第27話【幕間】大国エルダインの驕り

 グラント指示のもと、小国アルテノアが防衛対策を強化していく一方、かつて彼が暮らしていた大国エルダインでも魔法を使うモンスターに対する対応策が検討されていた。


 ――だが、こちらはアルテノアとは正反対の流れになっている。


「くくく、どうやら我らはまだ神に見放されたわけではなさそうだ……」

「まったくだ」


 執務室で報告書を眺めながら、エルダイン騎士団のトップであるラウダン騎士団長と魔法兵団のトップであるメレディス団長はほくそ笑んでいた。


 報告書には魔法を使えるモンスターとの交戦記録が残っていたのだが、そこに記されているのはどれも初級魔法や下級魔獣の召喚など、大国の騎士団や魔法兵団が戦う相手としては取るに足らない雑魚であるというものばかり。


 実際、モンスターたちを討伐したという知らせも多いのだが、それを成し得ているのはどちらの組織でも古参ばかりが集まった隊であった。


 最近になって養成所を出たばかりの若手たちはまったく歯が立たず、敗走を繰り返しているという報告も入っている。


 だが、こればかりは仕方のないことだとラウダンとメレディスは割り切っていた。

 不戦条約が結ばれて以降、騎士団に入ってくる者はただ肩書きが欲しいだけで人々を守るために強くなろうという意志は皆無。親の権力を振りかざして自由気ままに振る舞っているだけなのだ。


 そもそも、その親たちから「自分の子どもを魔法が使えるモンスターが出る危険な場所へ派遣するんじゃない」という見当違いの要請も来ている。


 騎士としての実力は中途半端ながら、ラウダンが騎士団でトップの地位に就いているのはそういった無茶ぶりに応えてきたからだ。


 しかし、最近は少し事情が変わってきた。


 古参で腕利きの騎士や魔法使いだけでは対応できないほど魔法を使えるモンスターの案件が増えてきている。つまり割ける戦力が枯渇しつつある状態となっていたのだ。


 相手が雑魚であるには変わらないが、とにかく戦力不足に陥っている。


 本来であれば、今からでも若手騎士たちの実力を底上げしようと躍起になるところだが、そもそも志がないので鍛錬を真面目に受ける気がなく、「他の誰かが代わりにやれよ」というスタンスを貫いていた。


「くそっ……お飾りの役立たずどもめ」

「せめて下級召喚魔獣くらいは倒せると思ったが、それすら叶わぬボンクラ揃いとは恐れ入ったな」

「これもすべては養成所での鍛錬が足りないせいだ。ウォルバートめ、いい加減な仕事をしおって」

「そう怒ってやるな。ヤツも戦力にならん連中の評価を上げるため、部下の教官たちを言いくるめるのに苦労しているのだから。もっとも、我慢できなかった者が何人か去っていったようだが」


 忌々しいと思いつつ、自分が出世するための大切な商売道具だと割り切るラウダンとメレディス。


 とはいえ、現状を放置しておくわけにもいかないので、実力ある者たちは国内でも重要な役割を果たしている都市部へと集中させることにした。


 地方にある小さな農村などには結界魔法を使える魔法使いを派遣するということもせず、事実上、見捨てるという形を取ったのだ。


「名前も知らないような農村がモンスターの襲撃で全滅……そういう例はよくあることだからな」

「大都市と周辺の交易路を堅守にして経済的な被害を抑えれば、国王陛下の機嫌を損ねることもない」

「だな。下手にあちこちへ人員を割き、肝心要の中枢都市に甚大な損害を出したとなったら我らの査定にも悪影響を及ぼしかねん」

「まったくだ」


 こうして、エルダインの方針は決まった。

 ――が、この判断が大きな分岐点になるとは、この時誰も予想していなかったのであった。



  ◇◇◇



「やはり上はそう決断したか」


 今後の方針が書かれた書類に目を通しながら、バルガスは呟く。

 魔法を使うモンスターの正体を見極めるべく各地へ調査しに出回っていた彼の部隊も、国内でもっとも大きな都市の防衛へ派遣されることが正式に決まった。


「どうします? 都市の防衛を優先するというなら調査の方は……」

「実に不本意だが……中止だろうな」


 不安そうに呟いたのは彼の部下であり、グラントの元教え子でもあるモニカだった。

 彼らの隊だけでなく、優秀な騎士や魔法使いたちは消極的な上層部の意向に納得がいかず、独自に調査を行い、情報交換をしていたのだ。


 しかし、正式に動きが拘束される形となり、調査は行き詰まりとなる。


「守るだけというのはどうにも性に合わんのだがな」

「人材不足なんですよ。……数だけは多いんですけどね」


 モニカはオブラートに包んで話したが、つまり人数はいても使い物になる人材が少ないというわけだ。

 もちろん、それはバルガスも承知している。


「仕方がない、と軽く片付けたくはないが……ともかく、やれるだけのことは精一杯やろう」

「ですね」


 上のやり方に不満を抱きつつも、自分たちに与えられた任務を遂行するためふたりは動き出す。


 ――この時、ふたりだけでなく多くの騎士には知らされていなかった。


 守られるのは大都市に暮らす一部の人々だけであるということを。

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