合法ドラッグ待合室03

 それから数日、あちこちを回って証拠を集めた。


 今回の事件を、事件の翌日に新聞は薬局で起きた無差別殺傷事件を一面で大きく報じた。犯人と思われる男は背の高い男。なんか難しいことが書いてあったが、使える情報は特になかった。


 ライターとして見学した現場と、おやっさんから聞いた愚痴のような情報を貰って俺は推測を深めた。他の人間のことはよく見えていて覚えているのに、犯人のことはまるで覚えていなかった。俺はその事実だけで目星がついた。みんな好き勝手に、モラルもマナーも持ち合わせていない一部の利用者が多くのまともな患者さんに迷惑をかけている環境。そしてその悪目立ちしている部分が、誰の目にもはっきりとわかり誰もが覚えている。これが事件の全てだ。楽しかった記憶はもちろん人生を明るくするものだが、嫌なこともよく覚えているのが人間だ。誰が悪いんじゃない。悪いのは、嫌だったことを忘れなかった犯人だ。文句言いながら酒でも美味いものでも食って、水曜どうでしょうでも見て笑い、そして全て忘れて眠ればよかったのだ。いつまでも根に持って覚えているから、凶行を実行してしまうのだ。知らないのか? 北海道にはチームナックスっていう最高におもしろ五人組がいるんだぜ?



 今回のケースではターゲットが老人に向けられても、薬剤師などの薬局側に向けられてもおかしくはなかった。寧ろその方が分かりやすく、警察でも予想できる動機だろう。しかし話を聞く限り、それは違うとわかる。きっかけはおそらく子供だ。子供が何か粗相をして犯人を怒らせたのだと、俺は推測して成哉に連絡した。



 集会でガールズに会った時、それは確信に変わった。彼女たちも子供を連れていた。子供連れの親子が多く利用している病院。つまり、あそこのビルか近くに小児科がある。俺の記憶では一階に事件の起きた薬局があり、二階に小児科があったはずだ。したがって子ども連れが、親子での利用がとても多い薬局だったのだろう。もちろん小児科以外の利用者も、当然いる。小児科を利用した親子がそれ以外の病院で診察を受けた利用者を怒らせた。これがおそらく真相。犯人は子供の躾がなっていないのは親が悪い、そんな親は子供のために悪いとか因縁つけて一方的に自分の心に宿る正義を振りかざしたのだろう。完全懲悪。そういう絵図を描いたのだ、犯人は。



 俺はもちろんそのビルと近くにある病院を抑えておいた。内科、整形外科、耳鼻咽喉科、歯科。小児科以外だとそんなところだ。この場合、どこに通院していたかはあまり関係ない。そんな警察が調べるようなステータスを見ても仕方ない。もっと人間を見なければいけない。薬局に来ていたのだ。当たり前の事だが、犯人も薬を貰いに来ていたのだろう。まさか仮病で診断を貰って薬を手にできるとは、小学生の学校行きたくないじゃないんだから通用しない。薬を飲んでいる。その事実は確定する。



 処方箋を受付に出せば、犯人は番号札を貰うことができる。それを持っていれば誰にも怪しまれずに待合室で座れる。それだけで犯人の勝ちだ。 



 仮に何か健康食品とかサプリとかを求めた客として薬局に入った場合、処方箋を出せないのでそれだけで注目される。商品を選ぶフリ、または会計の隙を狙うことが考えられるが、そんな外からの入ってきた人間は自動ドアの音共に注目されている。そこにいる全員が意味もなく視界に入れ、見るのだ。物事の確認こそが人間の習性だからな。



 子供を持つ親を狙った犯行。無差別殺傷事件のように見えて、犯人には目的があった。ごまかすため、もしくは目的を遂行した達成感かはずみで興奮し、勢いのまま周囲の人間も巻き込んだのかもしれないが、いずれにしても最初から無差別的に人を手当たり次第刺し殺すつもりで犯行に及んだんじゃないのではと思った。無差別殺傷はどちらにせよ結果だ。



 犯人はその場で誰か気に入らない親を見つけた次第刺し殺そうと睨んでいたはず。男が下に見やすい女性の親とかな。一番最初に刺された被害者は女性で子供がいたとおやっさんは言っていたな。俺の推理に間違いはない。あとは見つけるだけ。



