第5話 切り替えて
「はぁ」
胸にポッカリと穴が空いたような気分だった。学園で初めての出会いを果たして、これから一緒に頑張っていくつもりだった。そのために、花嫁修業も頑張ってきた。
特に力を入れたのは領地経営の勉強。次の当主になる予定の婚約相手だったので、きっとその方面は勉強しているだろう。女性の私が口出しするのなんて余計なお世話かもしれない。だけど、少しでも経営の知識を入れておけば、いつか彼の力になれる日が来るのかもしれない。そう思って、私は必死に勉強した。
税制や農業、商業に関する本を片っ端から読み漁った。時には現地を訪れ、実情を学ぶこともあった。知れば知るほど、領地経営の奥深さに魅了された。
私なりに提案できることがあるのではないか。そんな期待を胸に、勉強に励んだ日々が懐かしい。
だけど、今はもうすべてが虚しい。私の努力は無駄になった、というわけではないと思う。けれど、喪失感がすごい。これは、しばらく長引きそう。頑張ったんだけどなぁ……。
まさか、婚約相手があんな男だったなんて。
もしかしたら事前にお相手と会わなかったのは、遠ざけられていたからかもしれない。お父様が会わないように調整していたのかもしれない。その間に、なんとか彼が自分の行いを反省して、良い方へ変わるように願っていたのかも。
結果的に、婚約を破棄することになってしまったけれど。
そうだとすると、お父様の配慮に感謝しなければいけない。お父様がいなければ、もっと早くに彼と会っていたかもしれない。
そうなっていたら、私は彼と多くの時間を共にしていたかも。
そうすると、彼に対して情が湧いて引き返せなくなっていたかもね。
とにかく、彼と事前に会わなくて良かった、ということ。
でも、結婚する前に発覚して本当に良かった。あんな男だとは知らずに結婚して、後から真実を知ったら大変だっただろうな。裏で浮気されまくる、愚かな妻になっていたかもしれない。そうならずに済んだと考えると、今のショックも少し和らぐ気がする。
とにかく、今回の失敗を受け入れて、新しい婚約相手を探さないと。今度は、失敗しないように。
おそらく、お父様が既に動いてくれていると思う。けれど、私も学園では積極的に動きましょう。もちろん、既に相手が決まっている男性にアプローチをかけるつもりはない。元婚約相手のようなことにはなりたくないから。
私は、学園での交流を意識的に増やしていった。新しい出会いに心躍らせながら、魅力的な人物との出会いを願った。
「ん?」
そんな、ある日のこと。学園の知り合いに誘われて参加したパーティーの帰り道。馬車が急に止まった。どうしたのかと思った時、馬車の外から聞き覚えのある声が。
「それに乗っているのはエレノア、だろ? ちょっと君と話したいことがあるから、馬車から出てきてくれないか?」
「……どうして、彼が?」
レイモンド。元婚約者からの突然の呼びかけに、私の心臓は跳ね上がった。なぜ、彼がこんな夜道に? 私が通るのを待ち構えていた?
一体、何の用なのだろう。婚約を破棄して他人になった私に、どんな用事があるのかしら。わからない。
無理やり馬車を足止めして、外に出て来いという。あまり良い方法ではないわね。それに、私にはレイモンドと話したいことなんて一切ない。
でも、彼の目的も知っておきたい。どうして私に会いに来たのか、直接聞いて確認しておくべきよね。
「ふぅ」
とりあえず、馬車を出る前に深呼吸をして心を落ち着ける。覚悟を決めて、馬車の外へ。さて、どうなるかしら。
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