すすきのアウトサイドパーク03

 翌日、昼間にひとりで歩いているときに堂々と拉致された。拉致されてから車は色んな方向に曲がり、ぐるぐると回っていたので手足も視界も奪われた俺には場所も時間もわからなかった。何か特殊な薬剤を、薬を使われているのだろう。感覚も麻痺している。思考さえ遮られているかのようだった。



 どれだけたっただろうか。車から降ろされたことは分かったが、またどこかへ歩かされた。朦朧とした思考と足で進み、怒鳴られて殴られて椅子に座った。残り僅かになった意識を引き戻しながら、俺は久しぶりの光を見た。



 視界を許された俺の目でわかったのは、場所がどこかわからない廃墟だと、そう思った。広い倉庫のようだ。目隠しの布を取られた時、既に椅子に手足が縛られていて、身動きが取れなかった。本気でやばいやつだぞ、これは。



「目が覚めたか。よし、聞くぞ」



 冷たい声だった。冷徹な、冷えた声。しかしその程度では生ぬるい。どこかの社長のほうが絶対零度でキンキンだ。



「お前はなぜ、うちの部員を警察に突き出したのだ。奥寺。そう、彼は奥寺という青年だ。バイトに精を出す真面目で良いやつだった。しかしなぜバレたんだろうな。組織としては完全にフォローしていたはずなのに。そう、それが聞きたい。なぜわかった。奥寺が部員だとなぜわかった。ああ、もちろん。もちろん、うちの部員を捕まえたお前の仲間も、今探し出している。すぐに見つかるさ。同じようにして連れてきて処分を下す」


「処分?」


「そうだ。うちの組織のルールに則って、処分する。しかし、その前に聞くことは聞いて置かなければいけない。なぜわかった。うちの部員であるとなぜ分かって、そしてなぜ事前に捕まえる手筈を企てていた。何が、そのように実行させたのだ」


「お前らと同じで、うちにも特別な情報網があるんだよ。それでひったくり犯を突き止めた。本来は二人組だったみたいだが、一人しかわからなかったから一人にカマ掛けて見て、それで正解だったから捕まえて警察に突き出した」


「その情報だ。どこだ?」


「テレビのニュースを見なかったのか? 連日ひったくり犯の様子が報道されていたぜ」


「そんなんで。あの程度の荒い画質では、到底分かるはずが……何者だ、貴様。何が目的だ」


「質問ばかりだな。全部答えたら釈放してくれるのか?」


「検討はしよう」



 やれやれ。期待できそうにないお答えだ。



「ええと、俺が何者か。そうだな、俺はこの街一番のオーガナイザーだ。相談事を色んな方面から請け負っている」


「目的は」


「目的? さあ、考えたこともなかったな。最初は友人を助けるつもりだったんだが、今じゃ街を救うヒーローかもしれない」


「ふざけるな! 死にたいのか!」



 隣で金属バットが素振りされる。スポーツ用品店で買うことのできる、お馴染みのやつ。最近の悪いグループは拳銃や刃物を使わずに、素手とか金属バットとか、そういう銃刀法違反にならないやつで暴力を振るうと聞いたことがある。確かにうちの創成川ボーイズも基本素手だからな。



「仲間のことを話せる仲間なんか、この世にはひとりもいないだろうよ。おまえら組織にルールがあるように、俺にもルールがある」


「矜持ってやつか。誇り高いな、悪くない。殊勝ないい心がけだ。是非とも新入部員にほしいところだが、まあ、いい。目的を話さないならお前を殺してその仲間に聞くだけだ」



 殺すのか。ちくしょう、容赦ないな。こういう時はたいてい半殺しで道端に放置されるケースが多いだろうに。しかし、これは加減されずに本当に殺されるかもしれない。少なくとも意識は何回か無くなるだろうな。その度に戻ればいいけど。その金属で何発殴られることになるんだろう。やだなぁ、痛いのは。



 構えて、スイング。



 一発。頭に正面からクリーンヒット。センター前に抜けていきそうなきれいな当たり。額が切れて血が流れるのが分かる。一撃でもうくらくらする。まずい。くそっ、部活動の活動内容が人殺しかよ。部活内でのパワハラとか下級生への暴力とか世間を賑やかす事件が可愛く思えるぜ。



