第3話 ベイカー街の落とし穴(7)
病院でロンドン警察の聴取を受けた後、ユーゴは自由の身になった。今日中にロンドンを発つ予定だ。ルチアーノはロンドン図書館のジェイデンを訪ねるため、先に病院を出ている。今頃、昨夜の話で盛り上がっているだろう。
ユーゴは公園のベンチに腰掛け、アダムズ局長に連絡を入れた。失態を非難される覚悟をしていたが、彼は災難だったなと労ってくれた。
「強盗事件が起きていたことは知っていたのに、気が抜けていました。局長にもご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「私はロンドン警察に協力を要請しただけだよ。つい先ほど、君たちのおかげで犯人逮捕と四件目の阻止ができたと感謝の電話が来たところだ」
上機嫌に言った後、局長は続けた。
「礼なら、私よりルチアーノに言いなさい。『優秀な捜査官を失うことになりますよ』、と脅されてね。私もまさかと思ったが、彼の勘が正しかったわけだ」
「ルチアーノが、そんなことを……」
恩着せがましいことを、彼は一切言わなかった。けれど、彼の行動がなければユーゴは今頃冷たい土の中だったかもしれない。今さら恐ろしくなり、ユーゴは努めて事務的に報告した。
「今回の調査で、古書を収集していた者がイタリアに住んでいるらしいことがわかりました。彼はどうやら、“行き場のない本”を集めていたようです」
「……ふむ、そうか」
「局長、何か気になることでも?」
答えに間があったような気がして、ユーゴは尋ねた。
「いや、何でもない。君たちには大いに期待しているよ。この調子で頼む」
局長はそのまま電話を切った。ユーゴは微かに引っかかりを感じたが、腕時計を見て声を上げた。
ちょうど来た地下鉄に飛び乗り、ピカデリーサーカス駅で降りる。早足で、昨日辿ったロンドン図書館までの道を進んだ。ルチアーノと途中の公園で落ち合う予定だが、思ったよりのんびりしてしまい、到着はギリギリになりそうだ。
街中にぽっかりと現れた公園では、豊かな緑の葉が柔らかい風を受けて揺れている。今日は快晴で、木漏れ日も暖かそうだった。日本の小春日和のような気候だ。
ルチアーノはベンチの一つに腰かけ、開いた本に目を落としていた。近づく足音に気づいた彼は、顔を上げて微笑む。
「今日はきちんと待ち合わせができましたね」
からかうように、ルチアーノが言った。立ち上がり駅へと向かおうとする彼を、ユーゴは呼び止める。
「その……ありがとう、今回は助かった」
彼は意外そうに瞬くと、笑みを深めた。
「お礼はアフタヌーンティー一回分で良いですよ」
「まだ食べるのか……」
まあ今回ばかりは、少し休憩して付き合うのも悪くないかもしれない。ユーゴは呆れた素振りをしながらも、そんなことを考えていた。
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