第6話 婚儀・後編
すると佑羅はみのりを軽々とお姫様抱っこする。
「では、わしが連れて行こう」
「お、重くないのですか?」
やや心配そうなみのりからの問いに、佑羅は、はははははっ! と陽気に笑う。
「これくらい木の葉と変わらんよ」
「木の葉は……言い過ぎな気がします」
「いや、変わらん。わしは神だからのぅ。はははっ。岩山くらい片手で持てる」
本当かな……と疑っているみのりに対して佑羅は今度
「なんで山に?」
「本当に岩山を片手で持てる事を証明してやろうとな。それに美田蔵山は山頂からの眺めも良い。新婚旅行にはぴったりの場所だ」
「新婚旅行……」
そう言えば新婚旅行の事も全然考えていなかったと振り返るみのりは、佑羅にお姫様抱っこされた状態で廊下を移動しながらどこへ行こうかと思案し始める。
(……水族館に行ってみたいな)
実はみのりは自身の実母が死ぬ前に2人きりで訪れた事があった。大きな水族館には魚やアザラシにペンギン、そしてイルカやシャチの姿があり、シャチは途中で機嫌を損ねてショーをボイコットするも最終的には機嫌を良くして垂直に飛ぶジャンプを披露してくれた記憶がみのりの脳内に残っている。
「……水族館にいってみたいなあ……」
みのりの呟きに対し、佑羅は良いのう。と首を何度か縦に振った。
「ガラスの中で泳ぐ魚を見るのは良い。わしも好きだ」
「佑羅様も水族館に行かれた事があるんですか?」
「ああ、何度かあるぞ。いつも人間達で賑わっているのぅ」
みのりの自室に到着すると、佑羅は女房を呼んだ。
「夕方になったら白無垢から打掛に着替えさせよ。それまでは楽な格好で休ませてやってほしい」
「かしこまりました。龍神様」
「ではみのり。ゆっくり休むと良い」
去っていく佑羅に、みのりは休まさせて頂きます。と告げると佑羅は気を使わずゆっくり休め。と振り返って笑顔を見せながら語ったのだった。
「では、失礼いたします」
白無垢から寝間着に着替えて、化粧も髪も下ろしたみのりはベッドの上で大の字になる。
「なんだか疲れた……けど楽しいな……」
充実感に包まれ目を閉じると気がつけば日も落ちていた。
「……はっ!」
すっかり暗くなっているが、まだどんちゃん騒ぎは続いているようだ。少し安心したのとまたあの場に行きたいという欲がみのりを掻き立てる。
「奥様。お色直し致します。どうぞこちらへ」
「は、はい……」
女房達が手早く用意してくれ、お色直しを済ませると彼女達の先導を受けて会場へと戻った。
「花嫁が戻って来たぞ!」
「まあ、おきれいだわ!」
「すごい! 美しい!」
みのりを褒め称える言葉が響く中、佑羅はぽかんと口を開けたままみのりに見惚れていた。
「佑羅様?」
「ああ、いや……みのりが美しすぎて見惚れていた」
「! な、なんだかそう言われたら恥ずかしいですね……」
みのりが左人差し指で左頬を掻くと、がばっと佑羅がみのりを抱きしめる。
「佑羅様!?」
「……みのりが美しすぎてわしはどうにかなってしまいそうでな……」
あちこちから歓声やもっと抱き合え――! などという声が湧き起こる中、みのりは遠慮がちに彼の背中に手を回した。
(こういう時は……素直に抱き締めたら良いのかな)
佑羅の背中は広くごつごつとしている上に、尻尾と違いほんのりと温かさを感じる。人間とは違う感覚だ。
(大勢の人達の前で抱き合うなんて恥ずかしい! けどなんだか安心する……)
佑羅がみのりから離れると、彼女を真正面から見つめた。みのりもやや恥ずかしがりながらも目を背けずに佑羅を見つめ返す。
「大事にする。一生な」
みのりは一瞬左手薬指にはめられた指輪を見る。ルビーの石がはめ込まれた銀色に光る指輪の光沢は、どことなく佑羅の尻尾の鱗から放たれる光とよく似ていた。
「……佑羅様」
佑羅はみのりの左手を取ると、甲の部分にちゅ、と軽い口づけを施した。
「!」
みのりは勿論、誰かにキスされた経験はない。手の甲に口づけされるのはこんな感じなんだ……。という気持ちと恥ずかしい! という気持ちの板挟みになる。
