第3話

――レイノーとクライスの会話――


「はっはっは!クライス、お前が賛成してくれたおかげでミーナの事を婚約破棄することが非常に簡単に実現した!改めて感謝するぞ!」

「とんでもないです、レイノー様。私はレイノー様にお仕えする身なのですから、主のために行動を起こすことは当然です」


レイノーがここまでクライスに感謝をするのには、有る理由があった。


「もともとが貴族家同士の婚約関係、僕の一方的な婚約破棄の宣言だけでは周囲からの賛同を得られない可能性があった。もちろんそれでも強引に婚約破棄を実行することは可能だが、それでは僕の事を見る周囲の目が非常に怪しいものとなってしまう可能性がある。貴族とは他人との信頼関係のもとに成り立っている立場、ミーナごときを追放するためにそんなことになってしまうなど、はっきり言って無駄でしかないのだからな」


そう、レイノーが恐れていたのは周囲からの批判的な目であった。

人一倍プライドの高い性格をしている彼は、周囲からいぶかしげな視線を向けられることを恐れ、そうならない形での決着を模索していた。

そんな中で思いついたのが、クライスを自信に取り込む形でミーナの事を追放するという方法だった。


「クライスが私の優秀な部下だという事は、他の家の連中もよく知っているところだ。そんなお前が僕の案に賛成をしているとなれば、他の者たちも僕の事を疑う気を起こすことなく、そのまま素直にミーナの婚約破棄を受け入れてくれるはず。その読みは完全に的中したというわけだ。…なかなかここまでうまく話が運べるとは思ってもいなかったが、さすがはクライスとでも言うべきか」

「買いかぶりすぎでございます、レイノー様。私はただただ自分が思うままに行動をとっただけの事。後の事は正直、自分でもどうなるか分からないものでした。しかしこうして無事にレイノー様の思惑通りに決着したというのなら、それはやはりレイノー様の実力がすべてだったという事ではありませんか?」

「ふふふ、本当にお前は嬉しいことを言ってくれるな♪」


レイノーの事を持ち上げる気満々のクライスの雰囲気。

そんな状況を前にして、レイノーが調子に乗らないはずはなかった。


「ミーナのやつ、今頃枕を濡らして泣いているんじゃないのか?まぁ無理もないよなぁ、心の底から愛していたこの僕から婚約破棄を告げられてしまったんだからなぁ。誰だって素直に受け入れることなどできない事だろう、それを分からせられてしまったなぁ」


うれしそうな表情でそう言葉を発するレイノー。

そんな彼に対し、クライスはややシリアスな雰囲気を浮かべながらこう質問を投げかけた。


「…それにしてもレイノー様、これからいったいどうされるおつもりなのですか?」

「どうする、とは?」

「…婚約破棄は正式に認められたわけですが、仮にもミーナ様はこれまでレイノー様の事を支え続けてきたわけですし…。このまま一方的に追放して関係を過去のものとしてしまうのは、一貴族家の人間がすることとしてはいささか冷たすぎるのではないかと思うのですが…」

「……」


クライスのその言葉は、非常に彼らしいものだった。

…しかし、そんなクライスに対してレイノーは、ややとがらせたような口調を見せながらこう言葉を返す。


「おいおいクライス、僕にそんなことをする義理などないだろう?もうミーナとの関係は終わったんだ。それも、表面上では向こうが僕の期待に応えなかったから関係を終わったという事になっているんだ。いまさらかける言葉などなにもないだろう?」

「で、ではレイノー様は、もうこのままなにもミーナに言葉をかけることはないと…?」

「当然だ。…まぁ、一部の人間が僕に謝罪するべきだなどと言っているらしいが、僕は決して謝るつもりなどない。婚約破棄に至る筋は通っているというのに、なぜそんなことをする必要があるんだ?」

「……」


…その時のクライスの表情は、それまでにレイノーに対して見せていた物とは少し異なった色調を示していた…。

しかし、そこにレイノーが気付くことはなく、彼は結局最後まで自分の考えを改めるという事をしなかった。


「それが、レイノー様の中における最終決定なのですね?もうこれ以上ミーナ様に関わられることはないのですね?」

「しつこいぞクライス。僕が一度言ったことをまげるわけがないだろう?」

「…分かりました。ではそのように…」

「(…なにか妙なやつだな…。今まで僕にくってかかることなど一度もなかったというのに…)」


クライスの雰囲気に違和感を感じながらも、それ以上なにも追及することをしなかったレイノー。

…この時の行動が後に自分の首を強く締めることになるという事を、彼はまだ知る由もないのであった…。

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