第8話 序列戦の足音

『4月30日のニュースをお伝えします。本日未明、北都ほくと守靖もりやす諸島北西の領海にカント国魔導船5隻が侵犯行為を働いたとして北都防衛隊第3師団が防衛大臣命令により緊急防衛出動を行いました。今回の侵犯行為に対して防衛隊本部及び北都守護筆頭影蔵家かげくらけは共同で声明を出しカント国の侵犯行為に強く非難を示しました。先月から……』


 アキラが目覚め自室からリビングに降りてくるとテレビからアナウンサーの声が聞こえてくる。


 ああ眠たい。瞼が重いな。

 昨日は魔導競技世界大会SWCSの予選がネット配信されており夜遅くまで起きていたため完全に寝不足だ。


「アキ君おはよう。また夜更かしして、遅刻しちゃうよ?」


 アキラは欠伸をしていると後ろから声を掛けられ振り返る。

 そこには既に学生服に着替えている姉、八咫やた穏乃しずのが湯気の昇る珈琲を片手に立っていた。


 シズノ姉さんホントに母さんに似てきたよな。

 母親譲りのクリーム色の髪に薄い金色の瞳、顔立ちも大和人離れした北欧系の特徴が表れている。


 まあ、顔立ちはアキラも母親に似ているため性別を間違われるのだが、一旦そこは良い。

 

 ただ……

 何故身長はボクだけ母親に似てしまったんだ。


 アキラは10センチ上にあるシズノ姉さんの顔を見ながら返事を返す。


「おはようシズノ姉さん。大丈夫だよーボク準備は早いから」


「せっかく可愛いんだから身だしなみは整えないとー」


「いいんだよ。男なんだから!」


 じりじりと此方ににじり寄ってくる姉さんの気を逸らすため話題を変える。


「シ、シズノ姉さんは忙しくならないの? ほらニュースでカント国の侵犯行為についてしてるけど、こっちには影響なさそうなの?」


「そうねー今の所は大丈夫かな。北都は影蔵の管轄だし、この前岩戸のご当主様から学生なのだから無理はしすぎるなと言っていただいたから」


 八咫家は南都守護筆頭、御三家の一つ岩戸家が管轄している地域に属するため当主である姉さんは関りが深くなるのだ。


「あそこのおっさん、顔は怖いけど話はわかるけどな」


「こら、アキ君ダメでしょ。岩戸家には色々とお世話になったんだから」


「はーい」


 前当主である父が亡くなり姉さんを当主にと後ろ盾になってくれたのが他ならぬ岩戸家当主だ。

 

 アキラも個人的に世話になったこともあるため御三家の当主というより親戚のおじさん程度の認識なのだ。


「岩戸家と言えばアイツはいつ頃停学明けるんだ?」


 アキラは2週間の停学処分を受けた原因とも言える女、岩戸家長女にして次期当主候補である岩戸むらさきもそろそろ処分が終わるはずだ。


「ああーサキちゃんね。彼女は今日から復学よ」


「今日!?」


 そろそろだろうとは思っていたが、まさか今日とは思ってもいなかった。

 

「アキ君もうサキちゃんと喧嘩したらダメだよ?」


「いやー喧嘩じゃないよ。そもそもアイツが絡んでこなければ……」


「アキ君?」


「はい……」


 アキラはシズノ姉さんの有無を言わせない気迫にただ頷くことしかできない。

 幾つになっても姉には敵わないのだろうか。


「じゃあ先に行くから遅刻しないようにね」


「え、早くない?」


 まだ時刻は7時過ぎ位の筈。

 学園は8時30分からの朝礼に間に合えばよいはずだ。


「何言ってるの、もう8時よ」


 そんなはずは……アキラが時計を確認すると確かに8時を過ぎようとしていた。

 

「はあ……事故には気を付けてね」


 シズノ姉さんはそう言うと荷物を纏めて出ていく。

 

 アキラは寝ぼけていたこともあり時計を見間違えた上に話し込んでしまった。

 完全に遅刻コースだ。


「やっっばーーーい!?」


 寝ぐせも付いたままアキラは荷物を持つと家から飛び出した。

 

 ◇


 結果から言おう。

 アキラは朝礼に間に合いはした。


 ただ全速力で走ってきたため息は切れ、寝ぐせで酷かった髪も更に乱れて大爆発していた。

 

 時刻は8時27分。ぎりぎりではあるが想像していたよりは早く着くことが出来た。


 天獄の糸が使えれば移動なんて楽なんだけど。

 緊急時以外で戦闘に使用可能な魔導器装を起動するのは魔導法で取り締まられてしまうため日常の移動では使用できないのだ。


 アキラが前屈みで膝に手をつき息を整えていると2つの人影が見える。


「あはは、間に合ってよかったなアキラ。でも、くふっ、髪型はもう少しどうにかならなかったのか?」


「風魔君、っく、甘やかしてはだめよ。八咫君が、ふっ、遅刻しそうになるの、この一週間だけで3回目よ」


 ハジメと委員長こと桐坂きりさか雷華らいかが笑いを堪えながらアキラの方に寄って来る。

 アキラは急速に体温が上がるのを自覚しながら髪を直すが手櫛では整いそうにない。


「はあー後で水でも付けないと治らないわよ」


「そうする……」


 丁度一週間前、アキラが2回目の登校でライカと対人戦闘訓練を行った日。


 訓練終了後にライカはアキラに謝罪した。

 

 欠陥保有者という別称を持ち出したこと。

 アキラを弱者であると決めつけたこと。

 

 そして感謝をした。

 ライカは自分の弱さに気付くことが出来たのはアキラがあの場で負かしてくれたからだと。


 アキラからすればただ訓練を行っただけのため「いいよ。楽しかったし、またやろうね」と返したところライカは一瞬驚いた表情をしたが直ぐに「次は負けないわ」と和解が成立したのだ。


 今ではこうしてアキラの素行に注意はするものの、傍から見たら世話を焼いているようにも見える。

 

 委員長であるライカがアキラと笑顔で話しているからかクラスにも大分馴染むことが出来るようになってきた。

 

 そういった意味ではあの日の出来事は全て良い方向に向かったとも言える。


「あー面白かった。さ、2人とも時間だ、教官が来ちゃうから席に戻ろうか」


 ハジメから声をかけられ時計を確認すると今にも30分になりそうだ。


 3人が席に着くと同時のタイミングで教室の扉が開き藤野瀬教官が入ってくる。

 藤野瀬教官は今日も上下ジャージ姿で現れた。


 朝の朝礼。

 この時間はどうしても眠たい。


 アキラの場合は明らかに連日の夜更かしが原因なのだが、睡魔は抗いようがないモノだ。


 寝てしまうことは無いが基本的に聞き流すことが多くなってしまう。


「あー6月の頭にある学年序列戦とその選考会について連絡事項だ」


 ――序列戦

 藤野瀬教官がそう発した瞬間にアキラの意識は覚醒し顔を上げると目が合った。

 

 これじゃおちおち居眠りも出来ないじゃないか。

 アキラは戦いの予感に胸の高鳴りを感じていた。


□■

Tips

【帝国立南都日輪ひのわ学園】

極東大和やまと帝国が運営する三つの国立学園の内が一つ。

世界を侵略し、人類の存亡を脅かす外界侵略型敵性生物、通称『外敵アウター』へ対抗するための魔装士マギアと魔導技術者を育成するための公的機関。


武の武輪たけのわ、文の月輪つきのわと呼ばれる2学園に対して文武両方を重んじる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る