「ふふっ。照れている顔もとても可愛いのう。ずっと眺めていたいくらいだ」
「や……そんな事言わないでください。もっと恥ずかしさが増しますから」
なによこれは。と心の中で吐き出すみのりに、座布団に座るようにと促した佑羅。おとなしく彼の言う通りに従うと女房達が夕食となるお膳を持って来た。
佑羅のキスで舞い上がっていた神々達のテンションは、ここでもう一度ギアが上がる。
「どうぞ、豪華なものをご用意いたしました。ぜひお楽しみくださいませ」
(今度は和食が中心ね)
鯛、マグロ、サーモン、イカなどの刺身に海苔ではなく卵で巻かれた海苔巻きやいなりずし、そして天ぷらなどが並ぶ。
(どれも美味しそう)
早速サーモンの刺身にわさびを少量溶いたしょうゆをつけて頂くと、サーモン独特の濃厚な味わいが口の中でぱっと広がった。
「すごく美味しい……!」
かぼちゃの天ぷらもさくっとした衣は硬すぎず丁度良い。卵の海苔巻きの中にはきゅうりと卵とハムにマヨネーズが入っており、しょうゆをつけなくても楽しめる味わいになっている。
「みのり。好きなものがあれば取って食べると良い」
いきなり佑羅がみのりに対してお膳を指さしながら声をかけてきた。
「佑羅様、何か苦手な食べ物でもあるのですか?」
「それはないが、少々お腹が張り気味での。勿論みのりも無理はせんといてほしい」
「本当に取って食べても良いのですか?」
佑羅が勿論だ。と答えるとみのりは茄子の天ぷらと鶏肉の天ぷらをひとつずつ取った。
「それだけでええんか? もっと取っても良いぞ」
「いや、これだけにしておきます」
「そうかそうか。ではゆっくり味わうと良い。もし胃がもたれるようだったらすぐにわしが治す故、心配はせんでええぞ」
みのりは佑羅に気遣いありがとうございます。と返すと食事に戻る。どの品々もとても美味しく、飽きない味わいだ。
(これ作っている所見てみたい。あの女房の人達が作っているんだろうか)
と考えながらも完食してしまったみのり。佑羅から飲み物のおかわりはいるか? と尋ねられたのでお茶をください。とお願いする。
「熱いのと冷えているのとどっちが良いか?」
「熱いのでお願いします」
佑羅は自ら白い湯呑に鉄瓶に入ったお茶を注ぐ。そして右手の人差し指をひょいっと振ると湯呑はふわふわと宙に浮いた。
「わ、わ……」
湯呑は自動的にみのりのお膳の上へと着地した。みのりはワンテンポ間を置いてから湯呑を慎重に両手で持ち、お茶を味わう。
「ふ……あ、ありがとうございました」
「いやいや、礼には及ばんよ。お茶の味はどうだ?」
「とても美味しいです。ほうじ茶と似ているような気がしますけど……何のお茶ですか?」
「そなたの言う通りほうじ茶で合っておる。温かいほうじ茶は身も心も温まるだろう?」
みのりは確かに……。と小さくうなづきながら湯呑をお膳の上に置いた。
深夜帯になっても宴は続く。昼と同じように歌ったり踊ったりをあてもなく繰り返すのだ。
その様子はみのりからすれば愉快ではあるのだが、同時についていけない部分も少しだけ存在する。
(そろそろ帰って休みたいかも……)
すると彼女に気が付いた佑羅はすっと立ち上がった。
「そろそろ、お開きにせんといかんなあ。皆が祝ぅてくれるのは嬉しいが、わしは疲れてしもうたわい」
神々やその配偶者である人間達、そして女房達は一斉に佑羅を見た。
「そういえばもうそんな時間か」
「本当だ。早く帰らんとなあ。佑羅、初夜の儀があるんじゃろ?」
「ほんまじゃほんまじゃ、初夜の儀を忘れておったわい」
彼らは次々に立ち上がっては帰路についていく。女房達が彼らへひとりひとり頭を下げ、丁重に見送ってくれていたのでみのりも行かなきゃ……! と立ち上がると佑羅に制止される。
「そなたは無理せんで良い。ここは女房達に任せよ」
「で、でも良いのですか?」
「そなたも疲れておるのがはっきりと見える。無理は禁物だという事よ」
宴も終わるとみのりは女房達によって自室へと戻っていく。
(そういえば、初夜の儀とか言っていたな……初夜?)
