺のためなのか、だれかのためなのか、友のためなのか。



 その夜、俺は何も手に入れることができず、百円を失っただけだった。成果なし。理性を引きずり出して、せめて後片付けはしようと投げた手裏剣を回収してしゃがんだが、そのまま怯えが止まらなかった。良い大人が悪い大人に敗北した。俺は騙しのプロに本業の騙しによって騙されることはなく、しかしまるで詐欺に遭ったかのように絶望を味わっていた。美少年探偵がいなかったら家に帰ることもできなかっただろう。





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