第二話 『死者の復讐 下』
立ち込める霧と
視線の先には朽ちた砦があった──崩れかけた木の門の横には、歩哨らしき盗賊の数名がたむろしていた。
男達は焚き木を起こしてその傍にいた。酒を飲んでいるようだった。彼らは雨の降る空を忌々しげに睨み、退屈そうに時間を潰していた。
樹壱は剣を抜き、滑るようにして高台から降りた。
草むした廃道から、門に向かって歩を進めた。
ようやく樹壱の存在に気づいた連中が、腰の獲物を手に立ち上がり怒鳴った。
「なんだてめえは。殺されてえのか」
樹壱が剣を振るった。
つるぎの軌跡は虚空をまたぎ、三つの首が宙へ飛んだ。
インベントリの窓は、盗賊達には目に見えず避けることも、何が起きたのか把握することも不可能だった。
瞬殺した死体から吹き出す血が焚き木の火を消すなか、樹壱は彼らに一瞥もなく、門を蹴り破った。
二人の男が目を丸くして立っていた。樹壱の二振りで、致命傷を受けて倒れた。
入口を通ってすぐ右にスロープがあり、そこを登っていくと、剣を構えた男が上から飛び出してきた。
奇声と共に武器を大きく振りかぶった。
樹壱は指一つ動かさず、男を見ていた。男は、すぐに血を吐いて転がった。
その背中には斬られた傷があった──男の剣は、樹壱の目の前に張られたインベントリの窓を通り、さらに男の後ろに開かれた窓から飛び出して、刃が男自身を切り裂いていた。
樹壱は倒れた男の横を通りがてらに、剣先で頸動脈を斬って介錯をした。
スロープを登り終えると、丸太の城壁沿いに渡り廊下の回廊が続いていて、そこから砦の内部も一望することが出来た。
その頃になると、部外者が正面突破してきたという異常事態に気づいた盗賊達が、騒ぎはじめていた。
指笛を使った警笛が鳴る。
インベントリを開き、樹壱は一枚の札を取り出した。
札には魔法陣が描かれており、魔力の籠められた小さな黒石が貼り付けられている──
ペンを取って、一筆加えることで魔法陣が完成する。
札を放ると、大きな炎が上がった。木製の砦門が延焼し、出入口を塞ぐ。
樹壱は元来、魔法を使えない──魔力を持たないためだ。
インベントリなどの能力とは別だった。それはこの世界の人間や動植物だけが、魔力という超常的な力を持つからだ。
外部から呼び出された樹壱にその力は無い。
それでも魔力石が貼られた『呪符』という形で、こうして利用することは出来た。
城壁沿いに回廊を歩いていくと、別のスロープから登ってきた盗賊が大挙してくる。
目を血走らせ、彼らが手にした斧や棍棒や剣は、侵入者の血に飢えていた。
先頭を走る連中の地面にインベントリ窓を横に、細く長く開く。
足を引っ掛け、もんどりうって転んだ男達につまづいて、後続が次々に倒れる。
混乱をきたす盗賊達に対して、樹壱の剣が閃いた。斬撃は不可視のインベントリの窓を通して、的確に急所を切り裂いた。
数人が反射的に盾を構えるが無意味だった、樹壱の攻撃は空中を渡って届いているわけではないのだから。構えた盾の裏側から窓が開き、刃が襲う。
次々に倒れ、恐慌して逃げ出した男の頭が、まっぷたつに割れた。
風切り音。
それが矢の音だと、樹壱は分かっている。
避けもせず見もしなかった、矢は樹壱の体に届く前にかき消えた。
射手の背後に開かれたインベントリの窓が、彼らの殺意をそのままに返した。
物見台の上にいた二人が弓を取り落して、崩れ落ちた。樹壱は砦に乗り込む前に偵察を行い、どこに射手がいるのかをもう把握していた。
壁の内側、砦内の建物の中から何人かが、武器を持って飛び出してくる。丸太城壁に沿って歩く樹壱は視界に入り次第、斬って捨てた。
樹壱のインベントリ窓の展開できる距離に制限はない。
どこにでも窓を開ける。強いて言えば有視界内の全てと、見えなくても『そこに何があるのか既に知覚・把握できている範囲』だ。
