第18話【幕間】不穏な気配

 グラントとルネがアルテノア王国騎士団に受け入れられている頃――エルダインにある騎士団詰所の一室には張りつめた空気が漂っていた。


「なんてこった……グラント教官が国外追放とは……一体何を考えているんだ、ウォルバートのバカ親子は」


 頭を抱えて唸る褐色肌の偉丈夫。

 名前はバルガス。

 彼もまたグラントの元教え子であり、彼を心から尊敬している。


 そんなバルガスの向かいに立つのは部下であり、同じく養成所時代にグラントから指導を受けたモニカであった。


「体面と金儲けだけですよ、あの親子が気にかけているのは」

「先代所長のやり方に反発しているという話は前々からチラホラと耳に入ってはいたが、まさかここまで露骨な手を打ってくるとはな」


 大きなため息と一緒に愚痴もこぼすバルガス。


 彼は以前から騎士団に所属する騎士たちの実力が落ち続けているのを危惧していた。

 大国同士が不戦条約を結んだことにより、ここ数十年は大陸内で戦争が起きず、平和な時代が続いている――が、それがこの先もずっと約束されているかどうかは分からない。


 いつかどこの国が不戦条約を反故にして攻め込んでくるかもしれない。

 最初から敵意を剥き出しにしておく必要はないが、それでも危機感を持って備えておく必要はあると考えていた。


 ――ただ、バルガスが気にかけていたのは人間ばかりではない。


「モニカ……先日、南方の国境付近にある渓谷で大量発生したゴブリンの討伐任務があったのを知っているか?」

「えぇ。確か、かなりの負傷者が出ていましたよね。たかがゴブリン数十匹を相手にそんな体たらく……騎士団の実力が落ちている何よりの証拠ですよ」

「それがどうも妙なんだ」

「妙?」


 バルガスはそう言うと、自身の執務机の引き出しから一枚の紙を取り出してモニカへと見せる。

 それはゴブリン討伐に関する報告書であった。 


「最後の一文を読んでみてくれ」

「どれどれ……えっ? 魔法?」


 そこに記されていたのは、「ゴブリンが魔法を使った可能性がある」という信じがたい内容であった。


「いやいやいや、魔法を使えるゴブリンがいるなんて聞いたことありませんよ。何かの間違いでは?」

「俺も最初はそう思ったんだが……どうにも胸騒ぎがしてなぁ」

「胸騒ぎ、ですか?」

「ああ。騎士団の上役たちは必要以上に負傷者を出したので現場の指揮官が責任逃れをするためについた嘘だと決めつけている。もっとも、あくまでも可能性としているため、虚偽の報告をしたと罰するつもりはないようだがな」


 そこまで話すと、バルガスの表情が一変して険しいものへと変わった。


「その部隊を率いていたマレントという男は養成所時代の同期でな。俺と同じくグラント教官のもとで互いに切磋琢磨し、成長していった仲間だが……己の保身のためにそんなしょうもない嘘をつくような男では断じてない」


 バルガスの言葉には怒りが滲んでいた。

 同期のマレントはきっと真実を告げていたはず。


 しかし、騎士団の上層部はろくに調査もせず被害を拡大させたことへの責任から逃れるためについた虚偽の報告と断じた。


 確かにモンスターが魔法を使うなど荒唐無稽な話に聞こえるが、マレントという男の誠実さを理解していれば調査に乗り出そうと動くはず。

 そんな素振りも見せずに彼を嘘つき呼ばわりする騎士団に対し、バルガスは不信感を募らせていた。


「こうなれば俺が独自に調べてやる」

「そ、それはまずいんじゃないですか? 私たちは明日から遠征がありますし、それをすっぽかすようなマネをすればどうなるか……ルネが追っているようですし、彼女からの連絡を待ちましょう」

「それでは待ちきれん。あと、調査の日程に関しては問題ない。――明日はどこへ行く?」

「へっ? 明日は……あっ! なるほど!」


 合点がいったモニカはポンと両手を叩いて笑顔を見せる。


 バルガスの部隊が向かうのは、報告のあった渓谷のすぐ近く。

 遠征を理由に周辺の調査をしようというのだ。


「帰還途中に怪しい気配を感じて現地調査を行った結果、魔法を使うモンスターの痕跡が発見されれば上も動かざるを得ないだろう」

「さすがは隊長! ずる賢い!」

「賢いだけでいいんだよ。分かったら他の連中にも伝えてきてくれ」

「仰せの通りに!」


 テンションが爆上りしたモニカは鼻歌交じりに執務室を出ていった。


 残されたバルガスはもう一度報告書に目を通す。


「これが事実なら……まずいな」


 魔法を使うモンスター。

 その厄介さは未知数だが、少なくともエルダイン王国騎士団の中でも実力者が揃うと言われるマレントの部隊が半壊状態となっている。


 報告書によれば、ゴブリンは炎属性の基礎攻撃魔法を使って攻撃をしてきたとあった。


「今はまだ基礎の段階だが……もし生き残りがいて、そいつらが力をつけてきたらどうなることやら……」


 戦争がなくなったエルダインの騎士団は大きく力を落としている。

 特に若手のほとんどは貴族や富裕層などのお坊ちゃんたちが鎧を装備したり、剣を扱ったりする行為をファッション感覚で楽しんでいるような有様だ。


 グラントはそんな現状に待ったをかけようとした――が、テイラー・ウォルバートによって阻まれてしまい、挙句の果てに国外追放となった。


「教官……あなたは今どこで何をされているのですか……」


 バルガスは寂しげに呟くと、手にした報告書を力いっぱい握りしめるのだった。

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