第2話 序列の価値

 生徒会長に案内され無事教職員室に着いたアキラは不満げに下を向いていた。


「すまないと謝っているだろう。まさか問題児だと覚悟していた生徒がこんな、かわ、愛らしいとは思っていなかったんだ」

 

 アキラの目の前で手を合わせて謝っているのは一年Dクラスの担任教官だという藤野瀬ふじのせ響子きょうこだ。年齢は恐らく二十台後半、上下でブランド違いのジャージを着ていることからも性格は見て取れる。


「それ、取り繕えてないですからね?」

 

 アキラは諦めた。


「いや、八咫が生徒会長に連れてこられた時は、またなにかやらかしたのかと焦ったぞ」

 

 自業自得とは言え改めて自分の評価に落胆する。


「で、教室も教職員室も場所がわからず、迷子になっていたところ生徒会長に出会ったと」


「そうですね。迷子って言い方は悪意ありますよね?」


「気のせいだ」

 

 アキラは自分の扱いに諦め門を潜ってから教職員室に来るまでの事のあらましを簡単に説明した。


「副会長、姉から大まかな話は聞いてるんじゃないか?」


「姉さんからは、この学園なら僕の目的の近道になると言われたのと、全ては序列次第という事だけですね」


「目的か、まあいい今は聞かないでおく。が、くれぐれも問題行動は控えてくれよ」

 

 藤野瀬教官は机の上を整理しながら「残業は勘弁だ」と言いながら話を続ける。


「じゃあ学生証端末の使い方から教えるか」

 

 そう言うと藤野瀬教官は端末を取り出す。


「これはこの学園内では全ての施設の出入りに必要になる。まあ安全対策も兼ねている。八咫が生徒会長と会ったシミュレーション室もこの端末で予約ができる」

 

 流石に帝立なだけある。金の掛け方が異常だ。


「そして金銭の支払いもこの端末を使用する。最近流行りのキャッシュレスってやつだな」


「最近ではないと思いますよ」

 

 最初のやり取りから感じてはいたが、茶目っ気のある教官な様だ。


 アキラの突っ込みに藤野瀬教官は少し赤面をしながら「続けるぞ」と流れを変える。


「副会長から聞かされているようだが、魔装士科と技術科で分けられてはいるがこの学園では序列が全てだ。序列が高ければ施設使用の優先や特権が与えられる。要するに実力主義だな」


「なるほど。では姉さん程になると」

 

 アキラの姉は現在、魔装士科序列二位だと聞いている。


「そうだな。一桁になると私たち教官を越える権限を持つ場合もある。そして三位より上は手を出す範囲が学外に及ぶこともあると言えばわかりやすいか」

 

 それほどか。

 学園が序列を与える以上、最終的な権威は学園側が持っているだろうが一学生がそこまで力を持つとなると一般的な感性では凡そ自滅が良いところだろう。それでなお、今の序列というシステムが機能しているという事実。

 正真正銘、実力主義であるということだろう。


「それは凄く素敵ですね。では序列の基準は?」


 藤野瀬教官はアキラの笑顔に違和感を覚えたのか訝しみながらも説明を続ける。


「……基本的に試験や課題の結果によってつけられている。あとは個人間での序列をかけての決闘になるか」

 

 それもこの端末で申請できると、申請画面を見せてくれる。


「お前の場合、入学式の騒動があるから尚更だが上の序列、それも学年違いの者に決闘は安易に吹っ掛けるな」


「何故?」

 

 アキラはまっすぐな瞳で疑問を返す。


「やはりそのつもりだったか。いいか基本的に上の序列が下の序列からの決闘を受ける旨味はない」

 

 得られるものがないからな。そう区切ると声を潜めながら言葉を続ける。


「では何を賭けるか。単純に金銭や権利なんかはわかりやすい。だが中には進退を賭ける者がいる」

「それは学園として認めているのですか?」

 

 学園とはいえ、飽く迄公的機関。帝国の資源でもある生徒を生徒間のやり取りで損失させる。それを許しているとはとても考えられない。


「暗黙の了解というやつだ。原石同士でのぶつかり合いでしか磨かれないというのにも一理あるからな。教育の一部として黙認されている。そしてそれをいいことに、下の者を陥れることに快楽を覚える者も少なからずいる」

 

 アキラはなるほどと、感心する。極論弱いのが悪いと。言い換えればこれもまた実力主義か。


「それに八咫お前は……ペーパーでの成績は大したものだが、魔素の方は……」

 

 藤野瀬教官が言い淀む。アキラは藤野瀬教官のデスクにある液晶に自分の情報が映っていることに気が付く。この教官はあって間もない自分のことを案じてくれていたのだ。


「大丈夫ですよ。それは指標であって、実力を示すものではありませんから。この学園は実力主義なんですよね?」


「そうだな。だが何かあれば直ぐに言ってくれ。なにか質問はあるか?無ければ、そろそろ教室に移動しよう。朝礼だ」

 

 時刻を確認すると八時三十分になろうとしていた。


「質問はありません。ありがとうございました」


「では行くか」

 

 藤野瀬教官は立ち上がり教職員室を後にする。アキラも続いて廊下へと進む。

 教職員室から教室へ向かう廊下。

 アキラはくすりと笑みが零れる。


「どうかしたか?」


「いえ、すいません。これからが楽しみで」


「そうか?まあ楽しいかどうかはお前次第だがな」

 

 藤野瀬教官は、一人で笑い出したアキラを見て「変わった奴だ」と教室へ足を進める。

 アキラは教職員室に到着する前に獅子堂生徒会長から言われて言葉を思い返していた。

 

 生徒会長に手合わせを断られ少し、機嫌を悪くしていたアキラに気づいたのか自分と戦える方法を教えてくれたのだ。


「この学園は序列が全てだ。個人間の決闘や成績によって序列は付けられている。だが序列一桁に挑戦するには資格が必要だ」

 

 先ほども言っていた「安売りはしていない」という意味だろうか。


「資格?」


「例を挙げるなら学年末の成績上位十名だったりだな」

 

 確かにわかりやすい資格だなとアキラは考える。しかしそれには問題がある。


「学年末では時間がかかり過ぎる」


「言うと思ったよ。あとは試験とは別に序列に変動が発生する特別課題があるな。一年生だと六月にある学年序列戦になる」


「六月……」

 

 そうなると、アイツの謹慎も解けているだろう。

 次ははっきりと決着をつける。

 この実力が全ての学園では退屈せず楽しめるかもしれない。

 

 アキラは気持ちの高ぶりを自覚し目を見開く。

 その瞳に廊下の窓から光が射すと左目だけ薄っすら赤みを帯びていた。


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