言い換えればその範囲は、全て樹壱の剣の間合いだった。
多くの盗賊がはるか遠距離から、何もできずに心臓を一突きされ、首を刎ねられていく。
鉄兜の男の首を飛ばした時、樹壱の剣が曲がって折れた。放り捨てると同時に、インベントリに仕舞っていた新しい剣を抜く。
次の獲物へ向け、淀みなく刃を振るう。
城壁沿いの回廊の終端に着き、スロープを降りて地面に立った頃には、もう……砦内の建物から外へ出てくる者の姿は見えなくなっていた。
残っている者達は外へ出た途端、仲間が血を吹いて倒れる光景を見て、異常事態に竦んだのだろう。
血の海が広がっていた。
すでに、30人近く殺していた。
まともな戦い方ではなかった──また、樹壱もまともに戦う気はなかった。
単に一方的な殺戮、駆除、殲滅だった。
そして始めた以上、最後まで止める気はない。
砦が放棄される前は兵舎として使われていたらしき建物に近づくと、樹壱は木製の窓から中を覗いた。誰かが奥へ逃げ出して行くのが見えた。
インベントリから呪符をずらりと抜き、矢継ぎ早に線を書き足す。
再びインベントリにそれを突っ込み、建物の中で開いたインベントリ窓からぶち撒けた。
爆発するかの如く、炎が広がった。
悲鳴を背に、砦内に作られたいくつものテントに対して、同じように呪符を降らす。炎上し、隠れていた者が飛び出して、火だるまになって踊った。
樹壱も把握していない方向から不意に、幾つか抵抗の矢が飛んできた。
しかしそれらは目標に当たる前に消え、反対側へと飛び出していく。
樹壱を囲むように360度の円筒状のインベントリ窓が展開されており、この状態では、物理的に樹壱へ攻撃が届くことはなかった。
これを突破する魔法的手段も存在するが、ただの食い詰めた山賊に、高級人材である魔法使いが混じっている事を考慮する必要はほぼ無い。
もはや隠れる場所すらないと悟った者達が逃げ出そうと、樹壱が侵入してきた砦の入口とは逆の方向に置かれている、もう一つの出入口の門へと殺到した。
樹壱は歩いて追いかけつつ、見つけた端から盗賊を斬り殺していく。
血。
死体。
折り重なって死んでいく者達に、樹壱の表情は眉一つ動かなかった。
まるで殺戮機械のように、視界に入る者を殺し続けた。
もう一つの門の前で、追い詰められた数人の山賊が、近づいてくる樹壱の前で武器を放り捨てた。
「やめてくれ。もう殺すな! 何が欲しいか言え、金か女か。何でも用意する」
「お前がこの盗賊の頭か?」
「そうだ! 本当に一体なんなんだ、あんたが殺してるんだろ? 俺達があんたに何をした。とにかくもう降参するから」
「ある村で、村長の一家を吊るしたな? 夫妻に子供二人と乳児まで。そして晒し物にした」
「……その復讐に雇われたのか? あんた誰だ」
「アンバーと呼ばれている」
「アンバー? じ、【十字路の男】か!? あの!」
樹壱が剣を一閃する。
飛ぶ斬撃によって、盗賊の一人が首から血を吹き出して倒れた。
「やめろ! 武器を捨てたんだぞ!?」
「お前達は、武器も持っていない村長を殺しただろう。彼らは命乞いもしたはずだ。お前は殺した。子供達も、赤子さえ逃さなかった……」
盗賊の頭は隣にいた部下を、樹壱のいる方へ突き飛ばした。門を蹴り開き、一目散に逃げていく。
樹壱は自分の足元にインベントリの窓を開いた。
重力に従って樹壱の体は、地面に吸い込まれるようにして消失した。
そして逃げ出した盗賊頭の前へと、もう一つのインベントリ窓が開かれた空中から現れて、降り立った。
空間移動してきた樹壱に、盗賊頭の目が驚愕に開かれた。
次の瞬間には、樹壱の剣が肩から袈裟懸けに入り、その腹の半ばまで斬っていた。
