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翌日。自転車を走らせて高校まで向かうのだけれど、相変わらず野次馬は絶えない。なんか、『週刊新春』とかいう大手週刊誌の記者もいたような気がするんだけど、そんなことを私が知ったってどうにもならない。
そして、2年B組の教室に入ると――いつも通り、瀬川杏奈が待っていた。
彼女は、私が席に座るのを見て鼻を鳴らした。
「ふふん」
――気持ち悪いな。とはいえ、何か幽霊屋敷について分かったことでもあるのだろう。私は彼女から話を聞くことにした。
「そんなに鼻を鳴らしちゃって、何かあったの?」
「実はさ、幽霊屋敷についてある情報を手に入れたのよ」
「情報? それ、詳しく教えてくれない?」
「良いわよ。――幽霊屋敷って、色々と情報が
「うん。それで、『イタズラ遊びをしていた男女が何者かに殺されたこと』なんだけど……どうも、殺人鬼らしき人間がまだ豊岡の中に潜んでいるって話なのよ」
「マジで?」
「マジよ? ――まあ、私のお父さんの受け売りなんだけど。杏奈ちゃんや慶次くんが見ていたオカルト話の蒐集サイトがあったよね? アレ、私のお父さんが作ったモノだったのよ」
「そうだったのね。妙に情報が細かいと思ったら」
「お父さん曰く、殺人鬼は『豊岡のジェイソン』とのことであり、幽霊屋敷で発生した惨殺事件にもかかわっているって話なのよ。そして、神崎友美恵に関しても『既にこの世にいない』って言ってたわ」
「そ、そんな……」
口を抑えながらドン引きする瀬川杏奈に対して、私は例の件について話した。
「それと、もう一つ話に付け加えなんだけど、貫抜雪衣の死因、交通事故は交通事故でも――ひき逃げだったって話よ? なんでも、ひき殺したのは『豊岡のジェイソン』だとか」
「じゃあ、貫抜雪衣は……」
「多分、『豊岡のジェイソン』に殺されたんだと思う」
「そっか……」
「そんなこと言わずに、授業を受けよう。チャイム鳴ってるし」
「そうね……」
少し暗い顔の瀬川杏奈を横目に、私は1時限目の授業の準備をすることにした。
*
その日の授業は6時限目まであった。とはいえ、水曜日なので部活はない。
ならば、このまま帰るまでだろうと思ったけど、少し気になったことがあったので、私は図書室まで向かった。
*
図書室に向かったところで、貸出カウンターには誰もいない。私が見ていた貫抜雪衣は、幽霊だったから当然だろう。私は持ってきた立志館大学の赤本を開いて、勉強することにした。
図書室には私以外に誰かいるはずでもなく、雨音だけが鳴り響いていた。――雨が降ってきたのだ。
その日の降水確率は40パーセントって言っていたから「傘がなくても大丈夫だろう」と慢心していたが、結果として私の慢心で泣きを見たことになる。両親に迎えに来てもらおうにも、仕事中だから迷惑はかけられない。さて、どうすべきだろうか?
そんなことを思っていると、引き戸の音がした。――誰かが図書室に入ってきたのか。
「――おう、梓」
どうやら、図書室に入ってきたのは菅原慶次だったらしい。
「慶次くん、どうしたの?」
「なんとなく、お前のことが気になったんだ。お前、最近元気なかったからな」
「そう? 私は元気だけど」
「オレは見透かしているぜ? お前の顔色、悪いからな。――これ、チョコレートだ」
そう言って、彼はチョコレートを私に手渡してきた。――いちご味か。ありがたく頂こう。
チョコレートを食べながら、私は話す。
「それにしても、どうしてここが分かったのよ?」
「お前、部活がない日は常に図書室に向かっているのを見てたからな。その赤本、立志館大学のモノだろ?」
「確かに、そうだけど……」
「オレですら、高校を卒業したら地元での就職を考えてるのに、お前は真面目だな」
「そうは言うけど、どうして慶次くんは大学を諦めたの?」
私がそう言ったところで、菅原慶次は――悲しそうな顔をした。
「オレ、こんな見た目じゃん。だから、地元でも鼻つまみ的な扱いを受けているんだ。どうせ、大学にすら行けない。その点、お前は常に赤本を持ち歩きながら勉強している。羨ましいぜ」
「そうかなぁ……。まあ、慶次くんがそう言うなら、そうなんでしょうね」
「――まあ、オレも『ヤンキーになりたくてヤンキーになった』訳じゃねぇんだけどな」
「ヤンキーになりたくてヤンキーになった訳じゃない? ――それ、詳しく説明してよ」
「おう、いいぜ」
そう言って、菅原慶次は自分のことを説明した。
「オレ、言うまでもなく中学生の時はヤンチャをしていたんだ。ほら、第二中学校は常に『荒れている』ことに定評があったからな。そして、『荒れている』という悪評を作り出していた原因の1つがオレだったって訳。何度も警察から補導されているからな」
私は、菅原慶次の自慢話を――やんわりと否定した。
「それ、自慢話じゃないと思う」
「そうだな……。そういう訳で、オレはヤンキーとして生きている以上、未来なんて望めないんだ」
「そうは言うけど、未来は自分で作るモノだと思う。私はそうやって生きてきたから」
「そうか。――もしかして、お前……オレのことが好きなのか?」
そんな訳ないじゃないの。――私は否定した。
「別に。好きでも嫌いでもないし。ただ、『幽霊屋敷の謎を追っている』という利害関係が一致しただけよ」
「お、おう……」
私、変なことを言っちゃったかな? 菅原慶次は、凹んだ顔をしていた。
ふと、スマホを見ると時刻は午後6時になろうとしていた。――流石に帰らなければ。
「それじゃ、私はこれで。――また明日、会いましょ」
「おう、待ってるぜ」
そう言って、私は自宅へと帰ることにした。