 女性と子供をよく思わない身長が高い男。それだけ聞くと絞るに絞れていないようだが、そんなことはない。もう一つ大事な事実がある。そう、犯人は薬を処方されて飲んでいるんだよ。俺はガキ共と仲が良いからな。調べる方法なら幾らでもある。








 ※ ※ ※












 俺は街なかから少し外れたところにある軽作業の施設を訪れていた。ビルの裏に同じ作業場に勤務しているリバーサイドボーイズに問題の男を連れてきてもらった。集会の時に話をしてもしかして思って打ち合わせていたのだ。高身長の男。既にカメラで確認している。間違いない。



「あの、なんですか」


「単刀直入に聞く。お前、薬局で暴れた男だろ。この間の無差別殺傷事件の犯人はお前だ」


「な、何を言ってるんですか。いきなり。あんた誰だよ。なに言ってるんだよ。違うし、意味わかんないし」


「そこにいる彼とは同じ職場なんだろう?」


「え、ええ。まあ、そうですけど」


「彼はリバーサイドボーイズのメンバーだ。雁来成哉って名前を知ってるか? 良い組織から悪い組織まで、この街で知らない人はいないすごい奴さ。インターネットで検索してご覧。IT会社の社長とか会長とかって出てくるからさ」



 男は俺を睨んだ。憎しみのあまり目から血が流れるんじゃないかってくらいに。俺はその目をちゃんと見返してやった。



「お前ら、あいつの仲間なのか」


「そうだな、仲間だ」


「出せ! 雁来成哉を出せ! ぶっ殺してやる」


「殺すとは穏やかじゃないな。やっぱり薬局でナイフ振り回したのはお前だな」


「なぜそう決めつける! 理由を言え!」



 すごい剣幕で、迫力だった。俺は負けないように冷静に言う。



「事件のあった薬局のビルにメンタルクリニックが入ってる。そこで薬を処方された患者さんの多くはその薬局を利用する。普通は知ることができないんだけど、少し調べたらすぐに分かったよ。お前はそこで薬をもらっている。事件のあったあの日も、薬を処方されている」


「だ、だったらなんだってんだよ。薬もらったのは俺だけじゃない! んなやつ、いくらでもいただろ!」


「それは、その通りだな。しかしお前は自分で自分が犯人だと言っていたんだよ。睡眠薬をクリニックからもらっていたはずだ。そのなかでも青いやつは他人にあげたりしちゃいけない薬なんだが、体調を偽ったりして多めに貰っていただろ。半分自分に使って、半分は売りさばいていた。合法ドラッグを違法に売っていたわけだ。それくらいなら、俺たちのネットワークを使えば突き止めるのは簡単。売人の男の特徴の証言と近くのカメラを照合。ビンゴだ」



 俺はカメラの薬局に入る映像を見せた。男はそれをまともに見ないうちに大きく、真上を向いて叫んだ。



「俺は女が嫌いなんだよ。平等だかなんだか言い出した世の中の流れをいいことに、でかい顔をして自分たちの権利ばかりを主張しているのが気に食わない。雁来もそうだ。この街でデカい顔をしてやがる。俺はアイツのことも殺す予定だった。でも失敗した。お前が仲間ならちょうどいい。連れてこいよ。俺に勝てたら警察に自首でもなんでもしてやる。本物の戦いを見せてやる。殺し合いだ」


「やっぱり小物だな、お前」


「あ?」


「小物だって言ってるんだよ。お前なんか相手にもならない。今はすぐに正解をインターネットで、スマホで見つけられる時代だろ? 知識を得るのにも趣味を始めるのにも誰かが簡単に教えてくれる。浴びるように与えられてばかり。何を見てそんな考えになったのか知らないが、短絡的すぎる。そんな環境で育ったガキなんか、相手にならないね。成哉の出るまでもない。俺ひとりで十分だ。俺はこれでも成哉の右腕として使われているんだぜ? 俺を殺すことができたら成哉に会えるかもしれないな」


「くそっ。やってやる! ぶっ殺してやる!」



 男は隠していた愛用のナイフを出した。仲間の男の子が俺の名前を叫んだが、心配には及ばない。黒いミミズの化け物に比べれば、やはり小物だ。こんな仕事をずっと続けていると、戦いで決着はよくある。軍の兵士として訓練されるよりも上手にナイフを手で払うことができるだろうさ。俺は武闘派じゃないからパンチが弱い。最大の武器の蹴りは少し痛いから覚悟しておけよ。




 



 


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