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 家に帰ると、父親がリビングでコーヒーを飲んでいた。――どうやら、出張から帰ってきたらしい。

 そして、私の姿を見るなり話しかけてきた。

「梓、ただいま。――これ、お土産だ」

 そう言って、父親は生八ツ橋の箱を手渡してきた。

「これって、生八ツ橋? ありがたくもらおうかな」

「ああ、もらってくれ。僕は梓が喜ぶモノを買ってきたつもりだからな」

 箱を開けると、中には色とりどりの生八ツ橋が入っていた。私はピンク色の生八ツ橋を食べながら、父親と話す。

「仕事で京都に行っていたのは分かるけど、どうして京都だったの?」

「うーん、急に言われても困るなぁ……。でも、京都のお客さんから『御社の製品を気に入っている』と言っていたのは事実だ。――ほら、僕が勤めている会社って『工業用の部品』を扱っているからね」

「部品かぁ……」

「豊岡って、小さな街に見えて――町工場が多い。僕の会社は、そういう町工場から部品を仕入れて、神戸や大阪、京都で売っている。梓も、将来はそこへ就職すべきだ」

 父親はそうやって言うけど、私は――もっとやりたいことがある。

 私は、なんとなく父親に反発した。

「そうは言うけど、私は私の道がある。大学に行ったところで、豊岡に戻って来る気は1ミリもないわよ」

「そうか。――まあ、最終的に進路を決めるのは梓自身だからな。僕は梓に干渉しないつもりでいるよ」

 そんな話をしていると、母親が生八ツ橋に合わせてお茶を持ってきた。そして、私と父親の話に割って入った。

「私も、梓が言う通りだと思う。最終的に道を決めるのは梓自身だし、あなたもあまり就職を強要しない方がいいわ」

「――ああ、倫子の言う通りだな。反省するよ」


 *


 私の母親は、「小田島倫子おだじまりんこ」というありふれた名前である。ちなみに、父親は「小田島達也おだじまだつや」というこれまたありふれた名前である。そして、私は「小田島梓」である。――そんなこと、どうでも良いのだけれど。

 実際、私は「小田島家」というモノに対して不満は持っていないし、将来的に「両親の介護をする」ということも織り込み済みである。でも、今はまだその時じゃないと思っているし、多分――私が両親の介護をすると決めた時には、すでに豊岡という田舎町にいないという可能性もある。

 しかし、高校2年生の半ばということもあって、そろそろ「進路」というモノを真面目に考えないといけないのは事実である。私が行き着く先は、立志館大学なのか、それとも――父親が勤める商社なのか。それを決めるのは、私自身である。

 とはいえ、やはり「幽霊騒ぎ」をなんとかしなければ、進路相談にも勉強にも身が入らない。――これは、マズいな。


 *


「それで、しばらくは出張の予定はないの?」

 私は父親に聞いた。父親の答えは――当たり前のモノだった。

「しばらくはないな。仮に出張があったとしても、日帰りで帰ってこられるような場所ばかりだと思う」

「それはよかった」

 そして、私は――話を「幽霊騒ぎ」へと持っていった。

「ところで、京都に出張に行っていたっていうことは……やっぱり、ちょっとした観光もしていたの? 例えば、平安神宮とか……」

「確かに、平安神宮は行ったけど、それがどうしたんだ?」

「平安神宮って、『陰陽師がいた』って言うよね?」

「陰陽師? ――ああ、そういうことか。厳密に言えば、陰陽師は平安神宮じゃなくて『晴明神社』と呼ばれる場所にいたと言われている。梓、なぜその神社が『晴明神社』と言うかは、知っているな?」

「もちろん。『陰陽師』という役職が出来たきっかけである『安倍晴明あべのせいめい』から取られているんでしょ?」

「正解だ。今年の大河ドラマを見ていたら、常識問題だったか。――それはともかく、陰陽師というのはもともと『朝廷の吉凶きっきょうを判断する』という役割を担っていたが、創作等で『悪霊をはらう』という役職を担っていたとされている。まあ、実際のところ陰陽師という役職は分かっていないことの方が多いんだが」

「なるほど。――それで、この男性……見たことある?」

 私は、そう言って例の「黒衣の男性」の写真を見せた。――あの時、気になったからこっそりスマホで撮影しておいたのだ。

 でも、父親の答えは――私が望むモノではなかった。

「残念だけど、見覚えはないな。――力になれなくてごめん」

「良いのよ。そんなに期待していなかったし」

 話はそこで終わるかと思ったが、父親は――私にある話を持ち出してきた。

「ところで、それって例の幽霊屋敷で撮ったモノか?」

「確かに、そうだけど……それがどうしたの?」

「あれから、僕も僕なりに幽霊屋敷について考えていたんだけど……どうやら、その屋敷は『ただの屋敷』ではないかもしれない」

「ただの屋敷ではない? もしかして――『戦時中は軍部の実験施設だった』とか?」

 私は自信なく口をすべらせてしまったのだけれど、どうやら――言いたいことは分かっていたらしい。

 父親は話す。

「ああ、恐らくだが――高校の近くに防空壕ぼうくうごうの跡があることからも、戦時中に軍部が『何か』について研究していた場所で間違いない。ただ、何を研究していたかは分からないが」

「そうね。――そういうことについて考えても、どうにもならないし」

 私は、そこで話を結んだ。――ただ、「幽霊屋敷」に関する手がかりは得られたかもしれない。

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