第5話 婚儀・前編

 みのりはあれから再度ベッドで横になって眠っていた。身体を動かし疲れたからか思ったよりも眠れたような感覚を覚えている。


「奥様、朝食をご用意しております。お召し上がりになりましたら着付けとお化粧と髪結いをしていきますのでよろしくお願いします」

「は、はい……」


 美しい十二単を着用した女房の頭には、雛人形がつけているような金色に輝く冠が乗っている。


(雛人形の冠が無くなった時、もみじさんに私が盗んだと濡れ衣を着せられたな……)


 ちなみにその時の犯人はもみじ。動機は言うまでもなく気に入らないみのりへの嫌がらせだった。


「いかがなされましたか?」


 首を傾げる女房達にみのりはなんでもないです……。と答えたのだった。

 朝食はご飯と味噌汁に卵焼きとほうれん草とにんじんの和え物。お膳に並ぶ品々はどれも美味しそうに見える。


「いただきます」


 よく味わいながら食べるみのりの前に、上半身裸に黒い袴姿の佑羅が現れる。


「おはようみのり。いよいよ婚儀だな」

「! 佑羅様。おはようございます……」


 お茶碗を置いて丁寧に頭を下げるみのりに対して、佑羅はそこまでせずとも良い。と語る。


「我らは夫婦。そこまでかしこまらなくともよい」

「しかし……私は人間で……」

「わしが良いと言っている。安心するのだ。ああ、朝食を食べている所失礼したな」


 去っていこうとする佑羅をみのりは待ってください! と自分でも驚くくらいの大きな声で引き止めた。


「あの、ここにいてくれませんか?」

「……みのり。勿論! ずっとそばにおるぞ?」


 みのりの右横にどかっとあぐらをかいた佑羅は、手を後ろについてみのりを眺める。彼の口元はにんまりとした笑みがこぼれていた。それに尻尾はみのりの背中を通って左腰付近に伸びていく。


(まるで尻尾に抱き締められてるみたいだ)


 みのりは尻尾に触れてみる。ほんの少し冷たいが手触りは良い。当主が使っていた革製財布を思い出したみのりはすべすべと手を動かす。


「そんなに気に入ったのか? 我が尻尾が」

「いや、見た事が無いので……」

「ふむ。……みのりは神を見たのがわしが初めてだものなあ」


 佑羅がみのりの記憶を読み取った事により、一瞬だけ佑羅の目が金色の光を放った。


「みのり。今日婚儀へ来る神々は人のような見た目からそうでない者までまさに多種多様だ」

「佑羅様……」

「もし驚いたら、わしがそばにおるから安心せい」


 はい。と返事をするみのりに佑羅はふふっ。と笑う。


「婚儀が楽しみだな。みのり」


 笑う佑羅に対し、みのりの顔はどこか硬いままだ。


(まだ実感が無い……)

