第6話 本気でお相手をして差し上げますわ!!~宮廷武闘大会・予選(2)~

「わらわが臆病者かどうか、その体で確かめてみるといい……!!」

 サラが腰を落として構えを取った。


 ——隙がない。

 セリーヌや名前すら忘れたモブ令嬢二名とは明らかに格が違う。ドレスを脱ぎ捨てないのは自信の表れだろう。


 サラ=ヴァティス。

 彼女とは、これまで社交界の場で会ったことがなかった。——地方貴族の娘だろうか。いずれにせよ、戦闘スタイルが分からない。

 どのように攻めるべきかリディアは一瞬迷ったが、すぐに考えるのをやめた。

 相手がどんな戦い方をしようと関係ない。こちらがやることは決まっている。

 ——走って行って、ぶん殴るだけですわ。


 床を蹴って、リディアはサラに向かって突進した。そして、彼女の顔面を狙って拳を叩きこむ。

 サラは唇を歪めて嗤った。

「……噂通り、突進するしか脳のない娘じゃな」


 動きを読んでいたかのように、サラは殴りかかってきたリディアの右腕をつかんだ。そして、向かってくるリディアのスピードを利用して、彼女の体を背負うような形で前方に投げる。

 リディアの視界がぐるんと反転し、背中から地面に叩きつけられた。


『リディア様、投げられた~~!!?』

『これは……、一本背負いですね。サラ様の得意な戦闘スタイルは投げ技……ということでしょうか』


 咄嗟に受け身を取って、リディアは即座に立ち上がる。

「フフ……、どこからでも殴りかかてくると良い。また投げ飛ばしてやるぞ?」

 サラはリディアを挑発する。

「やれるものなら、やってみるといいですわ……!!」


 リディアは高速でサラに連続してパンチを打ち込む。

 ——掴まれれば投げられる。ならば、掴まれる隙を与えなければいいだけの話だ。


『リディア様、怒涛の連続攻撃!! パンチの軌道が見えないほどの速さだ~~!!』

 サラはガード体勢を取って、リディアの連続攻撃を耐える。しかし、その目はしっかりとリディアの攻撃を捉えて隙を伺っていた。その冷静さと狡猾さが不気味だった。——焦って隙を見せれば、その瞬間に投げられる。

 背筋に冷たいものを感じて、リディアは後ろに飛び退ってサラと距離を取る。


「あなた、それほどの実力なのにどうして無名なのかしら……?」

 リディアはサラに尋ねた。

「……いかにも、わらわの家は地元では古い名家であるが、中央では無名じゃ。ヴァティス家が中央社交界に進出する足掛かりとするために、わらわはこの大会への参加を決めたんじゃ!!」

 サラは答える。

 ——なるほど、皆それぞれに戦う理由がありますのね。


「分かりましたわ……。家のためというあなたのその決意に免じて、本気でお相手をして差し上げますわ」

「なっ……、何じゃと……?」

 サラの表情に狼狽の色が浮かんだ。


 リディアはお辞儀をする時のように、優雅な所作で深紅のドレスの裾を広げる。

 ゴトッという大きな音を立てて、金属製の重りが床に落ちた。両太ももと腰に括り付けていた金属製の重りが5kgずつ、計15kg分だ。


『リ……、リディア様、今までハンデを背負って戦っていた……!?』

 会場がざわめいた。

「ば、馬鹿な……」

 サラの顔が青ざめる。


「……行きますわよ」

 リディアは唇を歪めて凶悪な笑みを浮かべた。床を蹴り、先ほどまでとは比べ物にならないスピードで一気にサラに肉薄する。


 サラは慌てて防御体勢を取った。リディアはパンチを打つモーションを見せてフェイントを入れてから、サラの脇腹を狙って鋭い蹴りを入れる。

「ぐはっ……!!」

 あまりの激痛に、サラの体勢が崩れた。


『リディア様の三日月蹴りが決まった!! これは痛い~~!!』

『三日月蹴りは、前蹴りと回し蹴りの中間のような軌道となる蹴り技ですね。ピンポイントで肝臓を狙っています』


 しかし、サラはまだ諦めてはいなかった。

ただでは終わるまいと、サラは蹴りを打ったリディアの引き足を掴もうとする。

 ——足を掴んで寝技に持ち込もうという魂胆か。


 サラの心中を見透かして、リディアはニヤリと笑った。

「——甘いですわ」

 掴まれそうになった足を上に跳ね上げ、リディアはサラの顎を蹴り上げる。

「がっ……!?」


 衝撃でサラの動きが止まったところに、ダメ押しとばかりに右ストレートを叩き込んだ。

 前歯が折れ、口と鼻から血を吹きながらサラの体は吹き飛ばされる。そして、地面に倒れて動かなくなった。

「……さよなら。あなた、まあまあ強かったですわよ」


『サラ様、完全にダウン!! リディア様、闘技場を血に染めた~~!!!』

 会場から拍手と歓声が沸き上がり、リディアの勝利を称えた。

 リディアは流麗な動作で一礼して歓声に応える。淑女たるもの、最後まで優雅であらねばならない。


『本ブロックの勝者はリディア=マイヤール伯爵令嬢に決定しました。本戦での戦いが楽しみですね』

『休憩の後、次のブロックの予選が始まるっスよ~!! チャンネルはそのまま!!』


 闘技場の舞台から控室へ戻る途中で、フラムが出迎えてくれた。

「リディア様!! 予選突破おめでとうございます……!!」

「ありがとう、フラム。見ていてくれましたのね」

「と、当然です……!!」

 ——でも、重りを外して本気を出さなければ勝てなかった。重りは本戦まで外さないつもりだったのに。


「まだ私の知らない強い淑女がたくさんおりますのね……。本戦までに、もっと強くならなくては」

「微力ですが僕もお手伝いしますよ!!」

「……ありがとう、フラム」

 そう言って、リディアは柔らかく微笑んだ。



 *****


 予選の全10試合は二日に分けて行われる。

 リディアが戦ったブロック以外でも、淑女たちによる激闘が繰り広げられていた。


 そのブロックでは、他の令嬢たちとは少し趣の異なる小柄な少女が戦っていた。桃色のツインテールに、愛嬌のある顔立ち。ドレスのスカートは大胆にカットされ、太ももが露出していた。

 どうやら自分の可愛さに自信があるらしく、観客席の男性ファン達に手を振ってアピールしている。


「みんな~!! メイベルを応援してね~♡」

 その様子が、対戦相手の淑女たちの顰蹙ひんしゅくを買った。


「殿方に媚びるなんて、はしたないわよ。淑女として……!!」

 結果として、メイベルは他の淑女たちから集中攻撃を受けることになった。

「いや~ん、こわ~い♡」

 しかし、対戦相手の攻撃はメイベルには当たらない。その小柄な体格を生かした素早さでちょこまかと逃げ回る。

 ——そして、いつの間にか相手の背後に回り込み、胴体を抉るような鋭いパンチを入れた。

「ぐはっ……!?」


『メイベル様のキドニーブローが入った……!! 腎臓を狙った攻撃!! これはえげつない~~!!』

『腎臓は人体の急所の一つですからね……。下手をすると腎機能障害を引き起こす危険な攻撃ですよ』

 激痛のあまり膝をついたが最後、メイベルは首を狩るような鋭い蹴りを相手の側頭部に叩き込む。一瞬で意識を失って、対戦相手はあえなく床に倒れた。


「あはっ、よわ~い。ざぁ~こ♡」

 ここに至って、ようやく他の淑女たちはメイベルがただのあざといだけの少女ではないことに気づいた。

「……どうしたの? かかって来なさいよ。全員メイベルがボコボコにしてあげる……♡」



 *****


 また、別のブロックでは。

 開始のゴングが鳴って早々、会場内は静まり返っていた。


『な……、何が起こった~!? 開始からわずか数秒、リンネ様を除く全員が倒れている~~!?』

 実況のシトリンも困惑していた。

 闘技場の舞台の上では、一人の淑女を除く全員が倒れ伏している。


 対戦相手の四人を瞬殺した少女は、長い黒髪をポニーテールに結い上げて、漆黒のドレスに身を包んでいた。——彼女の名はリンネ=シュバルツ。

 ゴングが鳴った直後、彼女は黒いスカートをひるがえし、舞うようにその場で一回転した……ように見えた。次の瞬間、対戦相手は全員床の上に崩れ落ちていた。


『……スロー再生で見てみましょう。ゴングが鳴った直後、リンネ様が隣の令嬢の首に手刀を入れ、前方の二人の顎に蹴りを当てて倒し、最後に残った一人に掌底を入れているのが確認できます』

『ほ、ほんの一瞬でそんな動きを……!? 速い、速すぎる……!! リンネ=シュバルツ男爵令嬢、一瞬で勝利を決めた~~!!』


 リンネは、無表情のまま事務的に礼をした。


 宮廷武闘大会の本戦は、予選を勝ち残った10名にシードである御三家の令嬢を加えた13名での勝ち抜き戦となる。

 ——戦いは、まだ始まったばかりだ。

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