 二発目素振りして、それからバッターが構えたその時であった。倉庫の扉が勢いよく開いた。やれやれ。



 待ちに待った救援である。



 彼女は音もなく現れて、そして誰かが悲鳴を上げて倒れた。見張りをしていた敵の、部員とか言う奴らの一人だろう。その日本刀は音も無く現れ、人の魂を斬る。バットで意識を失ってから戻すより、妖刀に斬られてから戻すのはきっと苦労するだろうな。俺はまだ斬られたことないからわからないけど。



 彼女は入り口の敵を殲滅すると瞬間移動で俺の真後ろに立った。さすがの不良もどきも声がなかった。無理もない、彼女は人間ではないのだ。



「遅かったな、桜木坂」


「ええ。あなたの合図が分かりづらかったので。痕を辿るのに苦労しましたよ」


「そうか。悪かったな」



 携帯電話か、スマートフォンを持っていてくれれば楽にエスオーエスを出して相手に届けられるんだが。何せ百八も秘密兵器が搭載された最新のスマートフォンだからな。



 妖刀使いは刀で縄を斬った。この世の物も斬ることできるんだな、それ。



「ナマクラではないんですよ、私の刀は」


「そうか。それは助かる。心強い」


「な、何者だ、てめぇ!」


「私? 私ですか?」



 彼女はその和服姿で一回転。刀を構え、人にして人ならざるその存在を誇示して自己紹介をした。



「名は、桜木坂。最近では、妖刀使いと噂されるがな」


「妖刀使い……」


「兄貴、聞いたことあります。人斬りの妖刀使い。夜の街に現れては次々と人を斬るという、面妖なやつですよ」


「そんなやつが、なぜ、こいつを……」


「なぜ? そうね、まあ、強いて言うなら」



 仲間だからかしら?



 それからは桜木坂の一人芝居であった。リーダー格の男以外の男を次から次へと、斬り倒していった。部下は部員は全員倒れていなくなってしまった。まだ頭がくらくらするが、歩けないほどではない。俺はひとりぼっちになった腰を抜かして俺たちの方を見る男を残してその倉庫を出た。あれはもう斬るまでもない。



 外は既に太陽が落ちて真っ暗。そんな時間になっていたとは。桜お姉ちゃんが探すのに苦労するはずだ。



 暗くて今どこだが良くわからないと思ったが、池があって、木々が茂っているのを見てすぐに思い出した。ここはアウトサイドパークじゃないか。なんだよ、案外近場に監禁されていたんだな。



 助かったと思ったその時だった。また油断していた。今度はまともな思考を奪われていたのだ。不覚を取ってもやむを得まい。



 ぱぁん。



 住宅街や商業施設も近い、何よりすすきのに隣接しているこの公園に似つかわしくない音が鳴った。否が応でも振り返る。


「おい、ふざけるなよ、てめぇ。これで勝ったと思うなよ。すぐに応援が来るからな。うちの組織はでかいんだ」


 

 暗くて良く見えないが、静かで閑静な場所だったのでセリフは良く聞こえた。たぶん握っているのは拳銃だと思うが、やれやれ。そんなものにまで手を出すってことは、やっぱり本物の半グレとかの悪い組織だったのかね。今やひったくりも組織的な犯罪になるのか。



 俺と妖刀使いは急いでその場を離れようと動いたが、二発目。今度は足元で何か音がした。俺たちを狙ったのかもしれない。俺は両手を上げる。



 すると目の前に急ブレーキで三台の車がとまった。どれも大型車のようで、黒くて暗くて良く見えない。ライトでかろうじて、車のヘッドが見えるくらい。リーダー格の拳銃男はセリフを読み上げるように言った。



「ほらみろ。仲間が来た。とりあえずお前は許さない。殺す」



 しかし、俺はその車によく見覚えがあった。俺は車のブレーキ音を聞いた時は本当にやばいかもしれないと思ったが、すぐに安心した。部員のトップだから、部長さんかな? どうやらこの勝負、俺の逆転勝ちみたいだぜ。



 どさりと、二人の男が転がされた。どうやら大事な部員さんは意識がないみたいだな。見上げると、黒服に黒手袋をぎゅうぎゅうとはめ直している男たちがずらっとならんでいる。ライトがつけられた。夜の公園が明るく照らされる。この無敵の集団。間違いない。創成川リバーサイドボーイズ。


 そしてもう一人ドライアイスのような冷気と共に降りてきたのが、我らがリーダー様である。



 

 


 

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