第7話 叩けば取れる棘もある

 意識を失った桐坂は他のクラスメイトによって運び出され横にある救護室に運ばれていった。

 

 アキラが演習場から出るとクラスメイトから向けられる視線が最初のものとは大きく違っていることに気づく。桐坂の実力は決して低くはなかった。精神状態によって判断力は落ちていたと言え、剣術、魔素コントロール技術は高い水準にあった。そんな中、押されているように見えても事実として、最後にはアキラは桐坂を一蹴に伏した。


 手札をあまり見せることなく、実力は十分伝わったようだな。

 そんなことをアキラが考えているとスピーカーから藤野瀬教官の声が聞こえてくる。


『次は……』


 アキラと桐坂の演習が終了しても授業は続く。

 今後他のクラスメイトと共訓練や序列戦で戦うこともあるだろう。

 アキラは戦闘も大好物だが、観戦も寝る前にプロ競技の録画を見るくらいには好物なのだ。


「この中に将来のチームメンバーがいるかもしれないなー」


 Dクラス全員の戦闘訓練が終了した。


 アキラが観戦の中で名前の分からない三名とハジメ、そしてアキラの相手であった桐坂の5名はクラスメイト三十名の中でも実力が頭一つ抜けていているように見えた。


 最初の騒動のせいでクラスメイトから見学中にも距離を取られており、まだ名前とか聞けていない。後でハジメに聞いてみよう、とアキラはそう考え周囲を見ると壁際に桐坂が戻ってきているのが見えた。

 

 意識は戻ったようだ。マナシールドの御蔭か目立った外傷は見られない。

 初日にクラスメイトに怪我をさせたなんて知られたら姉さんからの説教が待っている。そう言った意味でもアキラは少し安堵した。

 

 アキラが桐坂を見ていると向こうもこちらに気付いたのか目が合う。しかしそれも一瞬のことで気まずさからか桐坂から目を逸らしてきた。

 

 気にすることないんだけどな。アキラは訓練前の教官と桐坂の問答を思い返しながら考えていた。

 

 実際、欠陥保有者として防衛隊で働いていて分隊員を危険にさらしたといった事例は存在するのだ。懸念事項として声を上げるのは、あの場において適切ではなかったが誤っても居なかった。


「全員ご苦労だった」


 気づけば藤野瀬教官が戻って来ていた。


「基本的な魔導器装の扱いや戦術について質問があるものはあとで聞きにこい。入学して間もないがこの学園に入る以上、中等部でも訓練は受けているだろうからな」


 受験時に戦闘試験がある時点でそうだが、基本的に魔装士科に入る生徒に戦闘未経験が入れる確率は少ない。各自修練を積んできている者がほとんどだ。


「だが、今までは戦闘における型、魔素コントロールのやり方に重きを置いて学んできただろうが、これからは勝ち方を知っていく必要がある。何故なら実践における敗北イコール死に繋がるからだ」


 藤野瀬教官の発言で「死」という単語が出た瞬間に空気が変わる。

 今回は訓練であった。だが次の戦闘は?急な外敵との遭遇が絶対無いとは言い切れない。


「学生の内からそう言った意識を持つのは難しいだろう。実際に現場に出るのは予定では三年以降だしな」

 

 まあ予定だがな。と区切る。実際急な徴兵が無いとも言い切れないのがこの学園だ。


「そしてそんな意識を持たせるための序列制度だ。まだ序列は与えられていないが最初の序列から落ちる度にお前らは命を落としたのだと自覚しろ」


 序列が落ちるという事は敗北したことと同義である。ということだろう。

 だからこその実力至上主義。優れたものではなく、勝ち残った者が絶対の学園。


「最後に改めて、魔素についての基礎授業でも言ったが、八咫の戦闘を見たものは理解したな?指標では桐坂の方が優れている。しかし勝者は八咫だ。放出量というのは、その人物を図る指標にはなるが実力を指すものではない。そのことをもう一度頭に刻め」


