07合法ドラッグ待合室

合法ドラッグ待合室01

 内科を受診して処方箋をもらい、薬局に行って風邪薬をもらったことはあるか? 人間生きていれば風邪のひとつくらいひいたことがあると思うのだけど、どうだろうか。賢い人は風邪なんてひかないのかな。仮にそうでなくても、何らかの形でお医者様にお世話になったことがあるという人が、街を行き交う人の大半を占めるはずだ。



 さて、近年そんな薬を貰うまで長く待たされることが度々ある。一時間待ちなんてしょっちゅう。いつも待ちくたびれてどこかへ消えてしまった番号を、薬剤師さんたちは必死に呼んでいる。



 今はどこも人手不足だというから、薬剤師さんも足りていないんだろう。熱心で勤勉な人は、すぐに社会の掟に敗れて惰性に陥るのが定め。政府は働き方改革なんて都合の良いことを言っているが、そんなのうまくいくわけがない。安くて都合が良くて使い倒せる人手なんて、いつの時代にもいないんだ。そういうのを求める社会を作っているうちは、不足していて当たり前だろうよ。



 そんな薬局で無差別殺傷事件が起きた。詳細は事件翌日の新聞に書いてある。



 現場は狭く、混雑していて、病気などで体力が落ちている人ばかり。密室で、出入口もひとつ。誰も考えなかったことだろうが、考えてみれば条件があまりにも揃いすぎていた。街なかや駅、バスや地下鉄でテロを実行するよりも成功率が高く、警戒も警備もない。まさかそんなところで事件が起きるとは、誰も思っていなかっただろう。



 被害者にガキ共のグループ、ガールズがふたり。犯人は依然逃走中。警察も必死になって捜している。つまりこの街一番のオーガナイザー、俺様の出番というわけだ。    



 成哉と電話をしてから数日。俺は薬局へ足を運んだ。事件が起こった薬局ではない、別の薬局だ。事件現場は警察が占拠している。行っても意味がない。



 薬局に持っていったのは処方箋ではなくノートとペンだった。黒い翼の生えた大蛇、いやドラゴンだっけ。どちらにしても侵略者と戦った直後。風邪なんてひくひまなし。内科を受診する必要もない。病院に仮病は使えないからね。



 今回は取材を申し込み、記者としてお邪魔した。話題の事件を調べていまして、とか。当初の設定を忘れてしまっている人も多いだろうけど、一応これでも小さなウェブライターをやってることになってるんだ。



 しかし取材と言っても誰か、たとえばそれこそ薬剤師さんとか薬局の人に現状をインタビューするわけじゃない。俺に対して降りた許可は見学だけだ。患者さんに話を聞くことも迷惑になるから駄目だという。カメラも禁止。マスクをつけておとなしくメモでも取っていなさいと。厄介者扱い。



 観察すると色んなことがわかる。ひとりごとを呟く爺さん。走り回る子供。「わかってるよ、うるさいな」と怒鳴らず言い捨てるじじい。他の患者を無視してガラケーの着信音を盛大に鳴らして電話を始めるご年配。スマホ片手に下を向いて我関せず、番号が呼ばれるのを待つだけの大人たち。まさに無法地帯。待っているだけなのに、待たせてしまっているから多少モラルの無い行動をしている患者がいても薬局側は口を出せない。患者は横柄な態度と乱暴な言葉を許されると思って平気で口にする。セクハラもカスハラも好きな時にセルフサービス。現代日本の悪いところがフルコースだ。



 一時間ぐらいしてから受付にお礼を言ってその場を後にした。お腹いっぱいだった。醜い人間を見続けられるほど暇じゃない。待ち合わせをしているのだ。



「やあ、おやっさん。元気だったか」



 俺は薬局を出て歩き、十数分くらいでいつもの東西にデカい公園に着いた。今日はそこで待ち合わせである。



「創。お前は都合のいい時だけ顔を出すんだな」


「お巡りさんに暇な時なんかないだろ?」



 それもそうだが、と呟いた。今日も非番で休みだから私服。せっかくの休みなのに俺とのおしゃべりに付き合ってくれる。感謝だぜ。



「無差別殺傷の犯人は捕まえられたのか?」


「いや、まるでだめだ。捜査本部に入れてもらえない下っ端の俺たちなんかは当然蚊帳の外だが、知り合いに聞いたところ犯人の名前も手がかりもほとんどないそうだ。この街で起きた事件だから、この地域を任されている俺たちはなんとかしたい気持ちがみんな強い。お前は何か知っているのか」


