3

 翌日。私は瀬川杏奈と菅原慶次に「父親が言っていたこと」を話した。

「――それ、マジで言ってんの?」

 瀬川杏奈は、目を丸くしながらそう言った。

「うん。マジで言ってる」

 菅原慶次は、若干半信半疑な顔をしている。

「オレは信じないぜ? それに、戦時中の話なんてほとんどが嘘だろ? まあ、日本も原爆開発にかかわっていたことは事実だけどな」

「――コホン。あの幽霊屋敷で何が研究されていたか分からないけど、とにかく……神崎友美恵が姿を消したのにはそれなりの理由があるんでしょうね。ほら、チャイム鳴ってるわよ?」

「やべっ」

 そう言って、菅原慶次は慌てて授業の準備をした。――普通、そういうモノって授業が終わってすぐに準備するんだけど。


 *


 授業が終わったところで、私は改めて2人と話をする。――昼休みだし、良いだろう。

「それで、今度の水曜日――改めて幽霊屋敷の中を探索しようと思って」

 私の話に、瀬川杏奈が頷いた。

「良いわよ? どうせ部活もないんだし」

 菅原慶次も、「仕方ない」と思いつつ賛成してくれた。

「仕方ねえなぁ。お前らのアレに付き合ってやるよ」

「じゃあ、そうと決まれば――水曜日の放課後に、幽霊屋敷の前で待ってるから」

 私がそう言ったところで、スマホが鳴った。

 ロックを解除してスマホの画面を見ると、メッセージの送り主は――貫抜雪衣だった。一体、どうしたのだろうか?

 ――小田島さん、今日……お時間よろしいでしょうか?

 ――部活が終わってから、図書室で待っています。

 メッセージはたったそれだけだった。私は彼女のメッセージに対して「OK」を表すスタンプを送信した。既読は付いていたので、多分読んでいるのだろう。――後ろを見ると、瀬川杏奈が画面を覗き込んでいる。

「杏奈ちゃん、どうしたの?」

「いや、別に? ただ、杏奈ちゃんがスマホでメッセージのやり取りをしてるのが珍しいなって思って」

 とりあえず、私は――言い逃れをした。

「確かに、私はまともに『友達』というモノを作ったことがないけど……先輩の話なら、付き合ってあげないと」

「先輩ねぇ……。――そういえば、最近3年A組の子が交通事故で亡くなったって話よ?」

「交通事故? それは気の毒だけど……亡くなった子の名前は?」

「――

 えっ? 私は――悪い意味で心臓が高鳴った。

「どうしたの? 青ざめた顔をしてさ」

「あの、私……昨日、貫抜雪衣と会ったんだけど」

 私がそう言うと、瀬川杏奈は――目を丸くした。

「それ、ホントに貫抜雪衣なの? 別人じゃないの?」

 あまり問い詰められるのも好きじゃないので、私は彼女に対して適当にあしらった。

「確かに、昨日会った女性は『貫抜雪衣』と名乗ってたわ。幽霊なんかじゃなかった」

「それ、怪しいわね。――まあ、とにかく……送られてきたメッセージ通り、今日の放課後に貫抜雪衣と会ってみなさいよ」

「分かったわ。――杏奈ちゃんが話してたことは、彼女に対して秘密にしておくから」

 そんな話をしているうちに、昼休みが終わろうとしていた。次の授業は――英語か。ここは一旦、貫抜雪衣のことを忘れよう。


 *


 放課後。部活が終わってから図書館に向かうと、確かに――図書室の貸出カウンターに貫抜雪衣がいた。

「小田島さん、お待ちしておりました」

 彼女に対して言いたいことはいっぱいあったけど、とりあえず――私は「今言えること」を言った。

「それで、私にどういう用事があって呼び出したんでしょうか?」

 私がそう言うと、彼女は意外なことを言った。

「先日小田島さんと話していて気付いたんですけど、どうやらあの屋敷で行方不明になった子って……友美恵さんだけじゃないらしいんです」

「友美恵さんだけじゃない? それってどういうことなんでしょうか?」

「私のクラスって、3年A組なんですけど……あの時、神崎友美恵と共に『降霊術』を行っていた子も教室から姿を消しているんです」

「それって、誰なんでしょうか?」

「えっと……『浅野緋呂斗あさのひろと』という子です。彼、オカルトオタクで神崎友美恵と共に行動していたんですよ。その証拠に――スマホでの『降霊術配信』にも、彼の姿が映っていましたし」

 彼女に言われた以上、私は例のショート動画を見ていく。――確かに、神崎友美恵以外にも誰かがいる。豊岡商業高校の制服を着ていることから、「誰か」が私と同じ学校に通っている生徒であることは明確だった。

 スマホの画面を見ながら、貫抜雪衣は話す。

「豊岡商業高校のブレザーを着た男子生徒。彼が、神崎友美恵と同じく行方不明になった浅野緋呂斗という子です」

「なるほど」

 そして、私は――うっかり口を滑らせてしまった。

「ところで、貫抜さん――あなた、?」

 そう言いながら前を向くと――貫抜雪衣は、血に塗れた顔をしていた。


「き、きゃああああああああああっ!」


 私は、思わず図書館から逃げ出した。つまり、この2日間――私は死んだはずの生徒と話をしていたことになる。これは、幻覚なんだろうか? それとも――死んだ生徒が成仏できずに幽霊になってしまったモノなのだろうか? そんなことなんて、考えている余裕はなかった。

 逃げながら2年B組に戻ると、菅原慶次がスマホのゲームで遊んでいた。

「おう、梓か。――どうした、そんな怖い顔をして」

「じ、実は……血塗ちまみれた幽霊を見たのよ」

「血塗れた幽霊? お前、幽霊屋敷の謎を追っているうちに頭がおかしくなったのか?」

「まあ、菅原くんならそう言うだろうと思ってたけど。――それはともかく、私が見た血塗れた幽霊って……貫抜雪衣だったわ」

「お、お前……マジで言ってんのか? 確かに、貫抜雪衣は先日交通事故で亡くなっている。それは紛れもない事実だ。――確か、追悼ついとう式の日……お前学校来ていなかったな」

「そうよ。その日はたまたま体調不良で学校を休んだのよ。まさかそんなことが行われているなんて知らなかったから」

「そうだな。――これ、記事だぜ? 所詮豊岡で起きた事故だから、そんな大きな記事じゃないけどな」

 そう言いながら、菅原慶次は自分のスマホの画面を私に見せてきた。

 ニュースの見出しには、「高校生が交通事故で死亡、ひき逃げか」と書かれていた。そして、記事には確かに「死亡したのは豊岡商業高校に通う18歳の女性、貫抜雪衣と見られる」という一文があった。

「この記事が本当なら――私、この2日間……幽霊と話をしてたってことになるの?」

「おう、そうだな。――お前、疲れてるだろ? 今日はとっとと帰って寝たほうが良いぜ?」

 そういうねぎらいの言葉なんていらなかったのだけれど、彼が言うのなら……ありがたく受け取っておくか。

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