第4話

私がレイノー様から婚約破棄を告げられて1か月ほどの時が経過した時、私たちを取り巻く状況は大きく変化していました。

婚約破棄以後、私はお父様とお母様の元に戻ってまったりとした生活を送っていたのですが、そこにレイノー様が血相を変えて乗り込んできたのです。

彼は私の顔を見るや否や、泣きそうな口調でこう言葉を放ち始めました。


「た、頼むミーナ!!婚約破棄の話は撤回させてほしい!今すぐ僕のもとまで戻ってきてほしいんだ!!」


そのすさまじい様子は、とても偽りの感情からものを言っているようには見られなかった。

私はこれでも彼の元婚約者で、彼の性格や振る舞いもそれなりにこの目で見てきた。

そんな中で、今私の前に広げているような姿は一度も見せたことがなかった。

…つまり、彼は本気で私との婚約関係を破棄したことを後悔しているということになる。


「どういうおつもりですか?今更なんの話もなく一方的にそんなことを言われても、素直に受け入れられるはずがないでしょう?」

「そ、それはそうなのだが…。しかし、どうしても君には受け入れてもらいたい…。すぐに僕のもとに戻ってきてもらわらないと困る事態になってしまったんだ…」


その額に冷や汗をかきながら、レイノー様は心から動揺している様子でそう言葉を発する。


「だから、説明していただかないと分かりません。いったい何があったのですか?」

「じ、実は…」


レイノー様は非常に神妙な面持ちを浮かべたまま、自分のもとに起こったすべてを話し始めた…。


――――


「ど、どういうことだクライス!!」

「どういうことだと言われましても、私はなにも間違ったことはしていないつもりですが?」


ミーナを追放してからしばらくの時が経過したある日の事、レイノーはそれまでに見せたことのないような雰囲気でクライスに詰めかかっていた。


「なんでこの僕の権限が喪失される王室決定がなされているんだ!!!このままじゃ僕は貴族家としての立場を失ってしまう!!いやそれどころか、あいつはみすみす貴族としての位を取り上げられたみじめな男だと笑いものになってしまうじゃないか!!クライス、これは一体どういうことだ!!」


そう、実はつい先日、王室からレイノーのもとに一通の手紙が届けられていた。

最初レイノーはその手紙を手に取った時、これは自分の事を気に入った王室側からの懇意の手紙に違いないと考えていたものの、その中に実際に書かれていたことは彼の想像したものとは正反対のものだった。


「クライス、お前が僕の貴族位をはく奪するべきだと王室に進言したらしいじゃないか!!一体どういうつもりだ!!今までお前の面倒を見続けてきたのはこの僕だろう!!にもかかわらずこんなやり方で僕の威信に傷をつけるなど、裏切り行為ではないか!!」


レイノーが言っている通り、クライスはレイノーの事を貴族として相応しい人間ではないということを、ひそかに王室に報告していた。

それだけではなんの動きもなかったことだろうが、王室にはクライスからの報告に答えなければならないだけの理由があったのだ。


「レイノー様、よくよくお考えになってください。すでに婚約者として結ばれていたミーナ様を一方的に追放され、あなた自身は彼女よりも上と認める方に乗り換えるなど、とても人様の見本となるべき貴族男性のやるべきことではないでしょう?私はただただその事を正直に王室に報告しただけの事です」

「だが、一使用人のお前の話など王室は聞く耳を持たないのが普通だろう!にもかかわらずその報告がストレートに受け取られる理由など、僕にはひとつしか思い浮かばない…!」

「理由といいますと?」

「とぼけるな!!王室令嬢のレベッカ様がお前の事を気に入っているからだろうが!!当てつけのつもりか!?僕がひそかに彼女の事を狙っていたというのに、向こうはいつからかお前の事を先に気に入ってしまっていたとは…!!」

「さぁ、いったい何のことだかわかりませんね…」


とぼけたような口調でレイノーに言葉を返すクライス。

しかし彼の浮かべる表情は完全に事情を理解しているそれであり、レイノーの事をからかっているであろうことは誰の目にも明らかであった。


「では言わせていただきますが、そもそもはレイノー様が私たちの思いを裏切ったのがすべての始まりではありませんか。あなたが貴族らしい気品あふれる振る舞いを見せてくださっていたのなら、私だってこんなことをすることはなく終わっていました。にもかかわらずこんなことになってしまったのは、ひとえにあなたのせいではありませか?きっとミーナ様だって同じ事をお考えになられていることでしょう」

「お、お前…!!使用人のくせに生意気なことを言いよって…!!」


かつてないほど、クライスに対して憎しみの感情を抱かずにはいられないレイノー。

しかし、彼はすでに理解していた。

ここでクライスに対して反撃などしようものなら、後に王室からそれ以上に大きな反撃を与えられることになるであろうことを…。


――――


「…だから、ミーナ、僕には君との関係をあの時まで戻し、クライスの事を味方につけるしか助かる方法はないんだ…!だから、頼む…!!」

「……」

「君だって本心では、僕からの誘いを待っていたのだろう??この時を期待していたのだろう??なら我慢なんてする必要はないじゃないか!!一緒にあの時に戻ろう!!」


私に対してそう言葉を発しながら、必死に頭を下げるレイノー様。

それに対する私の答えは、もうすでに決まっていた。

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