第一章 別れと出会い

第1話 浮気

 俺は劣っていると言われているオメガだ。この世界には男女の他に、第二の姓が存在する。

 それでも公私共に充実していて、世界一のイケメンと婚約している。


「明透、寒くないか」

「大丈夫だよ。宗一郎、ありがとう」

「いいんだ。気にするな」


 今俺の頭を撫でてくれているのは、高校の時から付き合っている婚約者の笠間宗一郎だ。

 黒髪で切れ長の瞳で、メガネをかけている。身長が高くて、スラっとしている。

 筋肉はあまりついていなくて、力は俺と大差ない。少々融通が効かなくて、頑固な一面がある。


 二つ年上で今年の六月で、二十八歳になる。いつも俺に対して紳士的で優しい。

 頭も良くて、仕事もできる。高校に入学して直ぐに、真と演劇部に入部した。

独学で脚本を学んで、それを活かそうとした。


「初めまして、小柴明透です」

「笠間宗一郎だ。何か分からないことがあったら、遠慮なく言ってほしい」

「わ、かりました!」


 宗一郎は友達に誘われて、大道具をしていた。不器用だけど、真っ直ぐで真面目。

 表情は基本的に動かないけど、優しい人だった。俺を見つめる瞳が、優しくて恥ずかしかった。


 後輩の面倒も率先して見てくれて、好きになるのに時間は掛からなかった。

 卒業式の日。思い切って、告白をすることにした。


「せっ、せんぱっ、す! き……でしゅ」

「分かった。付き合おう」


 少し噛みながらだったけど、なんとか伝えることができた。頭を撫でてくれて、彼が卒業すると同時に付き合うことになった。

 一つだけ不満を言うのなら、何もさせてくれない。俺は二十二歳の頃から、小説家をしている。


 BLを書いていて、本名の小柴明透で活動している。純愛ものから、十八禁の作品を書いている。

 ありがたいことに、ベストセラー作家と言われるようになった。とある理由から、顔出しはしていない。


 そのため基本的には家にいて、暇な時間が多い。そんな時はアニメを見るのだが、それでも退屈になってくる。


「ベンチに座ろう」

「そうだね」


 三月の中旬になって、公園の桜並木を手を繋いで歩いている。まだ五分咲きで満開ではない。

 俺が冷え性なのを知って、マフラーを巻いてくれた。このマフラーは去年のクリスマスに、俺がプレゼントしたやつだ。


 彼の好きな緑色のマフラーで、直前まで彼が巻いていたから暖かい。彼に促されて、ベンチに座った。

 当たり前のようにキスをして、互いの熱を確かめ合う。こんなに幸せなのに、欲を出してはいけない。


 その瞬間、フワッと甘くフローラルな香りがした。アルファとオメガには、人それぞれフェロモンの香りがある。

 俺はこのユリの香りが好きで、嫌なことがあっても落ち着いてしまう。


「髪伸びたな」

「うん、最近忙しくて。切ったほうがいい?」

「切らないほうがいい。俺は君のこの綺麗な黒髪が好きなんだ」

「そっか……宗一郎がそう言うなら切らない」


 徐に肩まで伸びた髪を触って、微笑んできた。美容室に行くのも億劫で、中々に難しい。

 陰キャの俺には、中々にハードルが高い。彼が切らないで欲しいなら、このまま伸ばしてもいいかも。


「一週間ぐらいで満開かな」

「満開になったら、花見をしに来よう」

「いいね。宗一郎は、お酒は飲めないからジンジャーエールかな?」

「ああ、おにぎりでも握ろう」

「やった! 宗一郎のおにぎり食べたい!」


 彼の腕に抱きついて、顔を見上げた。俺を見て優しく微笑んでくれて、頭を撫でてくれた。

 俺はこの手の感触が好きで、いつも癒される。世界一大好きで、左手の薬指の指輪を見て幸せを噛み締めている。


 ――――三月下旬。


「すまない。急な仕事が入った」

「いいよ。花見は来年もできるし」


 桜が満開になって、今日は花見に行くことになっていた。しかし電話がかかってきて、会社でトラブルが起きたようだった。

 そのため、彼は何度も何度も頭を下げてくれた。俺は何も気にしないふりをして、欠伸をして答える。


「本当にすまない。この埋め合わせは必ず」

「いいから、行ってきなよ。俺も急ぎの案件が入ったからさ」


 本当に申し訳なさそうに、何度も何度も俺を見て部屋を後にした。バタンと音を立てて、扉が閉まった。


「なんで……」


 その場に体育座りをして、自然と涙が溢れた。俺の弱々しい声が、玄関に響いた。

 彼はかなり大手の会社に勤めていて、四月からは係長に昇進する。仕事も頑張っていて、家事もしてくれている。


 不満に思っていては、バチが当たる。不満があっても、それを口にするべきではない。

 俺の居場所はここにしかない。俺が我慢すれば、それで丸く収まるんだ。


 ――――それから数日後。


「何……これ」


 仕事をしていたら、玄関のチャイムが鳴った。出てみると、書き留めだった。

 差出人はなかったが、編集からかもと思った。部屋に戻って見てみると、彼が知らない人とホテルに入って行くところだった。


「この日付……花見に行けなかった日だ」


 黒髪で背が小さくて、可愛らしい男の子だ。一見女の子に見られるだろうけど、男の子だろう。

 目が大きくて、オトコの娘といった感じだ。左の前髪をピンで留めていて、華奢な見た目をしている。


 年は二十歳ぐらいだろうか。楽しそうに腕を組んでいて、涙が溢れてくる。

 他にも数枚写真が入っていて、楽しそうにデートしていた。スマホの履歴を確認すると、全部出張に行った日だった。


「……典型的な浮気旅行だったのか」


 しかも手紙も同封されていて、五年前から付き合っている。彼と結婚することが決まったから、別れてほしい。

 慰謝料の口座が書かれていて、そこから引き落としてほしい。との旨の手紙が入っていた。


「はは……だから、書き留めなのか」


 正式な紙が入っていて、知識がない俺には見方が分からない。要は口止め料で、騒ぐなってことだろう。

 彼の家は、代々続く資産家の家系だ。そのためこのことが公になれば、大ダメージを受ける。


 そのことを危惧して、この書き留めが用意されたのだろう。膝から崩れ落ちて、手紙に涙がこぼれ落ちた。


「捨てないでほしい」


 俺の弱々しい声だけが、部屋に響いた。ここ数日、彼の態度がよそよそしかった。

 花見をドタキャンしたのも、俺に対しての愛情がなくなったからだ。


 話しかけても心ここに在らずで、抱きつこうとしたら拒否られた。寝室も別にされて、落ち込んでいた。


「しかも……ユリの香りがしなくなった」


 番ができた場合、他の人からはその香りを認識することができなくなってしまう。

 そのことに気がついていたけど、見て見ぬふりをしていた。近くにいなかったから、気がつかなかっただけ。


「でも、この婚約者と番になったってことだよな……」


 番になった場合、何があっても結婚しなくていけない。番の解消もできるが、その場合オメガは廃人と化してしまう。

 まあ俺が何を言っても、事態は好転しない。寧ろめんどくさいって思われて、終わりになってしまう。


 オメガは、複数人とは番になれない。だけど、アルファは複数人と番になれる。

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2024年12月2日 00:06

笑顔の素敵な君へ〜婚約者に浮気されて別れた後に、支えてくれた自分に自信のない年下のスパダリ上級アルファに溺愛されています〜 若葉有紗 @warisa0430

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