白黒バイナリー03

 姉妹の依頼を受けることにした俺はその日はぐっすりと眠り、翌日から行動を開始した。実の親を殺せという殺害依頼を受けたが、しかし幾ら話を聞いても動機に当たる理由を一切明かさなかった。ただ殺して欲しいの一辺倒だったので、俺は任せておけとしか言えなかった。下手に断ったり言葉を濁したりすれば早まって自分たちで殺しを強行してしまうかもしれない。それは避けなければ。警察は事件が起きればそれは想像しているよりも早く確実に動く。被害者かもしれない彼女たちを加害者にはしたくない。

 

 

 彼女たちから父親の住んでいる住所は教えてもらった。彼女たちの言いぶんとしてはそこに忍び込んで殺せというわけだ。しかしこの住所が正しいのかどうかもわからない。まずは確かめる必要がある。行ってみたら罠でした! で俺が殺されてしまったら最悪だ。俺は死にたくない。まだこの世には未練しか残っていない。

 

 

 住所を確認するために、俺はパソコンを開いてインターネットで地図を検索した。位置を確認、この街のことなら大体の場所でなんとなくわかる。詳細までわかればもう丸わかりである。



 ふむ……創成川の西側か。あそこは近年再開発が盛んに行われて高速ビルが地面から次々と伸びているところだ。入居者のほとんどがリタイアした高齢者と……そうか、確か中国人も多いと噂があったはず。最高期に比べたらこの地域の景気もおちているかも知れないが、向こうは西側のこちらよりまだまだ好景気。日本人の財布が無理なら、出せる人間が購入するのは当然。売る側は新幹線開通による利便性の向上とビジネスを結びつけて高値で売り切りたいのだろう。売り時に売るのはビジネスとして間違いない。そんな値段も階層もお高いところに住んでいるのは、よっぽどの金持ちか、その名前の通り“中国人”ビジネスマンということになる。

 

 

 俺は相手の、おそらく中国人男性であろう人を殺すつもりは当然ない。どれだけ金を積まれてたとしても、殺人者にはなりたくない。殺害以外の手段を取って殺すと言ったが、あれは嘘ではない。なんでもあるんだよ、この街は。人間も、人間じゃない存在も。いや、本当に。冗談じゃなくてな。 



 作戦を立てると、俺は電話をかけた。さっきお話ししたばっかりなのにな。彼とはすぐにつながった。

 

 

「どうした、創か。またか」


「スーツを一着頼む。いつもの店で。それと名前を貸してくれ。本人に直接会ってくる」


「そうか。スーツはどんな物がいい」


「一番いいものを頼む」


「わかった。用意しよう」



 小一時間ほどしてショートメッセージが届いて携帯が震えた。「済」と一文字だけ書かれていた。合図だ。俺は街に飛び出した。



 俺はスーツ専門店に入り、名刺を二枚出した。俺の名刺と成哉の名刺だ。それを見るなりスタッフは顔色を変えて慌てて準備をした。俺は通されたフィッティングルームで用意されているものに着替えた。


 

 ダークスーツを手に入れた。伊達な眼鏡を掛ければビジネスライクな仕様になった。革靴を履き、鏡の前でご機嫌にポーズを決めた。いい感じじゃないか。経費は出してくれるからな、あの社長。その代わり報酬が少ないけど。



 スタッフの方にしっかりと頭を下げてお礼を言って店を出た。それからついこの間聞いたばかりの電話番号に電話をかけた。今日は電話料金を心配になるほど電話している気がする。



 相手は“白黒姉妹”の父親。住所と一緒に姉妹から教えてもらった電話番号。殺せというのに電話番号を教えるとは、律儀というかそれとも殺すなというサインか。いずれにしても役に立ちそうだ。



 電話に出た声が中国語だったらどうしようかと思っていたが、日本語だったのでよかった。王様のような社長とはまた違うクールな声だった。王の声は冷え冷えのクール。こちらはかっこいい方のクール。俺は電話口で雁来成哉の名前を出して、話をつけた。すぐに来て構わないとのことだった。実に都合が良い。タクシーをつかまえてマンションへ直行した。







 ※ ※ ※






 

 

「こんにちは、株式会社インスパイアです」

 

 

 株式会社インスパイアなどという分かりやすい偽名でも、面会できたのは、それこそ指定された姉妹の住所にセイヤの代理人として訪れたからだ。もちろん、『雁来成哉』の名前おかげである。偽名も偽の会社も名乗る必要はなかっただろうし、たぶん相手には全て見透かされているだろうという確信を持ってインターホンを鳴らした。

 

 

「どうぞ、お入りください」

 

 

 インターホンから声が聞こえ、鍵が自動で開く音がした。どうやら自分で扉を開けて入ってこいと言うらしい。

 

 

「失礼致します」



 俺はこの時にしてようやく、この事件の始まりを知ることができたのだった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その暑い日の陽が沈み、明るい闇が辺りを彩る時間帯。羅白黒(ルオ・パイヘイ)と名乗る男は日本のコーヒーチェーン店で待ち合わせをしていた。

 

 

 それにしても、その夜はどこか騒がしい夜だった。騒々しい夜の街中だった。何でも妖刀使いが現れ、負傷者がでているらしい。揉めている相手は何でも反社会的な人間で、そういう騒動らしい。噂ではそれを止めるべく超能力者が立ち上がり、激闘を繰り広げていたとSNSには書かれていた。実に騒々しい。巻き込まれないことを祈ろう。

 

 

 彼のビジネスも、実に騒々しくなってきていた。雁来とかいうガキの使いが昼間、やってきた。雁来と言えばあれだ。ここ二、三年で実力をつけてきたIT企業の社長兼会長様だ。噂では、これも噂だが若い連中を束ねている組織のトップだとか。ギャングだか、グループだか知らないが、健全な私まで不健全な抗争とかに巻き込まないでもらいたいものだ。



 喫茶店の外。黒塗りの外車が停まる。

 

 

 まさか、と思った。しかし、その予想したくない予想は当たることになる。


 

 彼の待ち人はちょうどよく、絶妙なタイミングでやって来たのだった。

 

 

 

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