第1章.戦闘狂と実力至上主義の学園

第1話 戦闘狂は遅れてやってくる

 花弁もすっかり落ち、青々とした葉は陽の光で斑模様を地面に描く。

 四月も三週目が終わろうとしている。


「四月も半ばで二回目の登校、まあ門を見るのは受験も含めれば三回目になるわけだけど」

 

 帝国ていこくりつ日輪ひのわ学園がくえん

 極東大和やまと帝国が運営する三つの国立学園の内が一つ。

 世界を侵略し、人類の存亡を脅かす外界侵略型敵性生物、通称『外敵アウター』へ対抗するための魔装士マギアと技術者を育成するための公的機関である。

 

 そんな学園の門の前に人影が一つ。

 ブレザー式学生服の胸ポケットから学生証端末を取り出し認証機器に翳す。


八咫やたあきら 魔装士科1―Ⅾクラス 序列未認定』

 

 八咫晶

 それが人影の名前である様だ。

 認証機器の液晶には受験時に提出したバストアップ写真が映し出される。


 外見だけ見れば美少女とも見える細身の体躯に整った顔立ち。丸く大きな黒い瞳、艶のある黒髪はもう少し長ければ、一目では性別の区別は着かないだろう。しかし喉元ははっきりと隆起し生物学上男性であることは見て取れる。


『学生認証確認 開門します』

 

 機械音声と共に門が開く。当然正門ではなくその横にある通用門ではあるが。

 黒髪の少年、アキラは門を潜り学園敷地内に足を踏み入れる。

 周囲を見渡しながら整備された歩道沿いに足を進めていくと校舎らしき建物群が並び立っている。


「てか、教室どこだっけ?」


 アキラはとある事情にて入学式以降、自宅での謹慎処分を言い渡されており碌にクラスの場所も確認することが出来ていない。

 

 こんなことなら、素直に姉さんを頼るべきだったと、後悔しながらふらふらと彷徨う。

 現在時刻は七時三十分少し過ぎ。始業の時間が九時であるため、学生の姿も殆どない。いよいよ如何したものかと途方に暮れていたところ、金属の激しく打ち合うよう音が聞こえる。

 

 誰かが戦闘訓練でもしてるのか?

 この部屋は……シミュレーション室、入ってみるか。

 

 アキラが好奇心に負け入室するとシンプルな直剣を持つ白髪の男性と四つ足に巨大な顎を持ち四メートルを超えるだろう体躯を持つ竜を彷彿とさせる外敵が戦闘を行っていた。

 

 シミュレーションとあったように恐らく仮想体ではあるだろうが。

 あのサイズの竜型、亜竜か。純粋に耐久性、持久性に優れ、ブレスや薙ぎ払いといった驚異的な力を持つ。あのレベルの外敵だと学生レベルで相手するのも厳しいはず。

 

 アキラは白髪の男に目を向けながら、その一挙手一投足に注視する。

 主な魔導器装マギは直剣型。刀身は魔素マナが発する白銀の光で覆われている。

 

 魔導器装・直剣型Ⅰ式Ver.3.2

 セントライア魔導機構が開発、販売をしている量産型魔導器装


 基本的な直剣型で魔素伝導率、放出力はバランスが良く特殊機構も無いため汎用性に重きを置いた作りになっている。装飾として青味がかった刀身に赤色の二本線は第三世代に二回のアップデートを重ねているためだ。


 それにしても、刀身に纏う魔素のコントロールは洗練されており、魔素強化特有の表面上の揺らぎが一切見られない。そして間合いの把握は最早芸術といって良いだろう。ブレスや踏みつぶしも、まるで相手が外しているかの様に直撃することが無い。

 

 竜型の外敵も近距離での攻撃は諦め、顔を上げ息を吸い込むように大きな溜めを作り全方位へのブレスを構える。しかし白髪の男もその溜めを見逃すはずもなく、懐に入り込み膝蹴りで下顎を蹴り上げる。そしてその勢いそのままに身体を捻るように回転させ装甲の薄い腹部へ大ぶりの一閃。

