第3話 温泉卵と温泉饅頭だろう

 次期騎士団長の座は謹んで辞退した。余計なトラブルを招きたくないし、俺は没落貴族ルニェール家の婿という形で伯爵をやっている。間男生活を楽しんでいるのだ。


 海賊退治が終わったところで、急ぎでしなければならない用事は屋敷の使用人を選ぶことだが、すぐに確保できた。


 元ルニェール家のアウローラ専属メイドだった、ミレットとアニス。


 執事は俺の実家ナイトレーデ家で修行していた執事長の息子、コニファー。


 料理人は新しく契約したクインスという壮年の男性だ。


 俺の潤沢なポケットマネーから給料が出せるので問題ない。あとは領地経営でのんびりと収入を得ていけばいいのだ。くだんの寒天も、今年は税金を免除し、来年からは収入に応じた税収を得るつもりだ。つまり、その頃には船も充分に確保しなければならない。


 とにかく早急に船が要る。だが相変わらず物資の価格が高騰している。船木にするための上質な材木。金具にするための鉄鉱石。それらを手に入れるためには、林業や鉱山業が盛んな領地と手を組まないといけない。


 いかんせん、戦場に行っていた俺は、そういった貴族とのコネが少ない。できれば、国王陛下から優先的に物資を回してもらったり、ルニェール家の人脈を利用したりしたいところなのだが。


 あ、思い出した。「この戦争が終わったら結婚して実家を継ぐんだ」とがっつり死亡フラグを立てながらも生き残った貴族令息の友人がいたことを。あいつの実家は確か、ドンピシャで林業と鉱山業をやっていたはずだ。


 さっそく、その友人に宛てて一筆したためた俺は、王都にあるそいつの屋敷を訪ねることにした。それをアウローラに話したら……。


「私も一緒に行きたいです!」


 彼女から何か積極的な意思を受け取ったのは、間男になって欲しいと頼まれたとき以来だ。


「間男と不純な外出がしたいと?」


 なんて、冗談半分で訊いてみた。


「不純な、外出……」


 あの、あんまり、本気にしないでください。


「素敵ですね!」


 だんだんアウローラが適当になってきた。


 ◇


 目の前には貴公子然とした美男子。そして、斜め後ろに立つ美女。アウローラが可愛い系だとしたら、この女性は綺麗系。


「リューエ、久しぶりだな」


 ワインを持って挨拶したのは騎士団第二連隊長であり友人のリューエ・メイラース。俺は第一連隊長。終戦してから、ゴタゴタで互いに会う機会もなかった。きっとこいつも、実家を継ぐ手続きや……美しい奥方と結婚するので忙しかったのだろう。


「いや、おまえが大戦の英雄なんてな」


 リューエはしみじみと腕を組んでうなずいている。


「俺は大したことをやっていない。戦争に英雄なんて存在しないさ」


 元・日本人らしく謙遜しておく。


「妻のエフェリーンです。よろしくお願いします、アウローラさん」


「よろしくお願いいたします」


 おっと、こちらは美女同士で親交を深めているようだ。


「──ようやく、終戦して本業に戻る兵士たちが増えてきた。それまでは、こちらも経営が破綻しかけていてな」


 ソファに座るようにうながしたリューエは、ついに本題に入った。


「船の材料が欲しいんだろう? 優先的に融通したいのはやまやまなんだが、問題があってな……」


 そう続けたリューエは浮かない顔をしている。


「何が起こった?」


「流通路を護衛する兵が不足している。一時的にでもいいから、人材が欲しい」


 それなら、心当たりしかない。素晴らしいタイミングだ。今、商船の護衛ができないどころか、海賊もいなくなって、ほぼ失業中の傭兵団[銀のしゃち]。


「人材を確保できる……と言ったらどうする?」


 すると、リューエの表情が目に見えて明るくなった。実家の実質的な運営は代官に任せているので、これからも王都住まいなのは変わらないらしい。密に連携を取っていけば、互いにWin-Winだ。


 こうして、木材と鉄材は確保の目処が立った。


「ところで、聞いたぞ? カンテンとかいう新しい産業に手をつけたらしいじゃないか。うちの領地も、新しい事業に手をつけられたらいいんだけどな……」


 さすが、貴族令息なだけあって、他の貴族の動向には耳が早いらしい。だが悩んでいるのか、リューエは腕を組んだまま、虚空を見つめている。


「自然が豊かなんだろう? 確か、おまえの領地には温泉があったよな?」


「……ああ、それがどうした?」


 リューエはこちらにまじまじと視線を向けた。


「戦争で怪我をした兵たちに湯治場として解放するのはどうだ? 女性にも美肌効果があると宣伝すればいい。冬季に地元の人間の副収入源として、雪景色を活かした温泉地と銘打って観光開発をするのは?」


 などと、提案してみる。


「なるほど、その手があったか!」


 納得したように、リューエは手を打った。


「温泉で茹でた卵を売るといい」


 これは聞かなかったことにしてくれてもいいが。


「な……なぜだ?」


「やったことないのか? 勿体無いぞ」


 温泉といえば卵だったり饅頭だったりと名物を作ればいいんだ、と説明すると、「マンジュウとはなんだ?」と至極当然の質問をされてしまった。

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