第5話【幕間】所長の焦り
エルダイン王立ウォルバート魔剣養成所に再び衝撃が走った。
養成所でもっとも優秀な魔法使いであり、剣術にも長けているルネ・グレイブルが養成所を去った――この一報は瞬く間に養成所中に知れ渡り、それどころか彼女との婚約を狙っていた多くの貴族たちを驚愕させた。
「くそっ! なんてことをしてくれたんだ!」
所長であるテイラー・ウォルバートは怒りに任せて目の前の机を蹴り続ける。
彼のもとには近日中に王国議会を開き、そこでルネ・グレイブルが養成所を去った理由について説明せよという国王からの手紙が届いていた。
そもそも、テイラーがルネの自主退所に気づいたのはこの手紙をもらってから。
追い出したグラントを介して教会に引き取られたというのは知っていたが、まさか彼を追って学園を去るとは夢にも思っていなかったのだ。
無理もない。
テイラーの価値観からすれば、このまま何事もなく暮らしていれば一生困ることはないのだが、ルネはそれを捨ててまでグラントのあとを追っていったのだ。
「あり得ない! 養成所にとどまっていれば将来は安泰だというのに……これだから平民育ちのバカは嫌なんだ!」
「まったくだ。せっかくこの俺が目をかけてやったっていうのに。きっとグラントにそそのかされたに違いないよ」
「おのれ……生徒に手を出すとはなんて破廉恥な男だ!」
テイラー所長の執務室には息子であるジャレスの姿もあった。
彼の表情も怒りに打ち震えている。
そもそもルネ自身はグラントが去っても彼の教えを守るため養成所に残るつもりでいたのだが、ジャレスが余計なちょっかいをかけたことが発端となって養成所を出ていってしまったのである。
しかし、それをそのまま報告したのではすべて自分のせいになってしまうと考えた彼は、父親に嘘の報告をしてすべての罪をグラントにかぶせたのである。
「私だけでなくジャレスにまで恥をかかせるとは!」
「どうする? 強引に連れ戻すか?」
「……それしかあるまい」
開催日は未定だが、近いうちにやってくる王国議会では説明責任を果たさなくてはならないテイラー。
その結果次第では貴族たちの怒りを買って所長の座を解任させられるかもしれない。
となれば、長らく続いたウォルバート家の栄光は自分の代で消え失せる。
即ち、自分自身が一族でもっとも無能である何よりの証明となるのだ。
「捜索についてはすでにプロの連中を雇って任せよう」
「けど、あいつはグラントにそそのかされているままだ。素直にこちらの要求に従って養成所に戻ってくるとは思えないぜ?」
「それについてもすでに対策を考えてある」
「っ! さすがはパパだ!」
不敵な笑みを浮かべるウォルバート親子。
平穏な暮らしを取り戻しつつあるグラント――そんな彼に脅威は迫りつつあった。
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