第6話 拒絶の決意
「エレノアお嬢様、危険です! 出てはダメです」
「大丈夫よ。何かあったら、すぐ戻るから。待っていなさい」
「お待ち下さい!」
使用人たちの制止の声を振り切って、私は馬車の外に出た。
薄暗い夜道に、レイモンドが立っていた。その口元に浮かぶ不吉な笑み。彼の姿を見てため息が出そうになるけど、ぐっと我慢して、普通に向かい合う。
「出てきてくれて、ありがとう! 君の顔を再び見ることが出来て、嬉しいよ!」
「それで、話って?」
すぐ馬車に戻れるように、彼からは距離を取って返事をする。こんな夜道で、長く話していたくないから。さっさと彼の目的を聞いて、おさらばしたい。
「俺が間違っていた。ただ女性と仲良くしていただけで、そこまで君が気分を害するなんて思わなかったんだ。あれは浮気に見えても仕方ないけど、君も勘違いしていただけなんだ。それを理解してほしい」
レイモンドは、とぼけたように言い訳を始めた。ヘラヘラとした態度で、到底反省の色は見えない。
自分も悪かったけれど、私も悪かった。彼は、そう言いたいらしい。だけど適当な言葉が空虚に響く。本当に反省しているなら、もっとちゃんとした謝罪が必要なはずでしょ。そして、浮気するような自分を変える必要があるはず。そのことに関しては何も触れず、私に理解してほしいと求めてくる。
やっぱり彼は、反省しているようには見えない。
「それで?」
「いや、だから。もう一度、ラザフォード家への支援を頼みたいんだ」
案の定だ。私を呼び止めたのは、そのためということね。予想通りで、なんの面白みもなかった。その答えは、既に決まっている。
「もう婚約破棄の手続きも全て済ませたらしいので、私に頼んだって無駄よ」
「な、なんだと!」
予想外の返答に、レイモンドは驚きを隠せないようだ。傲慢さが垣間見えた笑みは消え、焦りの表情に変わっていく。そして、怒りの表情へ。
「どうにかして、その手続きをなかったことにしてもらうよう、君から――」
「だから、無理よ」
「俺が頼んでいるのに、聞けないっていうのか!」
拒絶に動揺したレイモンドは、語気を荒げて私を脅そうとしてくる。だが、そんな脅しに屈するのは嫌だ。突然彼に襟を掴まれた時のことを思い出して、恐怖が表情に出そうになるけれど、なんとか我慢する。冷静さを装いながら返した。
「当然でしょ。もう私と貴方は、なんの関係もない他人。そんな男に命令されて従う義務はないわ」
「……ッ!」
反論の言葉に詰まったレイモンドは、次の瞬間、地面に当たりそうなほど深く頭を下げた。
「この通り、頼む! ラザフォード家のために、もう一度考え直してくれ!」
そんな謝罪に価値はないし、私の心は揺るがない。こんな男の言葉に、惑わされるものかと思った。これ以上、付き合うのは無駄だ。話し合いを終えましょう。
「だから、何度頭を下げても無駄よ。私には、どうすることも出来ない」
「俺が、ここまでしてお願いしているというのに、断るなんて卑劣なッ!」
浮気している人に言われたくないわね。そう思っていると、レイモンドが私に詰め寄ってきそうな気配を感じたので、捕まらないように私は急いで馬車の中に戻った。
「話し合いは終わり。出して!」
「ま、待てっ! まだ話し合いは! エレノアッ!」
私が指示を出すと、待機していた御者が馬車を急発進させた。猛スピードで馬車が走り始める。
背後から、レイモンドの呼ぶ声が聞こえてくるが、もちろん待たない。あれで話し合いも終わり。彼の目的もわかった。つまり、自分の都合のためにラザフォード家を元通りにしたいだけ。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
「ええ、問題ないわ。でも、あの男とは二度と関わりたくないわね」
使用人の問いかけに、私は即答した。もう、レイモンドに対する未練はない。
レイモンドの目的は把握した。ラザフォード家が大変だから、前の状況に戻したいらしい。だが、その態度は最初から最後まで軽薄だった。焦りや怒りをあらわにするばかりで、本当に反省している様子は感じられない。
これは、学園でも絡んでくるかもしれない。次はどんな手を使ってくるのかしら。警戒しないといけないわね。この件は、お父様に相談しておきましょう。
追い詰められたレイモンドは、私に頼るしかないと考えているのかもしれない。でも、私は彼の期待には応えない。彼との関係は、もう過去のものなのだから。
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