第6話 宿屋店主からのお願い
アルテノア王国で迎えた初めての朝。
目覚めは最高。
天候も快晴。
何かいいことが起こりそうな予感を覚えつつ、俺は宿屋の部屋を出てロビーへ。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたかな?」
「おかげさまで快眠できましたよ」
「それは何より」
店主と何気ない世間話を繰り広げるが、そこでの話題の中心は自然とイリアム姫様のことになる。
「イリアム姫様は普段からよく王都に?」
「あの方にとってこの辺りは庭も同然さ」
「しかし、王家の人間が気軽に訪れるというのは何かと問題があるんじゃないか?」
護衛の騎士たちが頼りなかったという点については触れないでおく。
「他国ではそうかもしれんが、うちは特になぁ。誘拐して身代金を要求しようにも出せるかどうか」
なんとも世知辛い話だ。
店主の話によると、このアルテノア王国には目立った産業もなく、国民の大半は農業や林業に従事しているという。
王都に暮らしている者は代々受け継いだ土地で店を開いているらしいが、旅人や行商人がいるわけでもないので儲けも微々たるものだという。
ただ、生活に不満を持っている者はほとんどいないという。
「この辺りには資源もないし、産業を発展させるためのノウハウもない。ただ、ローゼンメルド王家の方々は常に俺たちを気遣ってくださり、なんとかこの国を豊かにしようと政策を考えていらっしゃるんだ」
「なるほどねぇ」
今のところ有効な手立てはないらしいが、それでも必死な姿は国民にしっかりと伝わっているようだ。
あまり口にしたくない話だが……綺麗ごとを並べているだけでは発展などあり得ない。
シビアになる時には心を引き締めて厳しくしなければ他国に出し抜かれて衰退していく一方だ。
アルテノアの場合、王家の人間たちが必死にこの国を存続させようと努力しているためなんとか踏みとどまっているという状況だった。
「あんたは三大同名国家のひとつであるエルダインから来たんだろう? しかも昨日の話を聞く限りじゃ偉い立場だったそうじゃないか」
「偉い立場というか……若者たちに剣や魔法を教えていたくらいだが?」
「本当か!」
店主は身を乗り出すほど驚きながらそう言った。
今の会話のどこにそこまで気分を高める要素があったのか。
さらに話を聞くと、意外な答えが。
「実はうちの娘は長らく騎士に憧れていてなぁ。成人になったら騎士団へ入団希望を出すと言っているんだが……どうだろう。少し稽古を見てやってくれないか?」
「俺が?」
「頼むよ! 大国から指南役が来たって言ったらあいつも喜ぶはずだから!」
「ちょっとあんた! お客さんに対して失礼だろう!」
俺たちの会話に割って入ってきたのは店主の奥さんだった。
「け、けどなぁ……」
「俺なら気にしないよ。せっかくお代をチャラにしてくれたんだし、彼女の剣の腕前をチェックしてアドバイスを送らせてもらおうか」
「あ、ありがたい! あいつなら朝の薪割りを終えて自主鍛錬をしに裏庭へ行っているはずだ!」
「分かった」
店主の話を聞いてから席を立ち、裏口から外へと出る。
すると、木製の模造剣で自主鍛錬に挑んでいる赤い紙の少女を発見。
その太刀筋をひと目見た瞬間――俺の全身を稲妻にうたれたような衝撃が走る。
「ほぉ……いいな」
思わず本音がこぼれる。
特徴的な赤いショートカットヘアーを揺らす彼女の動きにはよどみがなく、スムーズな足さばきで鋭い一撃を放っていた。
一朝一夕で身につくものではない。
それに……恐らく独学なのだろうが、理にかなった動作だ。
養成所のテキストにも掲載されている動きにかなり近い。
自力であそこまでたどり着けたというならたいしたものだ。
もしかしたら……俺はとんでもない剣士の原石に巡り合ったのかもしれない。
本気でそう思えるほどの才能を少女は持っていた。
なんだか、ルネを思い出すな。
あの子に初めて魔法を教えた時も、似たような衝撃を受けた。
剣と魔法という違いはあるが、素質の高さでいえば甲乙つけがたい。
きちんとした技術と知識を身につけさせたらどこまで伸びるのか。
教官時代の癖でついついそんなことを考えてしまう。
「あれ? お客さん?」
ジッと眺めていたのがバレてしまった。
ここは何事もなく振る舞おうとしたのだが、彼女の視線は俺が携えている剣に向けられていると気づく。
「こいつが気になるか?」
「いえ、その、お客さんも剣士なんですね」
「本職は魔法使いなんだが、こっちもイケるクチでね」
「へぇ……あ、あの、もしよろしければ鍛錬に付き合ってくれませんか?」
「俺が?」
まさかの提案にビックリしながら尋ねる。
「はい。実は実戦的な鍛錬をしてみたいとずっと前から思っていて……けど、父は剣術の経験がないから」
「そういうことか。――いいさ。やろうか」
「っ! ありがとうございます! 木製の剣の予備がありますので、それでお願いします!」
「分かった」
「あっ、私はヴァネッサって言います!」
「俺はグラントだ。よろしくな」
「よろしくお願いします!」
そういったわけで、俺は宿屋店主の娘であるヴァネッサと実戦形式の鍛錬をする運びとなった。
はてさて……実際に人と対峙した時の彼女の実力はどれほどのものか。
実に楽しみだな。
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辺境勤めの魔剣教官 ~不正の加担を拒否したら大国を追い出されたので小国に移り住んだけど、将来有望な若者たちが多すぎる~ 鈴木竜一 @ddd777
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