憂慮詐欺02
俺はそれから色々調べたが、なかなか詐欺師は見つからなかった。痕跡すら見つからない。まさに幻。用意周到で強(したた)か。己のためだけに仕事をする卑怯な奴なんだろうと想像した。
ちなみに環境にいいことは俺もやっている。もうそれはそれは環境問題が騒がれる前からやってる。それはな、夜遅くになったら部屋の電気を消すんだ。そして本を読む。電気を使うものは使わない。使ったら電気消す意味ないからね。小さなスタンドライトだけで読書。目は悪くなるけど電気料金は安くなる。流行るとみんな真似するから秘密にしておいてくれよ。
さて、ここで頼れる仲間として安易に思いつくのは詐欺に強いタカ。いつも組を維持する金を稼ぐために詐欺をしていることだろう。しかしだからといって気安くヤクザに頼りたくはないから踏みとどまった。犯罪の金に気軽に手を出していたんでは俺はすぐに法律で裁かれてしまう。そこでもうひとりの友人、成哉に電話すれば詳しいメンバーを紹介してくれるかもしれないと思ったが、社長は今フランスに出張中だ。公式通話料金を請求される。出国前に本場のマカロンを食ってみたいから買ってきてくれと言ったら「通販で買え」と言われた。どケチ。
そこで俺は違う仲間を頼ることにした。コミュニケーション能力とコミュニティの広さ、情報網と人脈がオーガナイザーの強み。そういうのが必要なのさ。
※ ※ ※
「久しぶりだね、スパイローズ」
「よお、元気にしていたか美少年探偵」
彼は美少年探偵。しかし、本当は彼女。可愛らしい男の子に見えるが、しかしその実は可愛らしい女の子、美少女だ。俺のことを探偵だと勘違いしおり、さらに俺の名字が茨戸、バラだからローズ。スパイローズ。探偵はスパイではないのでは、といつも思っているが、まあ、なんでもいいから訂正も指摘もしていなかった。
「今日はどんな事件を持ってきたんだい?」
「詐欺師を追っている。グループか単独かはわかっていない。痕跡も姿も見つからなくて困ってる。高校生が一億円騙し取られた。口座を勝手に利用され、出所不明の一億を入金して引き出して正規にすり替える手口。表向きには闇金業者から金を借りていたことになっていた。契約書もいつのまにか作られていた。結果、莫大な負債を抱えることに。そこで俺に話が回ってきた。とりあえずは幻の詐欺師を見つけてコンタクト、目標は詐欺師から金を取り返す」
「うーん、なるほどね。他に情報は」
俺はエスエヌエスのアカウントから接触してきたこと、闇金業者の名前、口座の履歴を提供した。探偵は少し考え込むと、何かを思いついたのか本棚に行き分厚い本を取り出した。なんだ、それ。
「これは詐欺師図鑑。ここに載っているかもしれない」
「えっ、なにそれ。そんなのあるの? 書店に行けば買える?」
「残念、非売品。更新頻度は高いから常に最新バージョンの優れもの。どんな詐欺師のこともわかる。探偵ならこれぐらい持っていないと。門外不出、絶対秘密の秘密の書だけど」
「俺はいいのか?」
「ローズは特別さ。命の恩人だからね」
「まだ言っているのか、そんな昔のこと。本当にガキだった頃の話なのに」
彼女は美少年として笑った。その何気ない笑顔の裏側は俺以外には理解できない。
「ローズ、コイツなんかどうだろう。名前不明、正体も不明。もちろん住所不定。影と闇に紛れ、人前には姿を見せること無く仕事を完遂。光のあるところには出没しない孤高の詐欺師。最近一億円手に入れているよ」
「えっ、何その厨二病。一億円手に入れてるのが本当なら怪しいけど」
どんな詐欺師でもそれぐらい平気で騙し取っていそうだから決めつけるのは早すぎるが。しかし、有力な情報であることに間違いない。
「他には何か書いてないのか」
「金を積めば会うことができるって。時価だけど」
寿司かよ。ウニとかアワビなのか詐欺師は。
「ちなみに、どこに払えばいい」
「蝦夷神威神社の賽銭箱に入れればいいみたい。金額は隠語で掲示板に貼られているって」
