第5話

「レイノー様、そもそも私がいてもいなくても変わらないと言ったのはあなたの方ですよ?それを今さら何を言っているのですか?」

「だ、だからだな…。あの時は僕はまだまだ未熟で、君の本当の価値というものに気づいていなかったんだ…。だけど、君がいなくなってみてようやくその存在の大きさに気づいたというか…。どうしても、君には戻ってきてもらわないと困るんだ…!」


口でこそそう言葉を連ねるレイノー様だけれど、そこに私に対する思いが一切ないであろうことは明らかだった。

結局彼の頭の中にあるのは自分の保身だけであり、貴族家としての自分の立場をどう確立するか、クライスとの関係をどうするか、そして最後には…。


「…レイノー様、あなたの頭の中にあるのは私の存在ではなく、その王室令嬢の存在なのではないですか?」

「っ!?」


…私の言葉を聞き、わかりやすくしまったという表情を浮かべるレイノー様。


「私があなたのもとにいた時、ある噂を聞いていました。レイノー様は一人の若い王室令嬢との関係を狙っているのだと。私との婚約関係を築き上げ、すでに相手がいるものという立場をとれば、王室側は油断してレイノー様の接近を許すかもしれない。そうやって彼女の元に近づいていき、最後には王室の後ろ盾を得るのがあなたの最初からの目的だった、という噂です」

「そ、そんなもの…あ、あるはずがないじゃないか…」


一応私の言葉を否定するレイノー様。

しかしそこに普段の強気で自信満々な彼の雰囲気は全く感じられなかった。


「クライスの事が気に入らなかったのは、自分の事を一方的に王室に伝えられてしまったからだけではありませんよね?あなたがひそかに思いを寄せていたその王室令嬢の心を、横取りされてしまったとあなたは考えたのではありませんか?」

「……」

「そこであなたは、私をよびもどして円満な夫婦関係を王室にアピールしようとした。クライスの報告と異なる事実が貴族家で繰り広げられていることを王室側が知れば、クライスはうその報告を王室に行っていたことになり、それは彼の立場を失わせるものとなる可能性が高い。あなたはそれを狙っていたのではありませんか?」

「そ、それは……」


私には、そう思えるだけの確かな自信があった。

なぜなら…。


「あなたもそう思うでしょう?クライス?」

「えぇ、まったくおっしゃる通りです」

「なっ!?!?」


…予想外の人物の登場に、驚きを隠せない様子のレイノー様。

それもそのはず、この人がここにいることは、一切彼には伝えていないのだから。


「クライス!いったいここで何をしている!?…いやそもそも、どうしてお前がこんなところに…!?」

「レイノー様、もうあきらめになられた方がよろしいかと思いますよ…?」

「あ、あきらめ…だと…?」


クライスはもはや憐みの表情を浮かべながら、諭すような口調でレイノー様に言葉を続ける。


「もうこれらの事は、すべて王室側に伝えております。あなたが乱暴な婚約破棄をしたということも、その隠ぺいのためにこうしてミーナ様の元を訪れたということも」

「ふ、ふざけるな…!そんなはずがないだろう!まだ取り戻すには十分な時間があるはずで…」

「無理ですよレイノー様。だって、あなたが先ほどから頼りにされている王室令嬢というのは、私の事なのですから」

「なっ!?!?!?」


…私が見てきた中で一番の驚愕の表情を見せてくれる。

それでこそ、私が疑ったあなたというもの。


「調べてもらえればすぐにわかることだけれど…。私はお父様から相談を受けたの。貴族家の中で、王室に隠れて好き勝手なことをやっている人物がいるって。だから私は正体を隠して、あえて婚約者としてその怪しい人物の元を訪れてみることにしたの。そしたらまぁお父様の予想通りで、あなたは貴族家であることをいいことに好き勝手されていたわね」

「そ、そんな…はずが…」

「ミーナ様の話はうそではありませんよ?その証拠にレイノー様、あなたはずっと私と王室の関係を不審視されていましたよね?どうして私のような一貴族の使用人に過ぎないものの言うことを、王室は真に受けるのかと。それは王室令嬢が私に惚れているからだとあなたは考えたようですが、それは全くの見当違いです。それはむしろ逆であり、私の方が彼女に惚れているのですから」

「……」

「私たちは本当に本当の相思相愛の関係…。でもあなたにはそれを見抜けなかったようですね。まぁそれも無理はないというか、自分の婚約者との関係もまとも築けないようなあなたに、人様の関係を分析できるほどの余裕も能力もなかったことでしょうからね」

「そんな…ばかな…」


私とクライスの言葉を聞いたレイノー様はその場にうつむき、なにやらぶつぶつと言葉を発し始める。


「そ、それじゃあ僕が関係を夢見た王室令嬢は……ただの幻だったというのか……」

「幻ではありませんよ?あなたの前に現実に存在するのですから」

「…なんということだ…。それじゃあ僕はみすみす、王室との関係を自ら切り捨てたというのか…?あれほど望んで欲しがっていた関係を、一度はこの手に掴んでいたというのに…。婚約関係という、この上なく強固な結びつきを実現できていたというのに…。それを、幻影の王室令嬢を追ってしまったために手放してしまったというのか…」

「そうとも言えますね。私とミーナ様は最初からそのつもりではいましたが、レイノー様の行動次第では結果を改めようと思っていました」

「レイノー様が私たちの不安を払しょくするほどの行動を見せてくれたなら、綿sたちはあなたの事を素晴らしい人物だとお父様に推薦までしようと思っていましたのに…。そうなることができず、ただただ残念ですね…」

「……」


レイノー様は悔しくて仕方がないのか、その場にうつむいたまま言葉を発さなくなる。

…まぁ、彼が今後迎えることになるであろう未来を想像したら、そんな姿になってしまうこと無理はないのかな?

少なくとも、彼が思い描いていた逆転ルートはすべて完全につぶされてしまったことだろう。


「それにしてもクライス、まさかここまでうまくはまってくれるとは思ってもいなかったわ」

「すべては最初にミーナ様がお考えになられた計画通りだったというわけでございますね。私としましても、まさかここまで分かりやすくレイノー様が引っかかってくださるとは思ってもおりませんでした」


彼が今回の事態の責任を取らされ、貴族家としての立場を取り上げられる日が訪れた時、私はその時改めて彼に伝えたく思う。

いてもいなくても変わらないのは、果たしてどっちなのでしょう、と。

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