登校ルートには当然幽霊屋敷も含まれているのだけれど、流石にこの時間になると野次馬もまばらだ。
そういう野次馬をスルーしつつ、私は自宅まで自転車を漕いでいた。
*
自宅に帰ると、母親が台所に立っていた。
「梓、おかえり。水曜日にしては遅かったじゃないの?」
私は、母親の言葉に対して適当にごまかした。
「まあ、進路相談のこととか、色々あるから……」
「そうね。私は梓に対して無理強いはさせないつもりだから」
そう言ってくれるだけで、私の母親は優しいのかな。
「とりあえず、お風呂入ってくる」
「分かったわ。――そう言うだろうと思って、お風呂は沸かしておいたから」
*
当たり前の話だけど、湯船には私以外誰もいるはずがない。
昨日、貫抜雪衣の幽霊をこの目で見たのは確かだけど、多分、それって――いわゆる幻覚なのだろう。私、疲れてるのかな。
なんだか、ゆずの香りがするな。恐らく、発泡剤を入れてくれたのか。疲れが取れていく。
*
その後も浴室で色々と考えていたのだけれど、特にこれといって変わったことはなかった。貫抜雪衣の幽霊を見たということもない。
私はなんとなく安心しつつ、浴室から自分の部屋へと戻った。そして、改めて赤本を読むことにした。
とはいえ、やはり幽霊屋敷の件は気になって仕方がない。これ以上、「豊岡のジェイソン」の好きにはさせない。
でも、今はそんなことを考えている暇はなく、こうやって赤本を読みながら勉強をしているのだ。
――もしも、この何気ない日常が「故意的に作られたモノ」だとしたら?
そんなことを考えていると、とても勉強する気分にはなれなかった。
ふと、窓を見ると――外は、いつも通りの夕焼けが見えている。そして、スマホの日付は……9月26日と表示されている。なんだ、ホラー小説でよくある展開――無限ループ――ではないじゃないか。
その時点で、私は安心しきっていた。母親から「夕飯の支度ができた」と言われていないので、まだ勉強しようと思って、机に目をやった。
「――小田島さん?」
えっ? 私以外に誰かいるの?
「――ねぇ、小田島さん?」
この声は、貫抜雪衣か。――もう、彼女のことについて考えるのをやめよう。どうせ振り向いたって、誰もいないのがオチだ。
私はそういう邪念を払ったうえで、勉強しようとしていた。しかし、彼女は話す。
「――そこまで言うなら、あなたを殺す」
嫌な予感を覚えつつ、私は後ろを振り向いた。
「――私のこと、助けてくれるんでしょ?」
後ろには、確かに血塗れた貫抜雪衣の姿があった。3度目となると、恐怖に怖気づくことも馬鹿馬鹿しくなる。
私は、彼女に向かって話す。
「どうして、私の前に現れるの? まだ、成仏出来ていないの?」
「小田島さんがそうやって言うのなら、私は成仏できていないんでしょうね」
「そっか。――それで、雪衣さんって……もしかして、『白い服の幽霊』なの?」
どうやら、私の答えは合っていたらしい。
「そうよ。私が高校で噂になっていた『白い服の幽霊』よ。流石に暗いところだと、『自分が血に塗れている』なんて気付かないだろうけど」
「なるほど。――つまり、雪衣さんは『自分をひき殺した相手を見つけるまで成仏できない』ってこと?」
「多分、そうだと思う。――それで、小田島さんにお願いがある」
「お願い? 一体、何なのよ?」
「――私を殺した相手を見つけ出してほしい」
「それ、本当に言ってるの?」
「こっちは本当よ。――じゃないと、いつまで経っても現世をさまようことになるから」
そんなオカルトじみた話、私は信じないと思っていたけど……どうやら、そういう訳にもいかなくなってきたらしい。
私は、覚悟を決めて彼女に話した。
「――それじゃあ、雪衣さんの願いを聞いてあげる。その代わり、条件がある」
「条件?」
「とりあえず――私の友人に会ってほしい。それで、話を進めようと思ってるから」
「友人……。でも、私の姿はあなたにしか見えない。どうすれば良いんだろう?」
「その点に関してなんだけど、私――思い当たる節があるのよ」
「思い当たる節?」
*
最初に幽霊屋敷を探索した時に、私はうっかりあるモノに手を触れてしまった。
それは、神崎友美恵のスマホでなければ、軍部が秘密裏に開発していた「何か」でもなく――霊媒師が幽霊を降ろす時に使う「霊媒」と呼ばれるモノだった。
私はその「霊媒」をただのガラクタだと思っていたのだけれど、よく考えたらそんなモノがただのガラクタな訳がない。確か、丸くて黒い石のようなモノだったと思う。
そして、丸くて黒い石――霊媒――に触れてから、私は幽霊が見えるようになってしまったらしい。
*
「なるほど。確かに『アレ』に触れたら、その時点で幽霊が見えるようになる。そして、小田島さんはうっかり『アレ』に触れてしまった。――どうして、もう少し早く言ってくれなかったの」
「だって、幽霊なんて『いる訳ない』って思ってたから……」
「確かに、普通の人ならそう思うのが相場ですよね。――まあ、それはともかく、明日……幽霊屋敷に来て下さい。もちろん、私の友人も連れた状態でお願いしますね」
「分かってるわ」
そんな「独り言」を話していると、母親が私を呼んできた。
「――梓、夕飯ができたわよ」
「ゴメン、母親が呼びに来たから……あとでね」
「分かった」
そう言って、私は何事もなく――話を終えた。
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少女怪異遊戯 卯月 絢華 @uduki_ayaka
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