その神社はたしか、東区にあったな。神社ってことはもしかして詐欺師は住職なのか? 住職さんに悪い人はいないという思い込みをついたいい作戦かもしれないと、不覚にも思ってしまった。
俺は美少年探偵に報酬を前払いして神社までついてきてもらうことにした。どうにもひとりではうまくいかないような気がする、そんな漠然とした嫌な予感があった。誰かがいないと何もできない他人依存ではもちろんないのだが、相手は詐欺師。予感がなくても嫌な予感がする。俺はいつもひとりでトラブルに突っ込んで解決して満足する人間。仲間には最低限の協力をお願いするだけだから、任せっきりで自分は何もしないなんてことは決して無いしが、それでも嫌な予感がする。ひとりでは危険だと思った。それこそヤクザなんかよりもずっと。たぶん危険の次元は違うけど。
過剰な期待と他人任せは己を弱体化させ、頼ることに慣れていつも最後は丸投げすることを自分の成果だと思ってしまうのはご法度。事件を漁るだけ漁って敵を見つけて最強パーティメンバーで総攻撃。勧善懲悪。いつものお決まり、繰り返し使い古してきたこのパターンは安心感があっていいのかもしれないが、そろそろ路線変更も考えるべきかな。脈絡もなくいきなり美少女ヒロインを登場させるとか。今も昔も男しか出てこないし。
「ここがその神社か」
その神社は街から少し外れたところに構えており、小さいながら厳かな雰囲気を忘れていない神社だった。神の道を避けて一礼し、足を踏み入れた。
面会料は封筒に入れて「rui」と記入して賽銭箱に突っ込むか「rui」とお札に直接書いて賽銭箱に入れるかのどちらかを選べと指示書が書いてあった。掲示板にヒントが小さく書いてあって、指定の場所を探すとQRコードが見つかった。読み取って手に入れた情報がこの二択。さすがにお札に直接書くのは法律に抵触するので封筒に詐欺師の名前と思われる三文字を書いてその封筒を賽銭箱に入れた。賽銭箱はとても大きく、なるほどこれだけ大きければ悪目立ちしないのかもしれない。今日の面会料は「一万円」だそうだ。詐欺師にしては安すぎないかと思った。しかし、トラブルを解決しても報酬は最低賃金を下回ってばかりなので自己負担経費は少なくしたい。金にもならないのに死にそうな修羅場をよくもそんなにくぐり抜けられるなと誰かに言われたことがあったけど、俺はそのとき「金じゃ買えないものをいつも手に入れてるんだよ」と言ったが、現実では金がないと生きていけない。そんなこと言わなければ良かった。
俺は賽銭箱に封筒を投げ入れた。
さらば諭吉!
さきほど金欠だ金欠だと言ったが、実は他の仕事が決まり、少し解消されるかもしれなかった。これまで不定期で、アルバイトみたいな感じで書いていたコラムが、ある出版社で連載として採用されることになった。とりあえず契約通りなら最低でも一年は仕事ができる。まあ、この街からトラブルが無くなることはないからトラブルを解決して依頼人や被害者とか、成哉からふんだくるほうがある意味では安定しているかもしれないけど。
境内に三色団子とお茶で休憩できる団子屋さんがあったので二人で座って食べた。近況報告を互いにしながら、どうやって詐欺師を騙してやろうかとそんなことばかりを話した。
携帯が鳴った。非通知。俺はすぐに電話に出た。詐欺師か。それにしてはあまりにも早い。早すぎる。俺達の後、一万円を入れた後に賽銭箱に近づいた人間はいなかったはずだ。団子食いながらしっかり見ていた。焦った俺は、必死になって周りを見渡し、その影を探した。
「勇敢なる雁来成哉の友人よ。金は受け取った。貴様が探している詐欺師は私だ。住所をひとつ教える。一度しか言わない」
俺はスマホの録音機能を起動させた。外だ。外にいる。部屋の中ではない。聞け。奴の声を、電話をかけてきている場所を、その背景を探れ。言い当てろ。電話の向こうの情報に耳を澄ませ、集めて考えろ。この音を、この街の音を俺は必ずどこかで聞いたことがあるはずだ。札幌市には全部で十の区がある。もちろん全部行ったことがあるし、どの場所も知っている。無駄にオーガナイザーを名乗ってはいない。
分かった!
