第7話 ヴァネッサの実力

 ひょんなことから宿屋店主の娘であるヴァネッサと実戦形式の鍛錬を行う流れになった。


「はあっ!」


 開始と同時にヴァネッサが仕掛けてくる。

 力強い踏み込みから一気に距離を詰めてきた。


 ――速い。


 これほどのスピードは養成所でもトップクラスの者しか出せないだろう。

 そこから繰り出される連撃は一発一発が実に重くてさばくのにもひと苦労だ。


 おまけに勢いはまったく衰える気配を見せない。


 あれだけのスピードをキープしつつも攻撃の手は一切緩めない……基礎体力が凄まじいんだろうな。

 地道に鍛錬を続けてきた成果がしっかりと表れている。


「やりますね、お客さん!」


 豪雨のような激しい攻撃をやめた直後にヴァネッサは眩い笑顔でそう告げた。


 その顔色には疲労の「ひ」の字も見えない。

 スタミナも申し分ないようだ。

 

「正直驚いたよ。あれだけの強烈な攻撃を持続させながらも汗ひとつかいていないなんて。有望な若手騎士でも君ほどの実力を持った者はそうそういないだろうな」

「えっ? お、お客さんはお世辞がお上手ですね……」


 こちらとしては本心のつもりだったが、向こうはそう捉えていないようだ。

 真っ直ぐに褒めすぎたせいか、顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。


 ……けど、本当に凄いな。


 昨日リザードマンに襲われていた騎士たちはどこか頼りなく映った。

しかし、これほど素晴らしい才能を持った少女が騎士を目指しているならアルテノアの騎士団は大きく変わるかもしれない。


「このまま鍛錬を続けて騎士団へ志願するのかい?」

「そうしたいのはやまやまなんですけど……」


 突然ヴァネッサの表情が曇る。

 彼女の視線の先には窓があって、そこから見える宿屋内では両親が忙しそうに働いていた。


 なるほど。


 騎士団に入りたいという希望はあるが、宿屋の経営が心配なのか。


 こいつはデリケートな問題だな。

 俺としてはぜひとも騎士団を目指してほしいと思う。


 ヴァネッサほどの実力者であれば、大国エルダインも放ってはおかないだろう。

 粗削りな部分も多いが、磨けばルネに匹敵するほどの実力者になると断言できる。


 何とかならないかと考えていたまさにその時、どこからともなく叫び声が。


「た、大変だぁ! モンスターが襲ってきたぞぉ!」

「なんだって!?」


 その叫び声を耳にするとすぐに裏庭を出た。

 すると、血相を変えて走ってくるひとりの成人男性が視界に飛び込む。


 どうやら、彼が叫んでいた張本人のようだ。


「モンスターが襲ってきたというのは本当か!」

「あ、ああ! リザードマンが少なくとも十体はこちらへ向かってきているんだ!」


 リザードマン?

 もしかして、昨日倒したヤツの仲間か?


「……分かった。安心しろ。ここは王都だからヤツらも中までは入ってこられないはずだ」

「そ、それが、変なんだ」

「変? 一体何が――」


 男に質問している途中で「ドォン!」と轟音が響き渡る。


 音のした方へ顔を向けると、そこに王都の東門を蹴破って侵入してくる複数のリザードマンの姿があった。


「バカな! 結界魔法で守られているんじゃなかったのか!」

「あいつらはただのモンスターじゃねぇ! 魔力を操るんだ!」

「魔力を操るモンスターだって?」


 つまり、ヤツらは魔法を使えるってことか?

 そんなモンスターがいるなんて聞いたことがないぞ。


 ――だが、今はうだうだ言っていられない。


 被害を最小限に抑えるためにも、俺の魔法で食い止めなくては!

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