「いや、俺も新聞に書いてあったこと以上の情報はない。でも薬局の待合室だから、たくさん人は居たんだろ? 目撃証言なら山積みじゃないのか?」


「ああ、それが誰も覚えていないと言うんだよ。スマホで撮った奴もいない。写真をネットに公開したがる時代に、そんな事件に遭遇したらテレビのカメラマンよりうまく誰か撮るだろ、普通。みんなカメラを持ち歩いているんだ。証拠を押さえることに関しては、俺たち警察官より優秀だ」


「本当に? 誰も? ひとりも? 患者も薬剤師さんも?」


「ああ、なぜか誰もよく覚えていないと口々に言う。ただ、男だったということはわかっている。新聞にもそう書いてあっただろ」



 俺は頷いた。身長の高いフードを被った男だと書いてあった。しかしそれでは誰か特定できない。そんな男は溢れるようにいる。俺は警察官しか掴んでいないような情報が知りたかった。成哉にも犯人を捕まえるように言われている。ここは俺の腕の見せ所だったんだが、何も分からないんじゃなにもできない。



「どうでもいい話とかなんか無いのか。捜査している人達は部屋の埃も逃さないで調べ尽くすだろ。まさか人間の言葉をそのまま真に受けて聞き込み終わり、なんて雑な仕事はしない。嘘をつくのを前提として、それをいとも簡単に見破るプロ集団だろう。俺みたいな勘違いで探偵ごっこしているガキでは足元にも及ばない。それでも何もわからなかったのか?」


「そうだな、わからなかったのは犯人と事件の全貌だ。何も掴めていない。しかしお前の言ったような事件に関係なさそうな話はいくつかある」


「それが聞きたかったんだよ。なんだ、あるんじゃん」


「しかしそんな情報で何とかなるのか」


「俺を誰だと思ってる。この街一番のオーガナイザーだぜ?」



 俺は世界一カッコ悪い肩書を、カッコよく言った。惨めだった。



 おやっさんが話してくれた情報は三つ。



・ひとつ目。三十代男性。隣の席の子供が走り回ったり『ままー、ままーみてー』と駄々をこねているのがうるさかったとのこと。母親は三十、四十くらい。子どもは小学生一年生だと叫んでいたのでそうだと。男の子は二人。母親は子供のかまってに生返事だけ。待つのに飽きた走り回る子供に注意も叱ることもなかった。周りへの謝罪も、配慮もなかった。気に入らなかった、と。



・ふたつ目。二十代女性。薬剤師と高齢のおじいさんが口論になっているのを待っているときに聞いた。それを聞いていたのは若い成人男性だ。すぐ後ろの椅子に座って待っていたからよく聞こえた。酷い罵るような言葉が多く、薬には関係のない話ばかりだった。高齢者に対するイメージは元々悪かったが、さらに悪くなった。あのような人を老害と言うんだろうなと思った、と。


・みっつめ。十代男性。大学生。薬を受け取るまで待ち時間があったので、待つためにソファや椅子に座ろうと思ったが人で埋まっていた。どこも空いていなかったので立って待つしか無かった。すぐ近くに無料で利用できるウォーターサーバーがあり、紙コップを引き抜いてレバーを下げると水を飲むことができた。薬局のサービス。立つ場所も限られて、そのウォーターサーバーの近くに立った。水をやたらと飲む人が多くて目障りだった。セルフサービスをいいことにどれだけ飲んでも許されると思っている。。同じ人が何回も飲みに来た。子供もそんな大人を見て便乗した。何個も何個も紙コップを使い捨てる。遊び感覚で騒いでいるのは目につき、おとなしく待っているよと、苛立ちを覚えた。



 以上だった。つまり交番のおじさんに向けられた言葉はどれも愚痴だった。薬局の待合室におけるトラブルとしては、どれもありふれた感情ばかりに思えたが、これこそが庶民の生きる日常の本音で、現実だと言えるのかもしれない。その鬱憤はきっと事件の話と共にエスエヌエスに書き込むか、友達にメッセージを送ったり電話で聞いてもらうか、リビングにいる家族に「聞いてよ!」と話すことだろう。



「最後にもう一つ聞いていいか。一番最初に刺された被害者は女性だと聞いたが、子どもを連れていたか?」


「よくわかったな。新聞には書いていないが子供がいた。この事件で殺されたのはあの母親だけだったからな。可哀想だったよ。お母さんって泣き叫んでいたらしい」



 なるほどな、よくわかったぜ。



 俺は軽くメモを取って手帳サイズのノートを閉じた。お礼を言って別れ、帰宅した。少なくともウェブライターとしての仕事は捗りそうだ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る