第4話 大文字山に登る(前編)
銀閣寺へと続く道は、これが銀閣寺の参道にあたるのでしょうか。それこそ「銀閣寺道」の名前で呼ばれる道路かもしれませんね。
いずれにせよ、まだきちんと舗装された道路です。ただし、いかにもという感じのお店が左右に並んでいて、観光客らしき歩行者でいっぱい。とても車が入れる状態ではありませんでした。
この「観光客らしき歩行者でいっぱい」という光景も、私の目には新鮮に映りました。京都に住んでいた頃、銀閣寺そのものに来たことはなくても大文字山は頻繁に訪れていたのだから、この道もさんざん通ったはずなのに……。
そう思ったところで、ふと気づきました。かつて私が大文字山に登っていたのは、大学が終わった後の夕方どころか、それからさらにサークル活動も終わった夜の時間帯。あるいは、一人だけとか親しい人と二人ならば、もっと遅い真夜中の場合もあったほどです。
なるほど、人の少ない時間帯ばかりだったのだから、こうして賑わっている様子が新鮮に見えるわけですね!
前回のところで「真っ直ぐ行けば銀閣寺へ突き当たるような気もするし、突き当たりを右へ曲がるような気もするし」と書きましたが、正解は「真っ直ぐ行けば銀閣寺へ突き当たる」の方でした。
私の目的地は別なので、その突き当たりを左へ曲がります。ほんの2、3分も歩かないくらいで小さな神社があり、そこで道は90度右へ曲がる格好。そのまま進めば、いよいよ舗装された道路は終わり、山道へと繋がります。
ただし茶色ではなく灰色の道なので、土の道というより砂利道といった感じでしょうか。とりあえず、これが記憶にも強く刻まれている大文字山への道。昔は意識していませんでしたが、その最初の辺りに「大文字入口」の標識もありました。
昔意識していなかったといえば、途中で登山の案内図みたいな掲示板も。その案内図では、赤く引かれたラインが登山道のようで、大文字の「大」、その一画目の横棒の左端へと繋がっています。私の認識している一番メジャーな登山道ですね。
とりあえずは、灰色の小石まじりの道をしばらく歩くのですが……。
まだここは道幅も広く、通り抜けできないから入ってこないだけで、車だって通行可能なくらいの幅があります。右側には沢といった感じの水も流れていて、まだまだ山中という雰囲気はしません。
だからこの部分は、本格的な山道に入る前の、擬似的な山道と思っていました。道もまだまだ緩やか……という記憶だったのに、いざ歩いてみると、既に勾配が結構きつい!
あれ、こんなにきつかったっけ? そう思ってしまうのは、それだけ私が歳をとった証なのでしょうね。
山の上の開けた場所まで、大学生だった頃は何度も登りましたし、一度だけですが二週間か三週間くらい、毎晩登ったこともあります。なまじ京都は神社も寺も多過ぎて、個人的に一番神聖な場所と思えるのが大文字山の上だったので、百夜参りみたいなつもりでした。ただし途中でそれ以上続ける必要もなくなり、その時点でやめたので「二週間か三週間くらい」で終わったのですが……。
まあ、そんな話は余談としても、それくらい昔は頻繁に、気軽に大文字山に登っていたのですよ。だけど今思えば、それも若くて健康だったからこそ出来たことだったのですね!
最初の「大文字入口」からちょうど10分歩いたところで、右手の沢に橋がかかっています。これも昔は意識していませんでしたが、この橋には「大文字山(火床・三角点)」と書かれた矢印付きの板もついていました。
これを渡れば、いよいよ土の道。本格的な山道です。
かつて慣れ親しんだ大文字山。その山中を進んでいく道も、ただ登るだけで懐かしくなるほどです。ただ先ほどの灰色の道と同じく、自分の記憶していたよりも険しい、思った以上に本格的な山道でした。この辺りの感覚の齟齬も、私が歳をとった証なのでしょうね。
でも、それはそれで楽しくて、どんどん登っていくと……。
土の道へ入って15分弱の辺りで、少し広い場所に出くわしました。
まだまだ山の上ではなく、いわば麓。「少し広い場所」の周りは木々に囲まれていますが、明らかにメインの登山道と思われるルート以外にも、木々の間に獣道っぽい、いや獣道にしては広いくらいの、道らしきものがいくつか見えます。
あくまでも「道らしき」に過ぎないので、きちんと奥まで続いているのか、あるいはすぐに木々に阻まれて行き止まりになるのか、実際に行ってみなければわからない感じ。
でも、その「少し広い場所」の景色には、なんとなく見覚えがあり……。
そもそも私の記憶では「途中で分岐点がある」というのが、今回ルートにしている登山道です。
途中で目にした掲示板の案内図では「大」の一画目の横棒の左端へと繋がる道しか描かれていませんでしたが、それはその道が一番楽だからこそ。
ちょっと勾配がキツくなりますが、「大」二画目の左斜めの線だったり、三画目の右斜めの線だったりに沿った道もあるのです。ほら、大文字焼きの際は二画目や三画目も炎で形成するわけで、それらの火床が設置されており、火床が設置されているということは当然、その火床へ至る道や火床に沿った道もあるわけです。
まあ今回入山してきたルートは「大」という字全体の左側から上がっていく形なので、ここから三画目の右斜めの線へ行くのは遠回り。そちらへ行きたかったら、もっと南の入山ルートを使った方が良いし、学生時代も三画目の火床に沿った道は、一回か二回くらいしか通った覚えがありません。
しかし「大」二画目の左斜めの線の方は、話が別。メインのルートが「『大』の一画目の横棒の左端へと繋がる」ということは、全体的に「大」の字の左側を大回りする形であり、ならば直接「大」の字の中に入り込んで、二画目の左斜めの線に沿って登った方が近道なわけです。
実際、かつてこの「左斜めの線に沿って」という道は何度も通ったものでした。
久しぶりの大文字山……というより、もう二度と訪れる機会もないとしたら、これが人生最後の大文字山登山です。せっかくなので普通すぎるルートは避けて、「大」二画目の火床に沿って登っていこう。そこへ通じる道へ出るには、この奥へ入る必要があるはず……。
そう思った私は「土の道へ入って15分弱の辺り」の「少し広い場所」にて、メインの登山道から逸れて、木々の間へと入っていったのでした。
途中で行き止まりになったら引き返せば良い。行き止まりにならないならば、それなりに使われているルートのはずであり、火床への道に繋がるはず。
そんな楽観的な思いとは別に、少しだけ「そうやって山道を舐めていると大変な目に遭うんだよなあ」という考えも頭をよぎったのですが……。
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