試しにそばにいた女房のひとりに初夜って何ですか? と尋ねてみる。と、彼女達はにんまりと笑みを浮かべた。
「それはもちろん……子作りという事でございますよ」
「へっ?!」
「あ、本当にする方もいればあくまで添い寝で終わる方もいらっしゃいます! 龍神様は決して悪いようにはしませんからそこはご安心くださいませ……!」
はあっはあっ……と驚きの余り肩で息をするみのりを、女房達はたしなめながら着物を脱がせていく。
当然ながらみのりは子作りというのがどのような行為であるかは知っていた。だからこその驚きである。
(もみじさんがよくやってたあれね。でもさすがに今すぐ佑羅様とそんな事は出来ない)
寝間着に着替え、髪も降ろして化粧も落としたみのりは女房達に促されて入浴する。そしてベッドの上で座って佑羅が来るのを待つ事にした。
待ち始めてから5分後、寝間着姿の佑羅が女房達を引き連れて現れる。
「待たせたな。遅くなってすまん」
「いえ、そんなに待っておりませんので大丈夫です……」
「ではみのり。ベッドに座るぞ」
佑羅はみのりの右横に座る。それを見た女房達が2人へ婚儀の時と同じような白い盃を手渡した。
そして盃にとぽとぽと甘酒が注がれていく。
「それでは盃を交換し、お飲みくださいませ」
甘酒はさっきまで熱せられていたのか、湯気がたちこめている。2人が女房に指示された通りにこなすと、女房達は盃を回収して退出していった。
「……これで、終わりですかね?」
「ああ、そうだな。では寝よう。今日は疲れただろう。早く休んで明日に備えよ」
佑羅はみのりの頭と髪を少しだけ撫でると、ごろりと横になった。
(何もなし、か。うん、良かった……心の準備がまだだったもの)
みのりもごろりと横になると顎の下まで布団を被ったのだった。
翌日。いつもより遅めの時間に起床した2人。
「おはようみのり。よく眠れたか?」
「おはようございます。佑羅様。思ったよりかは……よく眠れた気がします」
「そうかそうか。ははっ。では朝飯にしよう」
ベッドから起き上がると、頭を深々と下げて朝の挨拶をする女房達へ挨拶を返す。
「みのり。一緒に朝飯を食っても良いか?」
「……どうぞ」
「ははっ。ありがたい。女房達よ、朝飯を用意せよ」
みのりは女房達に付いていこうとすると、佑羅がどうかしたのか? と話しかけた。
「料理を作る様子が見てみたくなったので」
「ふむ。では見てみると良い」
厨房はとても広く、十二単ではなく普通の着物に白い割烹着姿の女房達がせっせと働いていた。
コンロや電子レンジにオーブンといった家電は無く、代わりに巨大なかまどがいくつも配置されている。さらにかまどは炒め物や煮炊きをする用とご飯を炊く用にわかれていた。
「はえ……すごい。広々としてる」
「! 奥様! おはようございます!」
みのりに気がついた厨房の女房達が慌てて手を止めて頭を下げるので、みのりは手を振ってそこまでしなくても大丈夫です……! と制止した。
「厨房、こんな感じなんですね」
「はい。奥様、よろしければ見てまいりますか?」
近くにいた黄色の十二単姿の女房の問いに勿論です。と返したみのりは、しっかりと女房達の動きに目を通していく。
「彼女達もまた、生贄だった者達ですか?」
「厨房で働く者達は生贄だったり神だったり様々でございますね」
確かに頭からぴょこっと馬のような耳だったり、角が生えている女房の姿も見受けられる。
女房のひとりがかまどで串を刺して直火焼きしていた鮎のような魚の上に右手をかざすと、上から頭骨以外の骨が浮き上がってきた。
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