第11話 刹那の再会
◇ ◇ ◇
目が覚めたみのりは、あくびをしながらベッドから起き上がった。が、周囲から女房達が慌てふためいている声が聞こえてくる。
「……何かありました?」
女房のひとりに聞いてみると、彼女は実は……。と遠慮がちに口を開いた。
「龍神様がいなくなったのです……! 気がついたら姿がお見えにならず!」
「え? 佑羅様が?」
「はい……置き手紙もありませんし、どうしたものか……!」
女房の話曰く、このような事は今まで無かったようだ。みのりの胸の中は一気に不安で支配される。
すると綺羅々がみのりの元へとベタベタ足音を鳴らしながら走って来た。彼女の困った顔つきからみのりは佑羅がいなくなったのに気がついたんだなと察する。
「佑羅がいない……!」
「そうなの。探してるんだけど、見つからなくて……」
「……探してくる!」
えっ? とみのりが口にしたのと、綺羅々が中庭の小さな池の中に飛び込んだのがほぼ同時に事だった。
「ちょ、さすがに佑羅様は池の中にはいないって! いるならもう出てきてるでしょうし!」
「奥様、人魚神なら空間を自由自在に泳いで移動する事が可能でございます」
「え、そうなの?」
女房曰く人魚神は水中なら壁をすり抜けるようにして泳ぐ事が可能なのだ。
綺羅々は一旦池の上に浮上すると、みのり! と叫ぶ。
「佑羅の力を辿って、探してみる!」
「綺羅々……!」
綺羅々の力がどこまでのものなのかはみのりにはわからない。そんな判断が出来ないでいるみのりに女房が近寄った。
「奥様。ここは綺羅々様のお力を信じてみましょう。見た目は幼いですけど、神様ですから」
「……そうね。綺羅々お願い! 気を付けてね……!」
綺羅々はどこで仕草を覚えたのか親指を立てると再度水中へ潜っていった。
「……大丈夫かな」
「奥様。信じましょう」
「そうね。綺羅々を信じるしかないよね……佑羅様、早く戻ってきて……!」
みのりはギュッと右手を握る。手のひらからは汗が滲み出ていた。
◇ ◇ ◇
もみじの自室にいた木蓮は、ベッドにもたれかかるようにして座りながら、スマホから部下の狗神達に指示を出していた。
今回、秋魈らを襲撃した狗神の群れについてだが実行部隊を率いる隊長の上には、更に指示役となる群れ全体のリーダー達が複数いる。そのうちのひとりが木蓮だった。
「ねえ、木野ちゃん何してんの?」
警戒心なく赤い下着姿を見せているもみじに対し、何でもないよと答える木蓮は彼女の手を優しく引っ張り、自身の前へと座らせると後ろからハグする。
「わ、木野ちゃんてさ、積極的だよね」
ほんの少しだけ照れた様子を見せたもみじに、木蓮が彼女の耳元に口を寄せた。
「そうかな? 実は俺、みっちゃんと結婚したいと思ってるんだよね」
「え」
いきなりの告白にもみじは顔を赤らめた。しかしもみじにとって木野……もとい木蓮は、まだ出会ったばかりで素性がよくわからない男でしかない。
「無理だよ。あーし木野ちゃんの事全然知らないもん」
「俺、神って言ったら信じる?」
木蓮はしまっていた狗の耳を出した。狗の耳を見たもみじはわっ。と小さな驚きの声を漏らす。
「うっそ、神様なの? え、待って嘘でしょ?」
「すんごい驚いてんじゃん」
「だってあーし、神様と結婚して幸せになりたいって思ってたからさ」
ここでもみじは胸の中である考えに至る。
(何の神様かしんないけど、コイツと結婚したらみのりより上になるかもしんない? っし、ここは落とすしかないっしょ)
考えをまとめたもみじは、うつむいて伏し目がちに実は……。と口を開いた。
「あーし、本当は結婚したい神様がいるの。でも神様は大嫌いなやつに取られちゃった」
「えっ、そうなの? ひどいね、それ……」
「龍ヶ池の龍神様と結婚したかったのに……」
龍ヶ池というワードに反応した木蓮の狗耳がぴくりと動く。
「ああ、そいつはやめておけ。ろくでもないやつだ」
暗い顔つきに変わった木蓮に対し、もみじはすかさずなんかあったの? と返した。
「あいつは俺達の長年の敵だ。俺達の仲間をたくさん殺してきた。それに龍ヶ池には代々生贄が捧げられてきたきただろう? あいつは冷酷なやつだ」