「すすきのだ! お前、ほうすいすすきのにいるだろ!」
「では、会うのを楽しみにしているよ」
電話は切れた。
面会の機会と共に新たに疑問が三つできた。まず、なぜ俺が雁来成哉の友人であることを知っていたのか。本件では一切関係なかったはずだ。俺のことなど知る前から全てお見通しということなのか。ふたつ目。どうしてすすきのにいながらこの神社に金が投函され、そしてそれを入れたのが俺だとわかったのか。三つ目。どうして俺が詐欺師を追っていて、その相手が自分だと言い当て、さらに自ら名乗ったのか。心理を突いて反応を探ったのかもしれないが、自ら名乗る必要はない。自分から敵だと教える理由がわからない。何も言わなければ一万円手に入れておしまいだ。リスクある行為を、自分からはほとんど姿を見せないといわれているのに、なぜすぐに会うと。俺は何か罠がある、もしくはデマのどちらかだと思っていた。それが普通。こんなにも簡単に、何の苦労もせずに黒幕に会敵できるだなんて。始まりの街のすぐ裏にラスボスの洞窟があるようなものだぞ。
俺は録音した奴の電話を、音声を再生して美少年探偵にも聞いてもらった。
「うーん、確かに。確かにすべてお見通し、お前の考えも、これまでとこれからの行動も漏れなく把握している、そんなふうに聞こえるね」
「ああ。奴はこの境内にはいなかった。電話をかけてきたのはすすきのからだ。しかし、どうやってかそこの賽銭箱に金が投げ込まれたことを知り、そして俺の電話番号に直接かけてきた。何者なんだ。なんで、全部知っている」
そんな詐欺師、少なくともそんな敵を相手にしたことがなかった。詐欺師というのは人を騙すことしか考えていない奴がほとんどだ。だからそれを逆手に取ればいつも倒すことができた。しかしこの詐欺師はきっともう人間を辞めている。人間業じゃない。最新の盗聴器でも、最新の改造スマートフォンでもこんな事はできない。
聞いたことがある。この街には空想上の、漫画や小説にしかいない存在が住み着いていると。本当かどうかは別としてリバーサイドボーイズとガールズにも、超能力者だと俺に紹介してきた奴がいたはずだ。夜のすすきの街には人を無作為に斬る「妖刀使い」と呼ばれる奴が、時折現れていると噂も聞いた。できれば会いたくないが、きっと近い内に遭遇する気がする。そんなもの、信じたくないけど。人間以外を相手にするなんて、そんなこと考えたくはなかった。しかし、もしも今回の詐欺師が異形の存在だというのならば、俺は初めてその種族に対峙する事になる。
「どうするの? 張り込む?」
「いや、時間は今ので分かった。ご丁寧にも奴は教えてくれた」
「えっ」
「夜二十一時。奴が現れるのは今日の二十一時だ。間違いない。それに待ち合わせは、ほらここ。おまけに奴が指定した場所は、いい感じの裏路地ときた。夜が深まったいい雰囲気の頃合い。奴にとってはベストコンディション。抜群のロケーションに違いない。いいさ。面白い相手じゃないか。やってやる。すべてをわかった気になっているかもしれないが、詐欺師にだってわからないことがあることを教えてやる」
探偵も一緒に現場に来てくれるというので、夜再集合することにして一次解散した。
二十一時。観光の街はカニだ、イクラだ、ジンギスカンだと、用意した炊金饌玉で歓迎しようとツーリストを待っている。電飾が轟々と光り輝く街の隙間に奴はいた。路地裏の奥にいたので俺も奥に入った。こぼれ落ちてきた光が頼り。暗くてよく見えないが、スーツを着てビジネスバッグを左手で持っているのがわかる。海外の高級バッグだ。いったいどんなビジネスに使っているんだか。
「おい、お前が詐欺師か。俺の名前は茨戸創。いや、俺のこの名前のことはもく知ってるんだっけ。俺がお前のことを嗅ぎ回っていたことも。何もかも。それなら話は早い。要求はひとつだ。金を返せ」
俺の闇に消えていく言葉に対し、男は口だけで笑った。その顔は感情と表情をすべて消し去ったうえに不気味素材百パーセントによって作られたような笑顔だった。奴は俺を認めると口だけで笑い、それが当たり前であるかのように静かに嘲て、笑い、お前は無力だと笑い、見下して嗤笑。正面としていたはずの体をこちらに向け直した奴は言った。
「雁来成哉の友人、茨戸創。会いたかったよ。よくここまでたどり着いた。褒めてやる。私も自己紹介をしなければいけないな」
奴はまた笑った。
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