第8話 淑女でアイドル♡メイベル=メイリー

 帝都某所にある中規模のライブハウス。

『みんな~♡ 今日はメイベルのために集まってくれてありがと~!!』

 桃色の髪をツインテールにした小柄な少女が、ステージの上で歌いながら踊っている。フリルのたっぷりついた短いスカートから大胆に太ももが露出しており、下着が見えそうで見えない。


「メイベルちゃ――ん!!」

 ライブハウスに集まった聴衆が、彼女の歌に合わせて声を上げる。

 集まっているのは男ばかりだ。皆おそろいのピンクのTシャツを着て、彼女の歌に合わせてサイリウムを振っている。その動きはまるで訓練でもしたかのように正確だった。


「なっ……、何なんですの、これは……」

 リディアは思わず引きつった声で呟いた。


「すごいですね、リディア様!! 僕、こういう所に来るの初めてです……!!」

 フラムは無邪気に目を輝かせている。

「ええ、私もですわ……」

 男ばかりの聴衆の中で、リディアたちは明らかに浮いていた。

 ——何故二人がこんな場所にいるのか、事の発端は少し前にさかのぼる。



 *****


 宮廷武闘大会本戦の一週間前となり、大会のトーナメント表が発表された。

 A~Dの4ブロックに各3名ないしは4名の令嬢が振り分けられ、1対1での勝ち抜き戦を行う。なお、シードである御三家の令嬢は二回戦からの参加だ。


「御三家は予選免除の上に本戦も二回戦からの参加ですのね。……ずいぶん優遇されておりますこと」

 トーナメント表を見て、リディアは思わず呟いた。


「……御三家の令嬢はそれだけ強いということですか?」

 フラムが尋ねる。

「まあ、そういうことですわね……」

 ——実際、ローズマリーは強かった。本気を出した彼女に果たして勝てるかどうか。


 先日会ったエーデルも、不思議な投げ技で片手で男を投げ飛ばしていた。実力は未知数だ。

 トーナメント表によると、エーデルとは二回戦で戦うことになる。


「だ、大丈夫です。リディア様なら絶対勝てますよ……!!」

「ありがとう、フラム。……まずは、一回戦を突破することを考えなくてはね」


 一回戦のリディアの対戦相手は、メイベル=メイリーという淑女だった。

 ——社交界ではあまり聞いたことのない名前だけど、一体どんな令嬢なのかしら。


 リディアは、メイベルについて検索をかけてみた。もしかしたら、過去の決闘の映像が記録されているかもしれない。

「何ですの、これ……。アイドル……? ライブ……?」

 しかし、検索にヒットしたのは意外な情報だった。


「リディア様、ライブって何ですか?」

 フラムが首をかしげる。

「……知りませんの? 庶民向けの娯楽ですわ。歌や踊りを披露して、それを皆で楽しむんですのよ」

「へぇ……、楽しそうですね……!!」


「まあ……、そうですわね……」

 ——フラムは本当に知らないのかしら?


「敵情視察のために、一度行ってみるのもいいかもしれませんわね。……フラム、ついて来てくれるかしら?」

「はい……!!」

 目を輝かせて、フラムは頷いた。

 ——そんな経緯で、二人はライブハウスを訪れたのだった。



 *****


 何曲が歌い終えた後で、メイベルは聴衆に向かって語り始めた。

『もう知ってるかもしれないけど、メイベルは今度の宮廷武闘大会本戦に参加することが決まりました~!! みんな、メイベルを応援してね~♡』


「メイベルちゃ――ん!! 頑張って――!!」

「絶対応援にいくよ~~!!」

 観客から口々に応援の声が上がる。


『メイベルの一回戦の対戦相手は、そ・こ・の……』

 メイベルはスッと片手を上げると、観客に混じっていたリディアをビシッと指差す。


『……鮮血令嬢リディア=マイヤール……!!』

 観客たちの視線が、一斉にリディアに集まった。


「ど、どうしてバレたんでしょう……!?」

 フラムがうろたえて声を上げた。

「……まあ、露骨に浮いていたから当然ですわね」

 これだけ目立っていてバレない方がおかしい。


 メイベルは、リディアに向かって不敵な笑みを浮かべた。

 二人の視線がぶつかり、にわかに緊張感が走る。——どうしましょう、こんな所で戦うわけには……


「せ、鮮血令嬢……」

「本物だ……」

 リディアを中心として、ざわめきがさざ波のように広がっていく。


「メ……、メイド服ロリ……」

「うひゃあっ!?」

 その時、フラムが悲鳴を上げた。誰かがフラムの体に触ったようだ。


「ちょっと!? フラムに手を出したら殴りますわよ!!」

 リディアがそう言った時にはすでに体が動いていた。

 寸止めするつもりだったが、リディアの突き出した拳は男の体を吹き飛ばしていた。周囲の観客も巻き込んでなぎ倒される。

 ——しまった、と思ったがもう遅い。


 周囲にパニックが広がる。しかし、

「お、俺も殴って欲しい……!!」

「自分、ビンタいいっスか!?」

「お、俺は踏んで欲しい!! そのハイヒールで……!!」

 何故か一部の男たちに妙なスイッチが入ってしまったようだ。逃げるどころかリディアの周囲にわらわらと群がってきた。


「なっ、何なんですの……!?」

 ——これ以上この場にいてはいけない。リディアの本能が危険を察する。


「フラム、逃げますわよ!!」

「えっ……、はい……!!」

 フラムの体を軽々と抱き上げて、リディアは跳躍した。

 何人かの男の顔面を踏みつけて観客たちの頭上を飛び越え、出口に辿り着く。警備員がリディアを制止しようとしたが、振り切って猛ダッシュで逃げた。

 そのアクロバティックな動きに、観客の一部から拍手と歓声が上がる。


『ちょっ……、な、何よ……。お前なんてメイベルがボコボコにしてやるんだから……!!』

 去り際に、メイベルのそんな声が聞こえた。




 ライブハウスから十分離れてから、リディアは足を止めた。

「フラム、怪我はありませんこと?」

「は、はい。ありがとうございます……」


「……結局、大した情報は得られませんでしたわね」

「でも、楽しかったですね……!!」

「そ、そう……? フラムが楽しかったなら何よりですわ……」


 まあ、たまには庶民の文化に触れるのも悪くないかもしれない。リディアはそう思うことにした。

 ——それにしても、淑女でアイドルか……。世の中にはいろんな人がいるものですわね。

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