 

 胴の三分の二が裂ける。いくら耐久性に優れた竜種としても致命傷になりえる一撃だ。


『演習を終了します』

 

 アキラが見学を初めて時間にして一分と経っていない。

 見学開始時には学生レベルではないと考えていたが、それは間違っていた。


「防衛隊でもエース張れるだろ」

 

 卒業後の主だった進学先である防衛の要である防衛隊。その中でも一騎当千を誇るエースと言われても可笑しくない。それほどの動きだった。

 

 アキラの独り言で気が付いたのか白髪の男がこちらに向って来る。


「エースか。そう言ってくれるのはありがたいが、私などまだまだだよ。しかし、この時間は誰もシミュレーション室を使わないと思っていたが、予約していた生徒か?」

 

 白髪の男は汗を拭いながらアキラの前に立つ。


「いいえ。道に迷ってしまって。勝手に見学してしまい申し訳ございません」


「道に迷った?その袖のラインを見るに新入生か。だが最初のオリエンテーションで一通り案内されるはずだが」


「込み入った事情で今日が二回目の登校なんですよ。オリエンテーションも受けれていなくて」

 

 怪しまれている。仕方がないとはいえ自分から言いづらいことではあるため苦笑いを浮かべながら言葉を濁す。


「二回目?もしや君は問題児の片割れ。副会長の……」


「も、問題児……姉さんの知り合いでしたか」

 

 アキラは自分に対する学園での認識に愕然としながらも、説明の手間が省けるため事情を知っている人物であるとわかり安堵する。


「しかし、副会長からは弟と聞いていたんだがな。聞き間違ったか?」


「間違っていません。僕は正真正銘、男です」


「そ、そうか。すまない」

 

 食い気味に否定する。この手の間違いははっきりと主張しておかないと、ああこいつはこういう扱いで良いのだと、自ら肯定してしまっているようなものだ。それがコンプレックスであるなら尚更である。


「ところで、姉さんから聞いていたとの事ですが、知り合いですか?」

 

 アキラの知る姉は多忙である上に性格的に友人の多い方ではない。そんな姉と知り合いとなるとどういう関係か気になるものだ。それが顔の良い男なら尚更だ。


「ああ、自己紹介がまだだったか。私はこの学園で生徒会長をやらせてもらっている。獅子堂ししどうつかさだ」

 

 白髪の男。獅子堂は白い歯を見せながら「よろしく弟君」と手を差し出す。

 

 なるほど、先ほどの戦闘。魔素コントロールの技術。生徒会長。

 話は聞いていた。この学園の現序列一位。二年生の時点で防衛隊へ入隊が内定している。清廉潔白な在り方。本領を発揮した際の様相から『白銀騎士はくぎん』と呼ばれる、姉さんが唯一勝てなかった男。

 

 アキラは高鳴る胸の内が隠せず、口角が上がるのに気づきながら握手を返す。


「あの白金騎士とは知らず、申し訳ございません。僕は魔装士科一年、八咫晶と言います。姉さんがいつもお世話になっています」

 

 獅子堂は困った顔で「その呼び方は出来ればやめて欲しいんだが」と前置きをする。


「君は本当に聞いていた通りだな。少し、というか大分好戦的過ぎる」

 

 アキラの表情からは戦ってみたいという意思が犇々と伝わってくるのだろう。獅子堂は引きつった笑顔を見せる。


「わかっちゃいますか。だったらさっそく……」


「無理だな。序列一桁というのはそんなに安売りしていないんだよ」

 

 獅子堂は毅然とした態度でそう言い切る。その圧にアキラは押されながら「だったら一合」と食い下がるが、獅子堂は「そして」と続ける。


「あと君はまず、教職員室に行くべきだ」


「あっ」

 

 アキラは完全に自分が道に迷っていたことを忘れていた。

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