合法ドラッグ待合室02
この間スマートフォンを新しいやつに買い替えたんだ。いいよな、新しいものは。時代の最先端を行く最新型スマートフォン。たくさん機能があって使い切れないぜ。しかし、あれはどこの販売店に行っても三十六回払いがベーシックなんだな。定価でドンとは売らない。理由はもちろん本体の代金がバカみたいに高いから。仕方ない。本当なら一般庶民なんかでは手にできないものなのだ。誰でも手に入るように見せかけた工夫。考えたものだよ、本当に。よくできているよ、世の中というものは。みんなその一助だとわかっていながら、黙って買うんだから。俺も三十六回払いで契約してきたぜ。
設定を一通り終えたその日のうちにメールが来た。誰にもメールアドレスを教えていないのに。前のスマホで使っていた画像やアプリの会員データを入力して引き継いだのが原因だったのかもしれない。しかしそれはこんなメールだった。
宅配業者からの再配達が来ています、連絡をお願いします。パスワードを変更します、入力してください。セキュリティがロックされました、お使いのクレジットカードは使えません。リンクから確認してください。有効期限が切れています。
そんなのばっかりだった。迷惑メールが来るような使い方はしていないし、今日買ってすぐなのにあれ? と思ったが世の中はそんなものであることを知った。やれやれ、俺が健全な一般市民だったとしても、こんな誰が見ても詐欺だって分かるメールじゃ誰も騙せないよ。言葉の一部を見てパニックになった与えられたばかりの小学生ぐらいか。ウイルスに感染しましたとか、当選しましたとか、請求が確定しましたとか。とうの昔に使い古された詐欺も、時代が変われば通用するのかもしれない。結局使う側の人間が変わらないってことなんだけど、すくなくともそんなことを見るために買ったわけじゃない。
俺はおニューの携帯電話で電話をかけた。今日は取り次ぎが二人も出た。保留のメロディーを含めると三十分くらい掛かった。俺の番号ぐらいすんなり通してくれよ。スマホが新しくなっても番号は同じなんだからさ。
「どうした。何かようか」
用がなければお前なんかに電話なんかかけるか。そう言おうとして、俺は大人だったのでやめた。えらい。
「お前に頼まれていた、薬局の無差別殺傷事件の犯人を捕まえようと思ってな。少し情報が欲しくて」
「ほお。犯人の見当がついたのか」
「まだ確証がなくてね。俺の情報網だと限界がある」
「そうか。誰を呼べばいい」
「ええと、そうだな。子持ちのボーイズかガールズがいないか? 小学生低学年か幼稚園児くらいがいい」
「なんだ、子育て相談だったか」
「いや、違う。俺の娘は俺がいなくても生きていける強いやつだ。それより、誰かいないか」
「そうだな。お前の希望する条件なら何人かいたはずだ。連絡しておこう。いつがいい」
「次の集会に参加させてくれ。他の奴らにも話を聞いてみたい」
「そうか。では追って連絡する。今度は用がなければ電話など掛けるもんかなどと言わずに、冗談から話し始めてくれ」
え、心の声聞こえてた? やば。本当か冗談かわからないけど、成哉でも与太話したいんだな。
その日の夜二十六時にメッセージが送られてきた。寝てたが、ふがっと起きた。二十四時を超えて数える時間はよく分からなくなる。午前六時は夜三十時か?
俺は指定通り、一週間後に行われた集会に顔を出した。
※ ※ ※
集会は夜に行われた。
その日、成哉は来ていなかった。彼はグループの集まりでも顔をあまり出さない。誰かに追われているのか、命でも狙われているのか知らないが隠れるようにしていつもその所在を悟られないようにしている。集会は司会も進行もいない。全員が集められることもなく、誰でも参加できるわけでもない。その場に集まったメンバー同士好きなように話し合い、情報交換しながら交流を深めていた。
俺は事前に成哉から声をかけられた二人のガールズに会った。話を聞くと彼女たちが被害に遭って怪我をした二人だという。彼女たちには子供がいたのだ。おそらくあの現場にも彼女たちのお子さんが一緒にいたことだろう。どれだけ怖かったか、大人には想像できない子供の心が心配になって、心を痛めた。俺はまず、大変な思いをしたなと言った。
「いえ、私は少し腕を切られただけで大した傷にはならなかったんです。たぶん跡も大きくは残らないだろうって医者に言われましたし」
「私も人にぶつかって転倒しただけで。少しくらくらしたので病院に行きましたが、大丈夫でした。子供も、なんともありません」
「そうか。不幸中の幸いか。いくつか聞きたいことがあるんだが、構わないか」
「はい、もちろんです。なんでも聞いて下さい。成哉さんの大親友、グループの最高幹部様、茨戸創さん。犯人を捕まえてください!」
……俺はいったいグループでどんな扱いになってるんだ? すくなくとも最高幹部ではないし、右腕だとか言われたこともあった気がするが、大親友であることは間違いない。ご存じの通りこのグループには上も下も右も左もいない。だからみんな成哉の下に集い、仲間を信頼して任務を遂行している。きっと目の前にいる若い二人の母親も適材適所にビッグボスから指令を与えられているんだろう。仮に俺が成哉の側近だとして、何かいいことがあるとすれば、若い子からの信頼とか? ああ、側近じゃなくても電話の取り次ぎなら誰でもできるだろ。やっぱり今度俺も電話番に立候補してビッグボスからたっぷり貰おう。オーガナイザーじゃ小学生のお年玉と変わらない。
「犯人は外から入ってきたのか? それとも最初から中にいて、機会を窺って実行したのか?」
「いえ、外からはきていません。いつからいたのかわかりませんが、きちんと医師から処方箋をもらって待合室で座っていたようです」
そうか。その情報は警察は公表していなかったな。
「最初に特定の誰かを狙ってはいなかったか? それとも最初から叫んで手当たり次第にナイフを振り回したのか?」
「最初は薬を受け取っていた女性を刺しました。その方が倒れて、誰か叫んで犯人の男がその叫んだ人に襲いかかって。あとは無作為に振り回していたと思います。私は子供を守るので必死で、よく覚えていなかったんですけど」
そうか、なるほどな。ひとつわかった。みんなが犯人のことをよく覚えていなかったのは自分のことで精一杯だったからか。他人のことを気にしている余裕はなく、ましてや本人の特徴を覚えてやろうという人間はそこにはおらず、自分の安全の確保と逃げることが最優先だったんだ。無理もない。現場には名探偵も非番の警察官もいないのだ。相手は男で武器を持っている。無抵抗の人間を無慈悲に襲う残忍な人間だ。無理もない。
「わかった。聞けてよかったよ、ありがとう。とても助かった」
「茨戸さんは、今回の事件の犯人を追っていると聞きました。お願いです。本当に捕まえてください。心配のし過ぎかもしれないってわかっているんですけど、子供が外を歩くのも心配で」
「ああ、わかるよその気持ち。俺にも娘がいるんだ。任せておけ。見つけだして懲らしめるのには定評がある。成哉の前に転がしてけちょんけちょんにして貰うさ」
俺は尊敬の眼差しというのを久しぶりに貰った。期待の視線の方がたぶん正しいんだろうけど。
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