幕間 私には聖女の正装がふさわしくないそうです。やめるか、セクシー大根。

「お義姉様にその神聖なる着ぐるみはふさわしくないわ!」


 私ことシュマリス・エールビアは婚約者の王太子殿下の御前で義妹ミュアーナに糾弾されている。全くもってその通りだと思う。野蛮で横柄な私と違って、ミュアーナはお淑やかな上に可愛らしい。


──そんな場で私がセクシー大根の着ぐるみ姿であることには誰も突っ込まないのだけどね。


 ああ、この世界は何かがおかしい。


 豊穣をつかさどる大精霊は植物の根から手足を生やした麗しい姿で人々の前に現れた、という伝承が残されているのだ。【豊穣の聖女】はその姿をかたどった正装を身にまとい、国の繁栄を祈らなくてはならない。


 その正装が、どこからどう見てもセクシー大根の着ぐるみなのである。


 やはり、この世界はおかしい。


 転生者である私だけが違和感を覚えているだけなのかもしれない。義妹ミュアーナにとってセクシー大根の着ぐるみ姿は、焦がれるほどの憧憬を抱くものなのだ、きっと。


 脳内に、「罰ゲーム」という言葉がよぎっていく。いや、神聖なる大精霊様の御姿を模した正装を着ることを罰ゲームだなんて、それこそバチが当たってしまう。


 世界が間違っているのではない、私が間違っているのだ。


「このシュマリス・エールビア、本日をもちまして、【豊穣の聖女】のお役目を辞退させていただきますわ」


 私は王太子殿下へそのように申し上げた。


「賢明な判断だな。当然ながら【豊穣の聖女】の座はエールビア家の正当な後継者であるミュアーナの方がふさわしい。所詮お前は、エールビア家の恥にすぎぬ」


 そんなもの私が知ったことか、と言いたいところだが、ここは奥歯を噛み締めてこらえた。


「どうぞ……ミュアーナとお幸せに、王太子殿下」


 聖女であるというだけで、王太子と婚約者にされていた。これで厄介ごとも一つ減る。


 私は謁見の間を退出すると、ようやく着ぐるみを脱いだ。


「この着ぐるみをもう着なくていいのね」


 ぽつりと安堵を呟く。


 【豊穣の聖女】は貴族の娘から輩出されることが伝統。貴族たちは自分の娘を聖女として王太子の婚約者に据え、娘を政治的に利用して甘い汁を吸い続けてきたという腐りきった政治体制が平気で横行するようになっていた。


 エールビア家の当主である父もその一人。父は聖女となる娘がなかなか誕生しないことに焦りを感じていた。そこで、平民の孤児であった私を引き取って、必ず私が聖女として選ばれるように厳しく教育したのだ。


 そんな折に生まれたのが義妹ミュアーナ。当然ながら血の繋がっていない下賤な平民の孤児より、血の繋がった我が子の方が可愛いだろう。父はミュアーナを聖女としたがったが、すでにその頃には私が正式な聖女として王太子との婚約が決まっていた。それを自分の都合でたがえることはできない。


 しかしそんな困りきった父に好機が訪れた。王太子がミュアーナに恋をしたのだ。それは当然のことだった。色素の抜けた白い髪を持つ私を、王太子は気味悪がっていたから。ミュアーナは見事な黄金の髪をしている。私のように大柄でもなく、小動物のように愛らしい見た目まで兼ね備えていた。王太子は──顔は決して悪くはないが、残念ながら身長がそこまで高いわけではない。きっと私が隣に立つとコンプレックスを多大に刺激されたのだろうことは想像に難くない。


 もう一度言うが、私は身寄りのない孤児。父はそんな私を拾って寝食の面倒を見てくれたのだ。それだけでエールビア侯爵家には感謝している。だが、政治的な道具にされるのは迷惑だし、私に【豊穣の聖女】なんて、たいそうな役目は務まらない。最初から無理のある話だったのだ。


「さよなら……セクシー大根」


 私は荷物をまとめて、侯爵家を出ることにした。父にそれを伝えると、厄介払いされるようにあっさり許可された。


 私は元より転生者。この世界をもっと自由に暮らしたい。幸いなことに読み書きはできるし教養も学んだから、仕事に困るということはないだろう。辺境でスローライフとしゃれこもうじゃないか。気楽な一人旅だ。


「おぬし、我のことを知らぬふりか」


 突然、耳元に朗々としたバリトンボイスが響いて飛び上がりかけた。おそるおそる、声のした方を振り向くと、肩に何かが座っている。


──ミニセクシー大根だ。


「我は豊穣の大精霊。こたび、おぬしの加護をすることに決めた」


 あ、そのまま喋るみたいです。


「おぬしこそが真の【豊穣の聖女】。気を落とすな。自信を持てい」


 さらっとトンデモ発言が聞こえたんだけど?




 この後、ドラゴンに襲われた私はミニ大根とミラクル合体! 復活せしセクシー大根として灼熱バトルを繰り広げることになり、それを目撃した王弟殿下と仲良くなったのであった。


「この私が【豊穣の聖女】……?」


 バトルの後、私の中で何かが変わった。かつては自分の価値を見出せず、聖女という役割に振り回されてきたけれど、いまや大精霊の加護を受けて、生きていく実感が湧いてきたのだ。そんな私は、王弟殿下に──。


「きみこそ真の聖女にふさわしい。そして俺は、きみに興味を持った。よければ、俺と共に国を再建してくれないか?」


 なんと、実質のプロポーズをされたのである。


「……ええ、もちろん」


 私は王弟殿下の申し出を受けることにした。かつては王太子に婚約者として扱われたが、今度は自分の意志で選ぼう。そして王弟殿下と共に、国を豊かで平和な場所にしていこう。


 その話が王都まで届いた後日、王太子は本物の聖女を追放してしまったことを知り、四方八方から糾弾されたらしい。彼はその場で顔が真っ白になり──大根のように。


 大根役者、いや、大根約者と言うべきか。


 そして、私は王弟殿下と共に辺境で新たな暮らしを始めた。自由に、誰にも縛られずに。これからの私の人生は、きっと今までよりずっと楽しく、実り豊かなものになるだろう。


 ……と、大根着ぐるみの中の人は思うのであった。

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悪食騎士の破壊ごはん〜戦場に美味がないから敵国を料理する〜 花麒白 @Hanaki_Tsukumo

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