桐坂雷華

 私、桐坂きりさか雷華らいかは臆病者である。


 曾祖父の代から魔装士として防衛隊に従する家に産まれ、ライカ自身もその道に進むのだと疑うことは無かった。


 幼少の口癖は「私もお父さんみたいな魔装士になる」であり、祖父には良く「おじいちゃんは?」と悲しまれていたものだ。


 幸いと言っていいのかライカには魔装士としての才能があった。

 6歳を迎えると帝国に住む者は必ず魔素放出測定を行うがそこでライカは放出量“6.7”という高数値を出した。


 これは平均を大きく超え魔装士としても十分に活躍が見込むことのできる値である。


 当然、家族はその結果に喜んでくれたが母だけが不安そうな表情をしているのを、やけに鮮明に覚えている。


 10歳になった頃ぐらいから魔素や魔導器装を扱い始めた。

 

 訓練の日々は苦しい時もあったが楽しかった。

 新しく覚える技術。積み重ねることで自分が強くなっていく感覚。


 何より家族が喜んでくれることが嬉しかったのを覚えている。

 

 訓練も順調に進んでいたある日。

 ライカの住んでいる地域に外界からゲートが開き外敵が襲撃してきた。

 門の規模自体は小さく出現した外敵も獣型Dランクがほとんどとの事だ。


「怖いよ、お母さん」


「大丈夫よライカ。お父さんがもうすぐ来てくれるからね」

 

 母に手を引かれ近所のシェルターへ避難している途中で初めて魔装士と外敵の戦闘を見た。


 逃げ惑う人々、響く獣の咆哮。

 交戦する民間魔装士たちにも少なくない被害が出ていた。


「あれが魔装士……」


 この日、ライカは外敵の恐怖と魔装士に対する憧憬を抱いた。

 

 幸い防衛隊の到着が早くその日の内に門は閉ざされライカの周辺に大きな被害はなかった。

 

 そしてその防衛隊員の中にはライカの父もいた。


 父と会えたのは襲撃から2日後の事だ。

 防衛隊員としての襲撃の事後処理などに追われ家に帰ってこれなかったらしい。


 その日の晩、久しぶりの晩酌を楽しむ父にライカは尋ねる。


「お父さんはあんなバケモノと戦うの怖くないの?」


「んー怖いぞ?」


「え!? お父さんも怖いんだ、防衛隊なのに……」


 ライカは魔装士は恐れなど感じないヒーローのように思っていた。


「そりゃな、父さんも防衛隊で魔装士として、そこそこ外敵と戦ってきた。けどな人間を超える大きさで一度でも当たってしまえばどうなるか分からない攻撃をしてくる外敵が怖くない人などいないさ」


 父はライカの頭に手を置くと言い聞かせるように続ける。


「そして魔装士である父さんが怖いということは、魔装士でない人達はもっと怖いということだ」


 ライカも怖かっただろう? と聞いてくる。

 確かに恐ろしかった。シェルターへ逃げる際にもし外敵がこちらに来ていたら魔素はあっても魔導器装を持たないライカでは何もすることも出来ず蹂躙されていただろう。


 ライカは「うん」とだけ頷く。


「だったら魔装士はそんな人達のために戦わないとな。防衛隊はそんな人々に支えられているんだから」


 缶ビールを片手に持ち誇らしげに笑う父の顔は赤く染まっていたがとてもカッコよかった。


 外敵の襲撃に恐怖しながらもライカが魔装士を、防衛隊を明確に志したのはこの時だったと思う。


 その日から1年が経ち日課の訓練に取り組んでいた時に防衛隊から連絡が入った。


 ――父が防衛隊の任務で瀕死の重傷を負った、と。


 急いで母や祖父母と防衛隊病院に向かい意識の無い父と対面した。


 医師は家族の到着を待っていたのだろう。

 ライカ達を確認すると最後の別れをするよう告げられる。


 後のことはあまり覚えていない。

 泣きつかれて寝てしまったから。


 祖父の伝手で任務の状況を聞くことが出来た。

 任務の内容は門の開く兆候がある地域での防衛任務に就いていた。


「でも、兆候のある門は十分な人数が配置されるからAランク以上でも出てこない限り大丈夫だって!お父さんが……」


 ライカは今回の任務の直前に父に教えてもらっていた。


「ああそうだな。今回の門はBランクの外敵が1体、残りはC、Dランクが殆どだったらしい」


「だったらなんで!?」


 父はBランクの外敵であれば単騎で倒すことの出来る準エース級の防衛隊員だ。

 余程の事がなければ負傷はしても致命傷は受けないはずだ。


「自分の分隊員を庇ったそうだ……」


「でも、盾は持ってたでしょ?」


 ライカも父に倣って直剣に盾を持っているのだ、父が持っていない訳がない。


「一人の防衛隊員の盾が破損した。しかもその隊員は魔素放出量が低く簡易マナシールドしか装備をしていなかったらしい。Bランク外敵の攻撃をそのまま受けると危険と判断したあいつは自ら盾を渡したそうだ」


 祖父はやり切れないような表情をしながらも「あいつらしいがな」と零す。

 

 現場で何が起きたかは理解できた。だが納得は出来ない。


「なんで、なんで防衛隊員が防衛隊員に守られてるの……」


 盾一つ失って危険な状態になるような者が父と一緒に戦場に立ってさえいなければこのようなことになっていなかったはずだ。

 

 ライカは防衛隊員の規則を調べる中で魔素放出量の極端に少ない者、欠陥保有者について知った。


 守られるべき者弱者が戦場に立つことは仲間を危険に晒す。


 強くならなくては。

 そんな脅迫染みた想念はライカを恐怖に追い立てる。


 そしてここまで逃げるようにして訓練を続けてきた。

 

 もう一度言おう。


 私、桐坂雷華は臆病者である。


 自身の弱さで他者が危険に晒されることに恐れを抱く臆病者だ。

 自身の手が届く範囲から外れた領域で起こる未来に恐怖を抱く臆病者だ。


 そして今日――

 自身が弱者と決めつけた相手に負けた、それも完膚無きまでに。


 関係ないのだ。欠陥保有者であるにも関わらず防衛隊員として準エースである父と共に戦うことが許されるだけの力を持っていたはずだ。


 実際あの現場での出来事はトラブルが重なっていた。

 父が盾を貸し出さなくても同様の事態に陥っていた可能性はあった。


 ライカは父の死に理由を求めていたんだ。

 事実から目を逸らすために、自分の弱さから逃げるために。


 彼、八咫晶の強さも欠陥なんて関係ない程に完成されたものだった。

 弱さをを強さに変える術を知っている人だ。

 

 まずは謝罪をしよう。

 

 そして自分の弱さを見つめ直すことから始めよう。臆病風に吹かれても耐えることの出来るだけの強さを手に入れよう。


 まだ強くなれるのだから。


 そして――


 あの可愛らしい顔で初見殺しとはいえ完璧に叩き潰されたアキラに一撃をお見舞いしてあげるのだ。


 ライカは未だに痛む後頭部を気にしながら視線の先で風魔君と話し込むアキラの方へと歩みを進める。


「ねえ、ちょっといいかしら?」


□■

この回で序盤は区切りになります。

ここまで読んで下さりありがとうございます!


PVも3000を超え応援にモチベーションを上げてもらっています。


これからもアキラやその他生徒の活躍を見守ってくださると嬉しいです。



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