第3話 仕事を忘れてのんびり旅

 養成所を去ってから一ヵ月が経った。

 その間、俺は各地を見て回る、いわば観光を楽しむ。


 思えば、教官になってからろくに休みなんてなかったからなぁ。

 あそこには休所日があるけど、教官である俺には必要ないというか、やるべき仕事がたくさんあって休んでいる暇はなかった。


 なので、今は時間を自分のためだけに使い、あてのない旅を続けている。


 収入に関しては、立ち寄った先の町にある冒険者ギルドへと顔を出し、主に採集クエストを達成して報酬を得ていた。


 討伐クエストに比べたら微々たるものだが、男がひとりぶらぶらと各地を転々とするくらいならこれでも十分だ。


 ただ、足の怪我の影響について少し確認をしたいという気持ちはあった。

 魔法兵団への復帰が難しいと診断されたのはもう十年以上前なのだが、今は普通に走れもするし、痛みもない。


 戦闘が普通にこなせるようなら今後の再就職先にも影響が出てくる。

 近いうちにチェックをしておかないとな。


 その再就職なのだが、こちらの手応えはいまひとつだった。


 どうもジャレスの言った「ろくな仕事にありつけない」って言葉は事実だったようだ。しっかり根回しがされているようで、どこも名前を聞いた途端に顔色を変えて断れてしまうという状況……やはり国内での再就職はあきらめた方がよさそうだ。


 俺は旅の途中から目的地を国外へと切り替える。


 とりあえず、国境を三つほどまたいだ先にあるバノーという国を目指す予定だ。


 あそこは国土の大半が海に面しているということもあって貿易が盛んであり、大陸でも上位に位置する経済大国。


 エルダインからも距離があるので、ウォルバート家の影響力も薄いだろう。


 ハッキリとした目的地が決まったところで、俺は宿屋を出てバノーがある南へと向かう。

 

 自由気ままな旅なので、今回もちょっと寄り道を挟みつつ、一ヵ月後くらいを到着の目途にして移動を開始。


 その道中で知り合った行商の馬車に乗せてもらい、降りた後は礼を言って互いの旅の無事を祈った。


 すると、行商はある情報を教えてくれた。


「この先は夜になるとモンスターが活発に動きだすそうだ。真っ直ぐ行けば夕方には村へ着けるはずだから、寄り道せずに進むといい」

「ありがとうございます」


 モンスター、か。

 怪我の影響で魔力が安定しない時期がずっと続き、実戦練習は避けてきたけど……いざとなったらそれに頼らなくちゃいけなくなるな。


 これまでは採集クエストを中心にやっていたけど、そろそろ本気で考えるべきか。


 そんなことを考えながら歩くこと数時間。


 行商が言っていた町が見えてきてもいい頃合いだが、と辺りを見回していたその時、どこからか声が聞こえた。


「なんだ……?」


 よく聞き取れなかったが……悲鳴のような?


 誰かが襲われているかもしれないと思った俺は声のした方向へと走っていく。

 正直、今の俺が駆けつけたところで戦力になんてなりはしないが、それでもいないよりはマシだろう。


 必死に走り続けると、横転している馬車の荷台を発見。

 あの造りからして乗っているのはこの国の貴族か?


 どうやら何かに襲われているようだが、その相手は全身が緑色の鱗で覆われた二足歩行のトカゲ――


「リザードマンか」


 誰かがこいつに襲われていたようだな。

 三人の騎士が馬車を守ろうと剣を向けているが、あまり戦闘に慣れていないのか腰が引けているように映る。


 馬車に刻まれている紋章はどこかの王家のものらしいが……見たことがないな。


 あまりトラブルに顔を突っ込みたくはないんだが……だからと言って見過ごせる状況でもないよな。


 俺自身、どこまで戦えるか分からないが。


 魔力を高めつつ、リザードマンへと立ち向かう決意を固めた。


 あの日――魔力を安定的に放出できなくなってから、魔剣養成所の教官になる道を選んだ。


 生徒たちの前で魔法を披露する機会はあったが……誰かを守るための戦いで魔力を使うのは魔法兵団に所属していた時以来だ。


おまけに相手はリザードマン。

こいつはモンスターの中で俺がもっとも苦手としているタイプだ。


 パワーもスピードも申し分なし。

 オークのようなパワー特化だったり、ゴブリンのようなスピード特化なら対応手段も多い。

しかし、リザードマンが相手となったらそうはいかない。


「やるしかないか……」


 養成所を出た時からこうなる覚悟はできていた。

 その時が今来たんだ。


「ヤツに攻撃を仕掛けるなら……奇襲しかない」


 幸い、リザードマンは俺の存在に気づいていない。

 先制するなら今しかない。


 扱うのは俺がもっとも得意とする雷属性魔法。

 こいつならリザードマンにも大きなダメージを与えられるはず。


 昔なら、すぐにでも攻撃を仕掛けるのだが……ぶっつけ本番となった復帰戦なので慎重にならざるを得ない。

 しかし、馬車を守っている護衛騎士たちの頼りなさを見ていたら急がないと助ける前に全滅なんてことにもなりかねなかった。


 急いで準備を進めていたその時、俺は自身の体に起きた変調に思わず目を丸くした。


「な、なんだ……魔力が……」


 養成所の時はずっと封印していた、「敵」を倒すための攻撃魔法。

 久しぶりに使うから慎重になっていたけど……想像以上に安定している。


 数年前までまったく安定しなかったのに。


 理由はよく分からないが、やれると分かったらすぐに行動へ移そう。


「頼むぞ……」


 俺は生み出した魔力を雷に変える。

 かつてはこの形に持っていくことができず、何度も心が折れそうになったというのに。


 ――まあ、原因を追究するのはあとだ。


 やれるならやるしかない。


 魔力で作り出した雷をさらに大きな槍の形に変え、そいつをリザードマンに向けて放った。


 使用頻度がもっとも高い雷槍サンダー・スピアだ。


 バチバチと音を立てながら真っ直ぐ飛んでいく雷の槍。


 それはあっという間にリザードマンを背中から貫いた。


「ぐぎゃああああああああっ!?」


 意識をしていなかった方向からやってきた突然の攻撃に、リザードマンはもちろん護衛騎士たちも驚き、中には腰を抜かしている者も。


 本当に戦闘慣れしていないんだなぁと呆れつつ、とりあえず攻撃が当たってくれたことにホッと安堵する。


 リザードマンは雷の槍を引き抜こうとするも、触れた瞬間に電撃を受けてさらにダメージが増す。

 これがあの魔法の恐ろしいところだ。


 一度貫けば魔力を使用しない限り無効化はできない。

 つまり、モンスターにとっては地名の一撃となるのだ。


 しばらくして、リザードマンはその場に倒れ込んで動かなくなった。


「よし!」


 年甲斐もなくガッツポーズをしてしまう。

 なんだか魔法兵団の現役時代よりもスムーズに魔力を扱えているような気がするんだが……生徒たちに教えている間に俺自身も魔力の扱いがうまくなったのか?


 狙っていたわけではないが、教官としての活動が自然とリハビリになっていたのかもしれない。


「さて……これで御役御免だな」


 暗くなる前に宿を確保しておきたいので、俺は彼らに軽く挨拶をしてその場から立ち去ろうとした――が、その時、馬車のドアが開いて中からひとりの女性が出てきた。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」


 素人目にも高価と一発で分かるほどのドレスを身にまとった若い女性。

 やはり、襲われていたのはどこぞの大貴族の御令嬢らしいな。

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