「まだ実感が無いかのぅ?」


 思いっきり心の中で唱えていた言葉を佑羅に唱えられたみのりはわっ! と声をあげた。


「言い当てましたね……」

「わしは神だからな。だが、実感がまだ湧かんのも無理は無い、か」

「だって出会ってまだ、そんなに日が経っていないのと結婚だなんて考えた事……無かったから」


 みのりは一生を淵沼家の屋敷で奴隷のように過ごすものだと考えてきた。結婚したいだなんて勿論考えた事もない。

 もしかしたら当主と父親が自分を屋敷から追い出す為に適当に縁談を持って来るかも……。とは考えた事なら何度かある。


「みのり。不安や心配はわしが吹き消して見せよう」


 自信満々に語る佑羅を見たみのりは、どこか良い意味でおかしいなと感じていたのだった。


◇ ◇ ◇


 化粧と髪結い、着付けが終わったみのりは八角形の鏡で自らの姿を確認する。


「わあ……」


 白無垢の着物に、赤いアイラインなど和な雰囲気が漂う化粧。まるで自分じゃないみたいだとみのりは内心驚きながらも嬉しさがこみ上げていた。


「美しゅうございますよ。奥様」

「可憐ですわね」


 女房達から褒められたみのりがへへ……。と恥ずかしさをこらえきれない笑みを見せていると、佑羅が静かにやってくる。


「みのり。美しいのぅ。ずっと見ていたくなるわい」

「佑羅様」


 佑羅は黒い紋付袴姿に着替えていた。紋付袴姿でも袴の外からは尻尾が出ていてゆらゆらと左右に揺れている。


「……今更ですが、尻尾どうなっているんですか?」

「ああ、袴に穴が空いているのだ。神々は皆、着物を自身の身体に合わせたものを……えっとオーダーメイドだったかのぅ? しているのでな」

「へえ……」

 

 佑羅は右手を騎士のようにみのりに差し出した。


「みのり。それでは参ろうか」

「……エスコートしてくれるのですか?」

「ああ、もちろんだ」


 差し出された佑羅の手の上にそっと、自身の手を重ねたみのりはまだ硬さの残る笑みを見せたのだった。

 2人が歩き出すと後ろから女房達が後を付いていく。


「婚儀は長い。途中で体力が尽きればいつでもわしか女房達に言ってくれな」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 龍神宮内に設けられた会場へ、ゆっくりと歩いていった。


◇ ◇ ◇


 神々と、その配偶者である人間達による雑談が飛び交う会場にみのり達が足を踏み入れた瞬間、先に会場へ到着し待機していた女房のひとりが、座ったままびしっと背を伸ばした。


「新郎新婦のおなりでございます!」


 高らかな声により一瞬で会場内は静まり返る。そしてみのりと佑羅に視線は釘付けとなった。

 2人は用意された座席に座ると女房がふっ。と小さく息を吐く。


「それでは、これより婚儀を開始します。まずはお2人の結婚に異論はございませんか?」


 ございません! と大きな声が会場内に響き渡る。少しだけほっとしたみのりは肩で息を吐いた。


「反対されると思ったか?」


 佑羅の言葉にみのりは小さく頷いた。


「わしは龍神。異論がある者はここにはおらぬ」

「確信があるんですね」

「ああ、もちろんだとも」


 婚儀は順調に進み、いよいよ神酒を飲む三献の儀さんこんのぎが訪れた時、みのりはちょっと待ってくださいと佑羅の着物の袖を指で掴んだ。


「私18歳なのでお酒は……まずいんじゃ」

「安心せよ。そなたの分は専用の甘酒にしておいた。甘酒なら飲めるであろう?」


 甘酒は何度か飲んだ事があるのを思い出したみのりは良かったです……。と小さく答える。


神水じんすいも用意してあるぞ? どちらが良いか?」


 神水は佑羅曰く神々の手でお清めがなされた水の事だそうで、神酒が飲めないものは神水を飲む事が多いのだそうだ。


「……甘酒でお願いします」

「わかった。ではそのように致そう」


 そして三三九度盃を飲み交わした2人は互いに視線を交わしたのだった。

 指輪交換も終わり婚儀はあっという間に全て終了した。そしてそろそろ宴の時間がやってくる。神々は皆待ってました! と言わんばかりにがやがやと騒ぎ出した。


「やはり宴といえば酒!」

「今日はたくさん呑んで食べるぞ!」


 ここでみのりはある疑問を抱いた。

 それは神々はいくらお酒を飲んでも酔ったり身体を壊したりはしないのだろうか? という事である。


「みのり。どうやら酒について気になっているようだな」

「! は、はい。人間は酒を飲みすぎたら色々身体に悪影響が出たりしますけど、神様はどうなのかって……」

「では説明しよう」


 佑羅の説明をまとめてみる。

 神々は基本、人間のように酔うものの、悪酔いや二日酔いはしない。大体気分が高揚する程度で終わるのだ。

 また、お酒の飲み過ぎで肝臓などが悪くなったり……。という事も無い。


「へえ……流石は神様」


 人間とは違う神の身体に少しだけ羨ましさを感じていると佑羅はそなたも飲み過ぎても大丈夫なのだぞ? と語る。


「神の結婚相手となった人間も基本は同じ。なぜなら結婚し番となった神の加護によるものだからだ」

「な、なるほど……」

「神と結婚した人間は幸せになるという事には神の加護によるものも含まれているからな」

 