 藤野瀬教官は最後の言葉だけは桐坂の方を見ていたように思う。

 そして「以上だ」と言うと演習場から出て行く。


「お疲れアキラ。委員長との戦闘見てたぜ」


「おっと。ハジメか、お疲れ様」


 足音も気配も感じなかった背後から声を掛けられ、驚きながら振り返るとハジメが立っていた。

 ハジメの戦闘訓練も見ていたが相手の男子生徒も実力が足りていないというようには見えなかったが手に内を晒すことなく体術と基本的な魔導器装で完勝してみせていた


「いやーアキラ凄いじゃないか。委員長が良いようにやられてたね」


「ハジメもやるじゃないか。相手に何もさせずに終わらせてた」


 ハジメの戦闘は終始余裕があるように見えた。


「俺の対戦相手、田所君は元々近接戦闘が得意じゃないんだよ。メインの魔導器装もラトビア社製の中型銃器だから積極的に距離を詰めてみたんだ」


「……今日が初めての対人戦闘訓練だよな?」


 アキラが引き気味に尋ねるとハジメはなんてことない雰囲気を出しながら笑顔で「そうだけど?」と返してくる。


「そ、そうか」


 これ以上話しを広げると藪蛇になってしまいそうなので話題を変えておこう。


「そういえば魔装士科にはAからDクラスまであるけどクラス分けの基準とかあるの?」


「アキラはこの学園のこと副会長からはホントに何も聞いていないんだね」


「シズノ姉さんのことはやっぱり知ってたんだ。そうなんだよね、八咫家当主の仕事もあって忙しいからさ」


 アキラは忙しく働き会えるタイミングが減っている姉、八咫(やた)穏乃(しずの)を思いながら「迷惑はかけたくないけどさ、ゆっくり話す時間ぐらいほしいよね」と愚痴を零す。


 そんなアキラにハジメは苦笑いを浮かべ「副会長としても忙しそうだもんな」と頷く。


「1年生はバランスよく分けられているだけだよ。実力や学力、あとは家柄とか?各クラスに名門と呼ばれる家門や君含め御三家由来の生徒が数名づつ振り分けられているみたいだよ。最初のクラス内でチームを組むことが多いのもあって偏りがあるのは前提条件として不平等になってしまうからね」


 確かにクラスメイトの中で見たことある顔が少しいた。

 恐らく何時かの御三家関連の行事で見たことあるのだと思うがアキラは名前が思い出せないでいた。

 

 ハジメの説明で一つ引っかかる点がある。

 それは――


「1年生は?」


 ハジメはアキラの問いに口角を上げながら答える。


「当然2年生からは完全に序列順にクラスが分けられるさ。この学園は序列が高い者がより良い環境で実力を磨くことができる。強い者をより強く、これが基本理念だからね」


 外敵が出現した時から武力の定義は完全に変わってしまったのだ。

 兵隊を揃え、優れた装備を揃え戦略、戦術を用いて場を制圧する。

 この古い体制で優れた武力を、数を揃えたところで揃えたであったが巨大で強大な外敵に対して打ち勝つことは出来ないのである。


 優れた個人が優れた魔導器装を持つ。

 これが現代の武力の形だ。


 そういった背景により現在の魔装士教育が形作られてきた。

 

「優れた個人ねえ……」


 しかしアキラが現在の魔装士教育の範疇に入っているかと問われると疑問は残るが……


「関係ないか。結果さえだせば」


「そうだよ。飽くまで序列が全てさ」


「じゃ大体の生徒が一年の目標としてAクラス序列30位以内を目指すのか」


「そうだね。オレも頑張らないとな」


 今回の対人戦闘訓練でハジメの実力が見れたわけではない。

 しかしアキラがハジメは30位内には入ってくるのだろうという予感があった。


「じゃあ、戻ろうか。アキラはオリエンテーションを受けてないから学園案内もしておいた方がいいだろうから」


 随分と話し込んでしまった。

 周囲を見渡しても残っている生徒は殆どいなかった。


 にしてもハジメは優しすぎやしないか?

 などとアキラは考えながら「お願いしてもいいかな?」と返事をし演習塔の出口へ足をむけた。


「ねえ、ちょっといいかしら」


 出口へ身体を向けると同時に背後から声を掛けられる。

 

 アキラが振り返るとそこには桐坂、委員長が立っていた。

 彼女の顔をはっきりと見たのは初めてだが、申し訳なさそうに伏し目がちな表情には少なくとも初対面時の棘はないように感じた。


 □■

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