第22話【幕間】無能の集い

 グラントがアルテノアの戦力分析に勤しんでいる頃。

 大国エルダインでは遠征に出た騎士たちが謎のモンスターに相次いで襲撃されるという奇妙な事件が多発しており、上層部を悩ませていた。


「くそっ……一体何がどうなっているんだ……」


 黒檀の執務机に両肘をつけて頭を抱えるのはエルダインの騎士団長を務めるラウダンであった。


 数日前。 

 騎士団内で期待の若手として注目を集めているマレントが多くの負傷した部下とともに王都へと帰還した。


 彼は魔法を使うゴブリンと戦闘状態になり、なんとか追い返すことはできたものの多くの怪我人を出してしまったため遠征を中断して戻ってきたという。


 当初、これはマレントが自身の失敗を誤魔化すためにありもしない「魔法を使うゴブリン」という存在を生み出していると判断され、降格処分が決定していた。


 ――だが、事態はこれで終わりではなかった。

 むしろここからモンスターの動きはより活発化していき、今週に入ってもう三つの分団が大苦戦の挙句に命からがら帰還してくるという流れが続いたのだ。


「あり得ない……魔法を使うモンスターなど存在するはずが……」


 ラウダンはブツブツと独り言を繰り返す。

 このまま失態が続けば、いずれ責任を取るハメになるだろう。


 彼は出世に命をかけてきた。


 もともと戦闘がそれほど得意ではなく、実戦での経験も浅い。それでも彼が騎士団長という肩書を手に入れた背景には貴族や富豪たちへの忖度があったから。言ってみれば要望をなんでも受け入れてくれる口利き要員であった。


 だが、頻発するモンスター襲撃の噂を聞きつけた貴族たちから、「自分の息子を先頭に駆り出すな」というお達しが届いている。


 人々の安全を守るために存在するための騎士が、身の安全を確保するために戦闘を拒否するという事態になっているのだ。


 当然、この状態が続けば騎士団はその機能を失う。

 国を守るなら、たとえ実戦経験が乏しい貴族のお坊ちゃまでも剣を持って送り出す以外にはないのだ。


 板挟み状態となっているラウダンのもとへ、もうひとりの次期騎士団長候補が執務室を訪ねてきた。


「失礼します」


 やってきたのはバルガスだった。

 

「お、おぉ! バルガス! ちょうどいいところに!」

「ちょうどいいところ?」

「実は先ほどカルロスから報告があってな……どうやら東側にも魔法を使うモンスターが出現して甚大な被害が出ておるそうなのだ」

「……カルロスは撤退したのですか?」

「あ、あぁ、今は診療所で怪我の治療をしている。幸い、部下の騎士たちは皆無事だ」

「そうですか……そうですよね。カルロスの部隊にいるのはみんな家柄の良いおぼっちゃんたちですからな」


 嫌みったらしく言い放つバルガス。

 一方、ラウダンは注意するでもなくバツが悪そうに「コホン」と咳払いを挟んでから話を続ける。……聞かなかったふりをしたのだ。


「カルロスは当分動けそうにない。そこで――」

「我らに調査せよ、と?」

「そうだ。頼むぞ。これは騎士団長命令だ」

「分かりました」

 

 バルガスは持ってきた報告書を執務机に置くと、「では遠征の支度をしてまいります」と告げて執務室をあとにした。


  ◇◇◇


「――で、何も言い返さず戻ってきた、と」


 腕を組んで頬を膨らませているのはモニカであった。

 彼女はバルガスが上のご機嫌取りばかりしていて真面目で有望な騎士たちがその割を食っている現状をガツンと注意しにいくと思っていたのだが、実際はそのラウダンからの命令を聞いてノコノコ帰ってきたというのだ。


 最初は不満だったが、よくよく考えればあのバルガスがそのまま大人しく引き下がるとは思えない。


 この決断の裏には何かあると睨んでいたのだ。

 実際、モニカの読みは当たっていた。


「これで堂々と現場を調査できるだろ?」

「あっ、言われてみれば」

「剣をまともに扱えるヤツの方が少ない、名ばかりのお飾り騎士団だが……それでも民は俺たちを頼りにしてくれている。これに応えないで何が騎士道だ」


 バルガスは自身を奮い立たせるように頬をパチンと力強く叩いてから指示を飛ばす。


「モニカ、今すぐうちの部隊の全騎士を集めろ」

「了解です」


 待っていました、と言わんばかりにウキウキとした表情で部屋を出ていくモニカ。

 バルガスは苦笑いを浮かべながらそんな彼女の背中を見送った。


「やれやれ……ピクニックに行くんじゃないんだぞ」


 ため息をつきつつも、彼は早速準備へ取りかかるのだった。

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