09気候変動異常気象憂慮詐欺
憂慮詐欺01
ここまでずっと負けなし、この街じゃ俺が最強みたいな話をしてきたが為すすべもなく完全敗北した物語ももちろんある。数多の勝ちのひとつを忘れてもあの時の失敗は、敗北だけは忘れたことがない。
それは新型コロナウイルスが大流行する前の、二千十九年の六月だった。
「詐欺?」
「そうだ。若いもんが引っかかってな。まだ高校生だ。詐欺師を捕まえてやってくれないか」
「そうは言ってもね、おやっさん。それこそ警察の方が得意分野なんじゃないの?」
「もちろんちゃんと担当部署は走り回ってる。だけど俺は交番勤務で担当部署じゃねぇ。できることはお前に頭下げることぐらいだ。頼む」
「や、やめてくれよ、おやっさん。俺はそんな頭を下げられるような奴じゃないって。ほ、ほら、話なら聞くからさ」
「ああ。聞いてくれるか。……そうか、それは助かる。事件が発覚したのは一週間前だ。その二週間前に彼の口座に一億円が振り込まれた。そして九千九百万円が引き出された。もちろんその高校生は入金も引き出しもしていない。しばらくして闇金がやってきて一億円請求してきた。闇金から借りたことになっていたんだ。当然そんな金を借りた覚えもないし、返せる金もない。しかし口座には履歴が残っている。困った高校生はうちの交番に駆け込んだ。身柄を保護し、警察は闇金業者と共に話を聞いているが、しかし口座に振り込んで引き出した犯人が分からないんだ。闇金は金を用意しただけで、借用書を書いたのも実際は誰か不明。約一億円の行方も分からず。闇金とは言え、契約書は有効だし警察も民事不介入で手出しできない。このままだと本当に高校生が負債を抱えることになってしまう。調べているうちにひとりの詐欺師が捜査線上に浮かんだ。誰も姿を見たことがない、幻の最凶最悪の詐欺師。名前もいくつかあってどれが本当こ分かってない。本当に手がかりもない、本当にいるのかどうかすら怪しい詐欺師。しかしこれは一種の詐欺であることは間違いない。頼む、そんなやつ探せるのはお前しかいない。詐欺師を捕まえてくれ」
「幻の詐欺師。ふーん、なるほどね。とりあえずその高校生から直接話を聞くことできないかな」
「もちろん。なんとかしよう。取り計らってみる。事件解決の協力者だと言えばなんとかなるだろう。被害に遭った高校生の彼は環境保全活動の団体に入って活動もしている。若いのに立派だ。いい青年だよ。だこら何とかしてやりたい。頼むぞ」
「ああ、おやっさんの頼みは断れない。頑張ってみるよ」
※ ※ ※
例の男子高校生には二日後に会えた。ご家族と一緒に住んでいるので、そのお家に招かれる形で会った。俺のことは「警察の秘密兵器。匿名係みたいなもの」と紹介されていた。断じて秘密兵にはなりたくないが。
しかし、同席したお母様が警察の秘密兵器という言葉に興味を持ったのか熱心に俺の言葉に耳を傾けてきたのでとても困った。おやっさんの紹介は俺にとっては不都合。相手に間違った情報を、名刺を渡したことはどう考えても間違い。どうしてこうなった。
「えーと、まずは事実を確認させてくれ。いつのまにか、前触れなく唐突に口座に一億円振り込まれた。そして知らないうちにほとんど引き出された。これは間違いないか」
「はい。そうです」
「その後、いわゆる闇金業者から連絡があり、貸した一億円の返済を迫られた。間違いないか」
「はい。そうです」
「わかった、ありがとう。ここからは俺の想像で質問する。まず、事件が起こる前、つまり金が振り込まれる前のこと。エスエヌエスのダイレクトメッセージに『おめでとうございます、当選しました!』みたいなメッセージ来なかったか?」
「えっ、なんで知ってるんですか。警察にも言ってないのに」
やっぱり。カマかけて聞いて正解。釣られ方が現代的だねー。ナイスフィッシング。
「フィッシング詐欺、ワンクリック詐欺だ。名前と生年月日、あと住んでいる市町村の入力を求められなかったか?」
「えっ、なんで知ってるんですか。警察にも言ってないのに」
さっきも聞いたな、そのセリフ。俺台本書いてきたっけ。
「相手が君を特定するにはそれで十分だ。情報を元に投稿された画像や言葉の端々と照合すれば業者には容易いこと。悪い大人は頭いいんだよ。悪い方向にな」
お母様はコーヒーを入れてくれた。ソーサー付きの上品で綺麗な装飾が付いたカップで。いくらか裕福な経済的に安定している家庭の一端が垣間見えた。
母親は改めて事件のことを、子供を叱った。俺はそんなに怒らないでください、最近は大人ですら詐欺に引っかかっていますからと擁護した。話を進めるためにガキを庇った。本当はそんな初歩的な詐欺で騙される奴を擁護できるほど俺は人間ができてはいないのだが、おやっさんの頼みだから仕方なく受け入れた。
「これからの話をする。まず、俺はこれから犯人を探す。もしも犯人からメッセージが来ても返信したり何か答えたり、絶対にするなよ。コンタクトした瞬間に、家族を巻き込んで破滅するぞ。すぐに警察に報告するか、俺の連絡先を教えるから教えてくれ。自分で解決しようとしたら負けだ。お前にできることは、今はない。まだ俺を信じられないだろうけど、今は耐えて。辛抱して頼れる人を頼れ」
「はい、わかりました……」
しょぼくれて泣きそうだった。やれやれ、仕方ないな。少し元気づけてやるか。
「そういえば環境保全活動している団体に入っているんだって?」
「は、はい。募金活動とかしています」
「そうか。それはいい取り組みだ。誰にでもできそうだが、誰でもできるわけじゃないだろう。きっと誰もやろうとしない。いつの時代も人間の敵は人間。環境を壊そうとする人間から環境を守るのもまた、人間。実行に移すのはどんなときでも勇気がいることを俺は知っている。それだけで誇れる、素直に褒められることだ。頑張れよ」
「はい!」
少しは元気が出たかもしれない。俺はとりあえず、事件のきっかけになったエスエヌエスのアカウントを教えてもらってから家を出た。アカウントの名前は『骨ネズミ』だった。なんでもトレーディングカードの名前から取ったらしい。弱そうだ。
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