もみじは脳内でそんなやつにみのりは騙されたんだ。とすぐさま理解した。だがその理解が間違っている事には気づく事はない。
(みのりにはやっぱ、かわいそうなのが似合ってるよね)
「ねえ、木野ちゃんは私の事大事にしてくれる?」
もみじは木蓮に上目遣いでじっと視線を送った。
◇ ◇ ◇
龍神宮にはまだ佑羅の姿はない。綺羅々もである。
彼らを心配するあまり、朝食が入らないみのり。しかしそれは女房達も同じだった。
「……」
無言が流れる。ああ、この空気は嫌な空気だ。みのりはそう感じ取っていたが、どうすべきかまでは全くわからないでいた。
「みのり!」
いきなり池の上に綺羅々が姿を現した。
「綺羅々!」
池から這い上がってくる彼女が着ている寝間着はすっかりびしょ濡れになっていた。すぐさまみのりや女房達がバスタオルを持って彼女の身体を覆うようにして拭う。
「みのり! 佑羅は今山城にいる! 秋魈って神様のところ!」
「ほんと!? 居場所がわかったのね!?」
「奥様。秋魈様は山神様でございます。山城まではかなり距離が……」
女房が山城がある方向を指で指し示す。確かにここから山城まではかなりの距離があった。
「……どうやって移動しよう……」
「……みのりはここにいた方がいいと思う」
綺羅々は目をみのりではなく廊下に向けている。
「綺羅々……」
「みのりは人間でしょ? 何かあったら危ないよ」
みのりは女房達の意見も聞くべく視線を投げかけた。そんな女房達は居住まいを正す。
「おそれながら、私も綺羅々様と同じ考えでございます」
「龍神宮の守りは剛健なものでございます。ちょっとやそっとでは落城いたしませぬ」
「皆……わかった。私はここで待機する」
「私もみのりのそばにいる。その方がいいよね」
綺羅々はみのりの隣に近づき、そっと身を寄せた。
(……佑羅様。無事に戻りますように)
「奥様。朝食を召し上がりましたらお堂で龍神様に祈りを捧げましょう。無事にお戻りになられますように」
「! そうね……」
朝食は種を取った梅ぼし入りおにぎりをひとつ食べてからお堂にこもり、正座して両手を合わせながら祈りを捧げ始める。
「無事に戻って来ますように……」
お堂の奥には金色に光る昇り龍の像と神秘的な水晶玉が設置され、そこに向けて祈りを捧げるのだ。
女房達も、綺羅々も、みのりと同じ姿を見せる。
彼女達の力の籠もった祈りは、佑羅の心臓に届き始めた。
◇ ◇ ◇
胸に温かな温度を感じつつある佑羅の目の前には、投降した狗神の下っ端達が後ろ手を秋魈が術で生み出した縄に縛られ、あぐらをかいて座っていた。
「あの方達が、俺達を裏切るだなんて信じられない……」
などと彼らはまだ言っているが、狗神の下っ端達を捨て駒にしているのは紛れもない事実だった。
しかし、狗神もただ下っ端達を捨て駒にするだけではないようである。
「秋魈様! 申し上げます!
「なんだと!? こちらの動きは全て……」
「筒抜けになっているようだの、秋魈」
「佑羅……まさか隊長が助けを求めたのか? 俺はそうとしか考えられない」
佑羅と秋魈が混乱を見せている一方、捕縛された狗神の下っ端達は歓喜の雄叫びをあげていた。
「槐様が助けに来てくれたんだ!」
「やったぞ! 槐様ならやっつけてくださるはずだ!」
「槐様! この山神と龍神を倒してくださいませ!」
槐は木蓮同様、狗神の群れ全体を率いるリーダーのひとりである。木蓮よりも年上である彼は戦闘能力に優れ、これまで何度も佑羅と激戦を繰り広げてきた。
佑羅は山城の上空へ飛び立ち、眼下の風景に目を凝らし始めた。
確かに前方には槐が率いる部隊がある。が、部隊全てが山城に前進してはいなかった。
「! 山城に来るのはおとりか。となると本命は……龍神宮!」
秋魈にその事をすぐさま報告すると、秋魈はなんだと!? と目を見開きながら返す。
「そなた、龍神宮には……」
「ああ、大事な我が妻がいる……」
「なら、はやく食い止めねば!」
佑羅は胸に手を置き、頭を巡らせる。
(槐がどちらの部隊を率いているか……いや、本命が龍神宮なら槐が率いているのは龍神宮に向かう部隊のはず! みのり達に何かあってはならぬ!)
