白黒バイナリー02

 ふたりが帰ったあとセイヤに電話を掛けた。電話口には若い女が出た。取次。女に俺の名前を出したが、『誰だ? お前』と言われたので、仕方なく『オーガナイザー』だと答えた。勿論、この言葉は通じない。だって馬鹿だもの。 

 

 

「なあ、セイヤ。お前の秘書変えたら?」

 

「ソウの対応をしたのはガキの方の窓口だ。会社の秘書は資格者だからお前の心配には及ばない」

 

「ああ、そうですか」

 

 

 俺が探偵のように問題を解決している(もちろん俺は探偵じゃない)人物であること、成哉の昔からの友人であることを懇切丁寧に話すことで、なんとか電話は我らがリーダー様に繋がった。しかし、実のところ俺はセイヤの正確な役職を把握していない。学生時代に自ら起業したIT企業の社長だ、会長も兼用している、と本人は言っているが、友人関係にある俺にも本当かどうか怪しくなっている。裏稼業をしているとか、マフィアのボスだとか言われたほうがまだ納得できそうだ。



 雁来成也は俺の友人で、この街のガキ共のリーダー。経済界でも数多の顔を持つスーパーユーティリティスーパーマンだ。

 

 

 彼も起業してすぐは苦労していた。高校を中退して立ち上げたIT企業だった。どうせ半年もしないうちに潰れるだろうと思っていたが、しかし何をどうしたのか知らないが仕事が軌道に乗りそうだ、倒産どころか黒字だと聞いたときには大いに祝ったことを忘れずに覚えている。それからあっという間にこの街の業界のトップを奪い取り、君臨した。会社の創始者であるから、社長とか会長をしているんだろうけど、あまり自分のことを話さないやつだから詳しくは知らない。社長も会長もどっちもやってるんだと思うが、果たして。俺が茶化して「社長! 社長!」と言っても否定しなかったから社長は間違いない。



 学生を半年で辞めた本当の理由は率いていた悪ガキの集団を終わらせるためだった。喧嘩の腕とその高い知能で高校時代にその尖りきれないガキ共を成哉は束ねていた。しかし、成哉はその現状を良くないと思っていた。街のハミダシモノ、鼻摘まみ扱い、邪険にされて悪者にされて社会悪に見られる。彼はそんなふうに指差す奴らも指を刺されたみんなも変えてやりたかった。全てを変えるために彼は頂点に立つことを決め、そしてその座を手にした。その手腕で全員を更生させてグループを健全な集団へと変え、さらにはこの街、地域のガキまで手を広げて総まとめにして統一。地域から邪険にされることはなくなり、むしろ感謝されるような若者集団へと変えた。



 ガキ共の集まり、名を創成川リバーサイドボーイズ・ガールズという。組織ではない。あくまで集団。だからみんな自由。法律とモラルを破らない限りは何をしても構わない。何をしても許された。バイトをしても、成哉の会社を手伝っても、仕事がなければ成哉に斡旋してもらうこともできた。仕事をしなくても、生きていけるのであればそれもよかった。行き場のない若者が生きやすくなった。居心地がよくなったのだ。居場所を与えられたのだ。そしてその場所を作ったのが成哉だ。この街のガキ共全員から慕われ、その言葉と命令に絶対的に従うほどの敬意を集めた。もちろんそれを勝ち取るためには誰もが認めるような行動が必須だが、もちろん全員を黙らせた伝説がある。それは長くなるからまたの機会に話すとしよう。少なくとも社長も会長もやってガキのチームトップに君臨し続けることができる奴は、この世の中全てを探してもあいつ以外誰一人としていないだろうよ。



 そんなとてつもない手腕を発揮してからはどこか違う世界に行ってしまったかのように思えた成哉は、どうしてかこの街のトラブルが起こると俺を頼った。信用できる昔からの友人だからかもしれないが、話せないことも頼めないことも任せられると、昔言われたことをなんとなく憶えている。それはもしかしたら俺の勘違いだったかもしれないけど、そんな事があったということにしておこう。彼から貰っている報酬金は子供のお小遣いみたいなレベルだからな。美談でもないとやっていけないぜ。

 

 

「依頼人に会ったよ。中国の子二人。彼女たちも創成ガールズ?」

 

「いや、違う。ガキ共とは無関係だ。今回は俺からの依頼じゃない。俺は仲介役に過ぎん。彼女たちは俺が仕事で知り合ったボランティア組織の姉妹だ。そこで世話になっている娘二人の恨んだ相手が、その父親がどうやら俺の見知らぬ同業者らしい」

 

「え? じゃあ、その娘たちが殺したい相手は、彼女たちの父親というのはセイヤの知り合いなのか?」


「聞いていたのか? 俺はその男を、依頼人の父親を知らない」


「ふーん、そうか。それだと成哉は殺人依頼だと聞いたのか。つまり、そのボランティア組織からのお願いだったって……」


「いや、それも違う。依頼そのものは直接俺に来た。知り合いのボランティア組織の娘だということはあとから知った。その父親が同業者ということも軽く調べたからだ。そんなことは気にせずに事件を解決してくれ」


「いや、気になるんだが。ボランティアがはただの姉妹の居場所だってことは分かった。それじゃあ、やっぱり殺しの依頼は成哉が直接聞いたのか?」

 

「さあ、どうだったかな。どちらでもいいだろ。この件は創に任せた。全権はお前にある。この俺様でさえ、事件の手伝いとなればお前の命令に従う。頼りにしている。あと、念押しすると、そのふたりは本当にガールズじゃないからな。ガキ共の揉め事ではない。今回、そっちは無関係だ。じゃあな」



 電話が切れた。



 背景が見えたような見えないような。

 

 

 創成川リバーサイドボーイズ・ガールズ。とてつもなくダサい名前だが、不良集団も暴走族も皆似たようなものだろう。アメリカ映画にでも出演すればそれなりに箔が付くかもしれない。



 この街で少しでも普通の生活から足を踏み外し、何か下の世界のモノや人物に接触しようものならすぐに彼等彼女達と雁来成哉の名前を耳にすることになる。それはプロでもアマチュアでもだ。この街は誰であろうと歓迎はしないが、拒絶も排除もしない。ルールだけは厳守。何も知らない奴は、本当にただの観光客かよそ者になる。

 

 

 ボーイズとガールズ(ガキ共のことはこの名前で呼ぶことが多い。あとはメンバーとか)は企業や会社ではないがイチ事業として活動しているので、主要メンバーから下っ端や見習いに至るまでその働きによって報酬が支払われる。合法ではないグレーな仕事もあったりするが、いかんせん暴力に飢えていたり、若さを持て余しているような連中。命令があればその命令に従って思う存分に暴れてくれる。適材適所はどの組織にもあるってこと。どいつもこいつも根はいい奴らばかりなんだ。俺が集会に顔を出してみんなに会うといつも嬉しそうに寄ってくる。



 それにしてもあの電話の取次ぎ役は、あれで一体いくら報酬もらっているんだろうな。条件次第では俺も電話当番になりたい。

 

 

 

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