第36話【幕間】混乱渦巻くエルダイン

 魔法を使えるモンスターが確認されてからしばらくが経つも、防衛強化以外にこれといった対策を講じてこなかった大国エルダイン。


 上層部は経済の要である大都市の安全確保を最優先にし、辺境の地にある小さな農村などは世界で起きている異変に気づくこともなく日々を過ごしていた。


 しかし、ついに魔法を使えるモンスターたちによってひとつの農村が壊滅させられ、多くの死傷者を出した事件が発生するとその話はあっという間に国内へと広まっていく。


 不安にかられる人々であったが、いつまで経っても王国側から対応についての話はない。

 それもそのはず。

 エルダイン上層部はすでに辺境地を見捨てており、助ける気など毛頭なかったからだ。


 人々はいずれ王国騎士団や魔法兵団がモンスターを討伐し、いつもの平和な日常を過ごせる日が来ると信じていた――が、結局なんの動きも見られないままひとつ、またひとつとモンスターによって壊滅させられた村の数が増えていく。


「一体どうなっているんだ!」

「なぜ騎士団や魔法兵団は動かない!」

「優秀な騎士や魔法使いが多いのではなかったのか!」


 次第に国民は対応の遅さへ怒りをぶつけるようになった。

 確かに騎士団や魔法兵団には養成所時代に成績優秀だった者が多く所属している。


 だが、その優秀さはエゴと忖度によって生まれた見せかけのもの。

 実際はろくに剣を扱えない騎士や基礎魔法さえまともに操れない落ちこぼれが大半を占めている状態であった。


 数はいれど戦力としてカウントできる者はごくわずか。


 そんないびつな構成となっているため、騎士団も魔法兵団も活動範囲が限定的にならざるを得ず、大都市の防衛のみにとどめるようになったのだ。


 ――だが、ここで思わぬ事態が発生する。



  ◇◇◇



 エルダイン国内第三の都市ヒュルド。

 町中を運河が横断する内陸水運の要と呼ばれる町に、今大きな異変が起きていた。


「おい! さっさと入れろ!」

「なぜ通行止めになっているんだ!」

「俺たちはこの国の民だぞ!」


 都市全体を防衛目的のために建てられた高い壁に覆われているヒュルドへ入るには二ヵ所ある検査場を抜ける必要があった。


 そのふたつの検査場近辺に多くの国民が集まり、しかも彼らは今にも暴動を起こしそうなほど興奮状態となっている。


 集まっているのはモンスターの脅威に怯え、万全の防衛体制が整っている大都市へ避難してきた辺境領地で暮らす者たちだった。

 彼らは生まれ育った故郷を捨て、生きるために都市へと押し寄せていたのだ。


 何も知らされていない民にとってこれは当然の行動と言えるのだが、それを忌々しげに見つめているのがヒュルドの防衛を任されている騎士団幹部のひとりガルソンであった。


「ちっ! 愚民どもが……大人しく田舎暮らしをしていればいいものを」


 面倒ごとを嫌うガルソンは検査場近くにある建物の二階から騒ぎ立てる人々を見てそう吐き捨てる。


 彼もまた家柄は貴族であり、騎士団に入ったのは肩書きのため。

 それでも他の者に比べればまだ剣術の腕はあったので今回初めて大都市の防衛責任者という大役を担ったのだ。


 しかし、ガルソン自身は不満だった。


 なぜ自分がそんな面倒ごとを押しつけられなければいけないのか。

 こういうのは同じ騎士団でも平民出身のヤツがやればいい。

 彼にとって国民を守るという騎士の大原則は煩わしい障害でしかなかった。


 やがて近くにいた配下のひとりが口を開く。


「ガルソン様、このままですと民の数は増える一方……どうでしょう、一部宿屋を避難所として開放するというのは」

「バカを言え。例のモンスター騒動のせいで他国から来る商人の数も減っているんだ。その上あのような騒がしい連中を都市内部へ入れたとあっては我が国の品位が疑われる」

「し、しかし、今の状態を続けるわけにも……いつまた例のモンスターが襲ってくるか分かりませんし」

「ちょうどいいではないか」

「は?」

「モンスターどもが連中を食い尽くしてくれれば騒ぎも収まる。そうだろう?」

「っ!?」


 あまりにも自分勝手な言い草に愕然とする配下の騎士。

 ――が、その時であった。


「む? あ、あいつら!」


 窓の外へ視線を移したガルソンは驚きに目を見開く。

 なんと、検査場で騒いでいた者たちが制止する騎士たちを押しのけて都市内部へ侵入を図ろうとしていたのだ。


「ヤツらを止めろ! 誰ひとりとして都市内部へ入れるな!」

「で、ですが、数が多すぎます」

「ならば殺せ!」

「しょ、正気ですか!?」

「なんだと? 貴様、誰に口を利いている! 俺はレドナン家の嫡男だぞ! 死んだヤツらはモンスターにやられたとでも報告しておけばいい!」


 この言動に怒りが爆発しそうになる騎士たち。

 だが、ヒュドルの防衛にあたっている者の中には彼の実家であるレドナン家と深いつながりにあったり、或いは彼と同じ騎士としての矜持など持たない貴族家の子息が多くいたためむしろ賛同者の方が多かった。


 一方、平民出身で以前から騎士としてあり方に疑問を抱いていた者たちは密かに別行動を取り、集まった国民たちを積み荷に偽装して別ルートから都市内部へ送り込むといったアドバイスを送るなどあの手この手を使ってなんとか救おうと動いていた。


 魔法を使えるモンスターが現れて以降、このようなやりとりが各大都市でみられるようになっていたったのである。



  ◇◇◇



 ヒュドルから遠く離れた都市で防衛任務にあたっているグラントの元教え子バルガスは、風の噂で耳に入る同僚たちの醜態に頭を悩ませていた。


 彼は人命を最優先に考え、グラントがアルテノアでやっているように宿屋を開放したりして次々と都市内部に人を集めていた。


「こいつはよくないな……」

「最悪の展開ですね」


 別都市を守る同僚からの報告書へ目を通したバルガスとモニカは大きくため息を漏らした。

 それからバルガスは「よし」と小さく呟き、モニカへと声をかける。


「……モニカ、おまえに緊急任務を与える」

「き、緊急任務?」

「そうだ。――手遅れになっていないことを願うばかりだがな」


 そう呟いてから、バルガスはモニカへ任務の内容を説明していくのだった。


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