佑羅は床を蹴り上げるようにして上空へと飛び立つと、龍神宮へ全速力で進軍する部隊を追う。
「くそ、早いな……皆狗の姿で進軍しておる」
狗神の部隊は灰色の狼のような姿で、野原を駆けていた。
その中には巨大な灰色の狼もいる。彼こそが槐だ。
「龍神宮には近づけさせん」
佑羅は早くも水流の術を使い、狗神の部隊に攻撃を加えた。水塊を降らせ、あちこちに水の壁や檻を発生させる。
それだけではない。巨大な竜巻を発生させて狗神を吹き飛ばしていくのだ。
「ぐあああっ!?」
槐率いる部隊の隊員達は混乱のるつぼに飲み込まれていくが、槐自身はいたって冷静だった。
「佑羅! そなただろう! 姿を現せ!」
槐は上空に向けて遠吠えを放つ。その遠吠えからは波動が広がり、佑羅も飲み込もうと広がって来るが、彼は水で盾を作り波動を跳ね返す。
跳ね返った波動は放った槐に帰って来るが、彼は涼しい顔をして受けていた。
「ふむ、まだまだ全盛期という訳か。槐」
「そなたもそのようだな。佑羅。今日こそ決着をつけようではないか」
「生憎だがわしはそのような気分ではない」
「なんだと? ああ、そんなにも花嫁が大事なのか。
槐の身体は佑羅がネズミになるくらいの巨大さでありながらも俊敏である。どすどすと土煙を放ちながら駆けて来る槐に、佑羅は式神から槐よりも巨大な水龍を生み出し、真っ向からぶつけた。
その隙に龍神宮に向けて飛んでいく。
「待て! 佑羅!」
「その水龍を相手しておれ。強さはわしにもひけをとらんぞ?」
(今のうちに龍神宮の結界を重ねて置かねば。みのり達も安全な場所に避難させねばなるまい!)
佑羅は龍神宮の上空に到達すると、手を器用に動かして結界を幾重にも張り巡らす。
◇ ◇ ◇
お堂の中ではみのり達がずっと祈りの言葉や祝詞を唱えている。そんなみのりの顔には汗が浮かんでいたが、汗をぬぐうよりも彼への心配が勝ってしまい放置してしまっている状態だった。
「どうかどうか、龍神様がご無事で帰還される事を……!」
「お――い! みんなはどこにおるんじゃあ!」
「! 龍神様!」
「佑羅様!」
みのり達は一斉にお堂から出て佑羅の元へと走った。
「佑羅様! 私……心配していたんですよっ……! 一体どこに行かれていたんですか……!?」
「みのり! 心配かけて済まんが、今からわしの言う場所へと避難してくれ! 危ない!」
「なっ……?! えっと、何があったんですか?」
「狗神がこちらへと進軍しておる。人間であるみのりが巻き込まれたらひとたまりもない。さあ、はようこっちへ!」
みのりは訳も分からないまま佑羅の元へとついていくより他ない。綺羅々と女房達も顔を見合わせながら早歩きで追いかけていった。
佑羅が案内したのは中庭にある池。この中に潜っているようにと指示をする。
「あ、さっきそういえばなんかあったの思い出した」
「そうなの? 綺羅々」
「綺羅々の言う通り、そこは壕……もっと言うとシェルター? なるものを置いておる。その中におると良い。シェルターの中なら、みのりでも息ができる」
先に女房達と綺羅々が池の中に飛び込んでいった。そして最後にみのりの番が訪れる。みのりの心の中はようやく佑羅が戻ってきた事と龍神宮の外が大変な事になっている事、もしかして佑羅が倒されてしまうのではないかという不安などがごちゃ混ぜになっている。
「みのり。不安か?」
「! ……はい。佑羅様がいなくなって本当に心配でした。でも、外はもっと大変な事になっているんですよね?」
「そうだ。狗神の槐は強敵だ。今日こそ決着をつけてやると意気込んでおる。わしは槐との決着よりそなたの方が大事なのだが、あいつは頑固だからのう……」
「……行ってきます。ご無事で」
みのりは佑羅の手を両手でそっと握った。佑羅はそんなみのりの手に口づけを雫のように落とすと、ではまた。と言って空の上へと消えていった。
佑羅の姿を見届けたみのりは大きく息を吸ってから池の中に飛び込む。
(……これね。右にある洞窟みたいなのがシェルターって訳か。ぱっと見は防空壕みたいね……)
防空壕のようなシェルターの前には水の壁があった。壁を潜り抜けて中に入ると、佑羅が言っていたように息ができるようになる。
女房達と綺羅々がみのりを出迎え、取り囲んだ。
「……みのり、狗神って言ってたね。佑羅は」
「うん、言ってた……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます