第8話 本気でお相手をして差し上げますわ!!~宮廷武闘大会・予選(2)~

「わらわが臆病者かどうか、その体で確かめてみるといい……!!」

 サラが腰を落として構えを取った。


 ――隙がない。

 セリーヌや、名前すら忘れたモブ令嬢二名とは明らかに格が違う。ドレスを脱ぎ捨てないのは自信の表れだろう。


 サラ=ヴァティス。

 彼女とは、これまで社交界の場で会ったことがなかった。――地方貴族の娘だろうか。いずれにせよ、戦闘スタイルが分からない。


 どのように攻めるべきか、リディアは一瞬だけ迷った。だが、すぐに考えるのをやめた。

 相手がどんな戦い方をしようと関係ない。こちらがやることは決まっている。


 ――走って行って、ぶん殴るだけですわ。

 床を蹴って、リディアはサラに向かって突進した。サラの顔面を狙って右ストレートを叩きこむ。


「……噂通り、突進するしか脳のない娘じゃな」

 その動きを読んでいたかのように、サラはリディアのパンチを軽く受け流す。同時に、リディアの右腕をつかんだ。


 そして、リディアの体を背負うような形で前方に投げる。

 リディアの視界がぐるんと反転し、気がついた時には背中から地面に叩きつけられていた。


「かはっ……!?」


『リ……、リディア様、投げられた~~!?』

『これは、鮮やかな一本背負いですね。サラ様の得意な戦闘スタイルは投げ技……ということでしょうか』


 反射的に受け身を取って、リディアは即座に立ち上がる。


「フフ……、どこからでも殴りかかってくると良い。また投げ飛ばしてやるぞ?」

 サラはリディアを挑発した。


「やれるものなら、やってみるといいですわ……!!」

 リディアはサラに連続してパンチを打ち込む。


 ――掴まれれば投げられる。ならば、掴まれる隙を与えなければいいだけの話……!!


『リディア様、怒涛の連続攻撃……!! パンチの軌道が見えないほどの速さだ~~!!』


 サラはガードの体勢を取って、リディアの連続攻撃を耐える。

 しかし、その目はしっかりとリディアの攻撃を捉えて隙を伺っていた。その冷静さと狡猾さに、リディアは本能的な危機感を覚える。


 ――焦って隙を見せれば、その瞬間に投げられる。

 背筋に冷たいものを感じて、リディアは後ろに飛び退ってサラと距離を取った。


「サラ……と言ったわね。あなた、それほどの実力なのにどうして無名なのかしら……?」

「無名か……。いかにも。我がヴァティス家は地元では古い名家であるが、中央では無名じゃ。ヴァティス家が中央社交界に進出する足掛かりとするために、わらわはこの大会への参加を決めたんじゃ……!!」


 サラはそう答えた。

 確かに、宮廷武闘大会で勝ち進んで実力を示せば、無名の貴族であっても中央社交界で一目置かれるようになるだろう。


 ――なるほど、家のため……か。皆それぞれに戦う理由がありますのね。


「ふふふ……」

 不意に、リディアは笑い出した。


「な、何じゃ急に、気でも狂ったのか……?」

「いいえ、正気ですわ。……私、嬉しいんですの。ようやくあなたのような骨のある淑女と戦うことができて」


 ようやくまともに戦えそうな相手に巡り会って、リディアの心は高鳴っていた。

 ――これですわ、私が求めていた闘いは……!!


「家のためというあなたのその決意に免じて、本気でお相手をして差し上げますわ」

「なっ……、何じゃと……?」


 サラの表情に狼狽の色が浮かんだ。

 リディアはお辞儀をする時のように、優雅な所作で深紅のドレスの裾を広げる。

 ゴトッという大きな音を立てて、金属製の重りが床に落ちた。両太ももと腰に括り付けていた金属製の重りが五キロずつ、計十五キロ分だ。


 予選に臨むにあたって、リディアは自らにハンデを課していた。

 ――本来なら、重りは本戦まで外さない予定だった。しかし、真に強い淑女と闘うにあたって本気を出さないのは失礼というものだ。


『リ……、リディア様、今までハンデを背負って戦っていた……!?』

 会場がざわめいた。


「ば、馬鹿な……」

 サラの顔が青ざめる。


「……行きますわよ」


 リディアは唇を歪めて凶悪な笑みを浮かべた。床を蹴り、一瞬でサラに肉薄する。そのスピードは、先ほどまでとは比べ物にならない。


 リディアはパンチを打つモーションを見せる。サラは咄嗟に防御体勢を取った。

 その反応は、完全にリディアの想定のうちだ。

 パンチはフェイントだった。リディアは、サラの脇腹を狙って鋭い蹴りを入れた。


「ぐはっ……!!」

 激痛に顔を歪め、サラの体勢が崩れた。


『リディア様の三日月蹴りが突き刺さる! これは痛い~~!!』

『三日月蹴りは、前蹴りと回し蹴りの中間のような軌道となる蹴り技ですね。……急所である肝臓をピンポイントで狙った凶悪な攻撃です』


 しかし、サラはまだ諦めてはいなかった。

 ただでは終わるまいと、サラは蹴りを打ったリディアの引き足を掴もうとする。


 ――足を掴んで寝技に持ち込もうという魂胆か。

 サラの心中を見透かして、リディアはニヤリと笑う。


「――甘いですわ」

 掴まれそうになった足を上に跳ね上げ、リディアはサラの顎を蹴り上げた。


「がっ……!?」


 衝撃でサラの動きが止まる。リディアは、サラの顔面に右ストレートを叩き込んだ。

 前歯が折れ、鼻骨を潰されて血を吹き出しながら、サラの体は吹き飛ばされる。そして、地面に倒れて動かなくなった。


「……さよなら。あなた、まあまあ強かったですわよ」


『サラ様、完全にダウン……!! リディア様、闘技場を血に染めた~~!!』


 会場から拍手と歓声が沸き上がり、リディアの勝利を称えた。

 リディアは流麗な動作で一礼して歓声に応える。淑女たるもの、最後まで優雅であらねばならない。


『本ブロックの勝者はリディア=マイヤール伯爵令嬢に決定しました。本戦での戦いが楽しみですね』

『休憩の後、次のブロックの予選が始まるっスよ~!! チャンネルはそのまま!!』



 ***


 予選の全十試合は二日に分けて行われる。

 リディアが戦ったブロック以外でも、淑女たちによる激闘が繰り広げられていた。


 そのブロックでは、他の令嬢たちとは少し趣の異なる小柄な少女が戦っていた。

 桃色のツインテールに、愛嬌のある顔立ち。ドレスのスカートは大胆にカットされ、太ももが露出している。どうやら自分の可愛さに自信があるらしく、観客席の男性ファン達に手を振ってアピールしていた。


「みんな~!! メイベルを応援してね~♡」

 その様子が、対戦相手の淑女達の顰蹙を買った。


「殿方に媚びるなんて、はしたないわよ。淑女として……!!」

 結果として、メイベルは他の淑女達から集中攻撃を受けることになった。


「いや~ん、こわ~い♡」


 しかし、淑女達の攻撃はメイベルには当たらない。メイベルはその小柄な体格を生かした素早さでちょこまかと逃げ回る。

 そして、いつの間にか一人の淑女の背後に回り込み、胴体を抉るような鋭いパンチを入れた。


「ぐはっ……!?」


『キドニーブロー……!? 腎臓を狙っている! これは痛い~~!!』

『腎臓は人体の急所の一つですからね。……下手をすると腎機能障害を引き起こす危険な攻撃ですよ』


 激痛のあまり膝をついたが最後、メイベルは首を狩るような鋭い蹴りを相手の側頭部に叩き込む。一瞬で意識を失って、対戦相手はあえなく床に倒れた。


「あはっ、よわ~い。ざぁ~こ♡」

 ここに至って、ようやく他の淑女達はメイベルがただのあざといだけの少女ではないことを思い知る。


「……どうしたの? かかって来なさいよ。全員メイベルがボコボコにしてあげる……♡」

 残った淑女達を挑発するように、メイベルは凶悪な笑みを浮かべた。




 また、別のブロックでは。

 開始のゴングが鳴って早々、会場内は静まり返っていた。


『な……、何が起こった~!? 開始からわずか数秒、リンネ様を除く全員が倒れている~~!?』

 実況のシトリンも困惑していた。


 闘技場の舞台の上では、一人の淑女を除く全員が倒れ伏している。

 対戦相手の四人を瞬殺した少女は、長い黒髪をポニーテールに結い上げて、漆黒のドレスに身を包んでいた。――彼女の名はリンネ=シュバルツ。


 ゴングが鳴った直後、リンネは黒いスカートをひるがえし、舞うようにその場で一回転した……ように見えた。次の瞬間、対戦相手は全員床の上に崩れ落ちていた。


『……スローで再生して見てみましょう。ゴングが鳴った直後、リンネ様が隣の令嬢の首に手刀を入れ、前方の二人の顎に蹴りを当てて倒し、最後に残った一人に掌底を入れているのが確認できます』

『ほ、ほんの一瞬でそんな動きを……!? 速い、速すぎる……!! リンネ=シュバルツ男爵令嬢、一瞬で勝利を決めた~~!!』


 リンネは、無表情のまま事務的に一礼した。


 宮廷武闘大会の本戦は、予選を勝ち残った十名にシードである御三家の令嬢を加えた十三名での勝ち抜き戦となる。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る