第2話 海賊に白い粉をばら撒かせる

 作戦内容に関してだが、[銀のしゃち]団長ロナクには「正気ですか?」と疑われた。そんな俺は彼と共に海賊のアジトにいる。歴戦の戦士だろうロナクも、さすがに緊張を隠せないでいるようだ。


 アジトは珊瑚礁から離れた沖の離島にあって、一見すると無人島のようだが、その実は悪の巣窟。


 当然、船で来た。


「お貴族様が何の用だ」


 当然、歓迎ムードではない。


「海賊をやめて、漁師に戻らないか? と、提案しに来た」


 すかさずそう答えた俺を、海賊団のおさらしき人相の悪い男は睨みつけた。


「ふざけた提案によっては魚の餌にするつもりだったが、俺たちが元漁師だと知っているなら、ますます帰すわけにはいかなくなった」


 隣に立つロナクが助けを求めるように俺を見つめてくるが、気にせず続ける。


「まあ、話だけでも聞いてくれ」


 と言って、懐から取り出した乾燥粉末を見せる。どこからどう見ても白い粉だ。……怪しい。


「なんだその粉は?」


「寒天という」


 日本人にお馴染みの半固体のあれ。


「あ? 『カンテン』だあ?」


 訝しげな顔つきになった長に、微笑みかけながら説明を始める。今度は、赤褐色の乾燥した海藻も取り出してみせた。


「この海藻……『テングサ』を採取して欲しいんだ」


 長は手渡された海藻をじろりと眺めてから、こちらをもう一度、めつけた。


「これなら、この辺の海にいくらでも生えているやつじゃないか」


「そうだ。だから価値がある」


 ゼラチンはこの世界にもある。ゼリーやテリーヌが存在するのだ。だがしかし、寒天はない。お手軽スイーツとして優秀な寒天。


 寒天は魔法や寒い地方で精製しないと作れないが、長に簡単なトコロテンの作り方を教えた。


 乾燥テングサ、水、そして少量の酢を加えて煮出し、抽出液を布です。抽出液は常温で固まり、ゲル状になる。固まったゲルを、お好みに成形して出来上がり。ゼリーと違うのは、固まる温度だ。ゼリーはもっと冷やさなければならない。


 調べたところ、どうやら地球の野菜や海藻はおおよそあるようなのだ。そして、この近辺の海でテングサを見つけてしまった。これを食べるという文化がこの世界にはないだけ。非常に勿体無い。


「この海藻から精製できる寒天を王都で流行らせようと思っている……というより、すでに注目されていて、需要がある」


「なぜだ?」


 なんだかんだで、話を聞いてくれる長。完全に悪い人物というわけではないらしい。


「健康食品として、王都の貴族たちに高値で取り引きされ始めた。それに微生物……病毒の研究素材にもなる」


 まあ、俺が国王陛下に上申して流行らせたのだが。陛下もご試食済みである。コネは使うものだな。


「さあ、どうする? 俺はその気になればこの島を潰すこともできるが、できれば、いたずらに生命を奪う真似はしたくない」


 当然、争いになることも見越して、船の中には[銀の鯱]の団員たちも待機させてある。それをとっくに気づいている長は、一つ深呼吸をした。


「ハァ、分かったよ……その話、乗らせてもらう」


 そう。先ほども言ったが、元々彼らは地元の漁師仲間だったのだ。しかし、戦争の影響で造船するための資材を奪われ、職を失ってしまった。仕方なく、古い漁船で海賊業を始めて、商船から金品を奪うようになった。彼らがなるべく人を殺さないように立ち回っていたのは知っていたし、このあたりで手打ちとすべきだろう。


「俺も、ここの新領主として、漁師たちが安定して仕事をできるように復興させていくつもりだから」


「あんた、ここの領主なのかよ!」


 長はようやく気づいたらしく、青ざめて驚愕の表情を浮かべている。もし仮に俺を殺していたら、彼らは皆殺しになっていただろう。


──こうしてルニェール家の仇討ちはされたのである。


 ◇


「お早いお帰りで……安心いたしました」


 帰宅すると、アウローラが家庭菜園のために、庭の一画をスコップで耕していたところだった。


「アウローラ、海賊退治は終わったよ」


「ご無事で、何よりです」


 彼女はちょっと土で汚れた顔を綻ばせた。そんな彼女に俺は提案する。


「美味しいデザートを一緒に作らないか?」

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