 説明する佑羅と彼の話を聞くみのりの前に女房達がお膳を持って来た。


「わあ、鯛がある」


 お膳のど真ん中には焼かれた鯛が丸ごと1匹どかっと配置されていた。お膳はひとつだけではなく、合計3つ。それぞれが和・洋・中華と分かれている。

 和風のお膳に洋食中華も並ぶと言う一見するとおかしな見た目だが、みのりは違和感をあまり抱いてはいなかった。


(なんだかおせち料理みたいだ)

「では皆様、どうぞお召し上がりくださいませ」


 女房の言葉により、宴が始まった。参列者である神々やその配偶者である人間達は一斉に食事と酒を楽しみ始めた。

 ガマガエルのような姿をした神は酒を一気に飲み終えたり般若の面のような角が生えた神は配偶者らしき人間と共に語りあいながら食事を楽しむ様子などが見られる。


(さっきはあまり見てなかったけど、こうして見てみたら色んな姿をした神様がいるんだなあ)


 鯛は見た目とは裏腹に、骨は頭骨以外全て取り除かれていた。


(これどうやって調理したんだろ? でも食べやすい)


 ご飯は赤飯。付属の粗塩をかけて食べると甘味と塩気がちょうど良い感じに合わさりとても美味しい。

 ちなみに洋食のお膳にはチキン南蛮にハンバーグ、ローストビーフなどの肉ものや付け合わせのトマトソーススパゲッティとポテトサラダなどが並び、中華のお膳にはチャーシューや点心らしき蒸し物などが配置されていた。


(どれも美味しい!)


 ここでみのりの脳内に以前屋敷でいた時の大晦日の日の記憶がよぎった。

 当主ともみじ、父親や淵沼家の者達が通販で取り寄せたおせち料理を頬張っていた時、みのりはひっそりと台所で家政婦と共に手作りのおせち料理の一部を食べていた。


「アンタこれ良かったら食べなさい」


 家政婦がそう言って白い紙皿の上に乗せて渡してきたのが彼女が作ったチャーシューだった。


「辛かったらごめんね?」


 しかしチャーシューは辛くなく、とても美味しいものだった。


「とても美味しいです……」


 チャーシューを食べているとなぜかみのりの目からは涙がこぼれ落ちる。なんで泣いてしまったのかは今のみのりにも分からないが、この時はとにかく涙が止まらなかったのだ。


「理由は聞かないからたくさん泣いていいのよ。止まるまで泣いたら良い」

「……っはい……家政婦さん……」


 この日からみのりは毎年大晦日になると、家政婦作のチャーシューを食べるようになったのだった。


(あの人元気にしてるかな……)

 

 彼女のシミが目立つ顔を思い浮かべながら、みのりはチャーシューに噛み付いた。

 宴は昼では終わらない。昼食後は神々がそれぞれその場のノリで踊ったり歌ったりし始める。


「そ〜れ〜やんとこさ♪」

「とことんや〜れ〜とことんや〜れ〜」


 歌の中にはみのりにとっては歌詞の意味がよくわからないものもある。が、会場の陽気な熱気に感化されたのか拍手したりして楽しんでいた。


「……みのり。身体は大丈夫か?」


 佑羅がみのりに声を掛けてきたのでみのりはお腹いっぱいで少し眠いかもしれません。と返す。


「休むか。宴はこの調子なら朝まで続きそうだからな」

「あ、朝まで!?」


 驚くみのりに対して佑羅はケロッとしている。


「ああいう宴は長きに渡って続くのがよくある事でな。長くなると1週間とかの」

「1週間も……? な、何するんですか?」

「あんな感じよ。呑んで食べて歌って踊り気になる異性と話し合い……という具合だな」


 酒池肉林……と言おうとしてやめたみのりに佑羅はくすっと白い歯を出して笑う。


「神々は宴が好きなものが多いからのう。みのりはどうするか? 休んでおくか?」

「……そうですね、休める時に休んでおきたいなと」

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