死体を転がし、両手を血に染めた樹壱は、先ほどまで自分が立っていた場所まで歩いて戻っていく。
腰の抜けた山賊の部下の男が、必死に命乞いをした。
「お、俺はやってねえ! 街道から入ったあの村だろ、吊るしたのは親分と他の奴らだ! 俺は殺してねえっ!」
樹壱の瞳は、冷酷を映していた。
わずかな間に、男の服装を細かく観察していた。
「お前の、その服。ズボンの裾と腰のあたりに、古い血の跡があるな。少なくとも今、俺が殺した奴らの血じゃない。……仕立てから見て盗賊には相応しくなく、商人の物を殺して奪ったか」
「ひいいいっ!」
這いずって逃げようとした男の首が、皮一枚を残してぶらりと垂れ下がった。
鮮血を撒く死体をまたぎ、樹壱は燃え上がる砦の中を歩く。
まだ幾らか息のある者達がいた。
彼らが樹壱の姿に気づこうと気づくまいと、見つけ次第全ての人間を殺していった。
やがて砦の中は、樹壱以外生きている者がいなくなった。
────────────────
強くなった雨足が、炎上した砦の火を鎮火していた。黒く上がる煙以外に、動くものは何もなかった。
樹壱は剣を手に立ち尽くしていた。
50人。
正確には52人だった。
全て、樹壱が殺した。
人を殺したのは、もちろん初めてではない。これまでにも数え切れぬほど人間を殺め、手を汚し、罪を重ねてきた。
そして己の身を守るために相手を殺す事はこの世界において、決して悪ではない。生きている者の正義で、権利だと思っている。
オリゴや村人達には、確かにその権利があった。
だが──自らの意思で死地へやって来て──斬られても頭を潰されても死なず蘇る、不滅の樹壱には、それは当てはまるのか?
おそらく、当てはまらないだろう。
樹壱には死の恐怖がすでにない。彼は、死を願っても死ねない身だからだ。
万人に等しく与えられる死の恐怖すら持たない存在が、どうして、人間に死を与える権利があるのか?
不死。そういう存在が、たった一つしかない相手の命を容易に奪う事は、正当な正義や権利のようには樹壱には思えなかった。
それはあまりに一方的で、卑怯で、傲慢ではないか。
神の為す所業ではないか。
人間のやることか。
皆殺しにする必要はあったのか、下手人だけ殺し、他は蹴散らして、生かして逃がせば良かったのではないのか。
──分かっている。それは出来なかった。
逃れれば、彼らはまた同じことを繰り返すからだ。
この世界には犯罪者の更生の場など、存在しない。そんな社会システムはない。この世界の牢とは処刑の準備の場所に過ぎず、殺人者の改悛など夢物語である。
そして処刑は善良なはずの人々にとっての、立派な娯楽でさえある。
だから逃せば、村へ対する報復が起きるだろう。依頼者の村長オリゴだけでなく、村民もその家族や子供たちも、当然のように狙われるだろう。
それが盗賊であり、奴らに法は無かった。盗賊や野党という人種がどんなものか、樹壱は嫌と言うほどよく知っている。
樹壱はあの村人達を守りたかった。そうである以上、盗賊達の命を切り捨てるほかなかった。
……ならば樹壱もまた、ただの人殺しだろう。
幼児さえ容赦しない残酷な殺人者と言えど、何もない所から生まれたわけではない。罪を犯したとしても、更正の余地などなくとも、それでも人の親から生まれてきた存在だったはずだ。
樹壱は『選択』をした。そうしたかったからだった。
その権利などないにも関わらず……
「……はあ」
少し、永く生きすぎていた。近頃は、自罰的な懊悩がよく巡る。
人は初めて人を殺した時、それをずっと覚えているという。
二人三人と殺していくと忘れる事はあるが、目を見て殺した最初の一人目は、必ず覚えているのだと。
この世界に来てから、樹壱はそれが本当だと知った。少なくとも樹壱にとってはそうだった。夜ごと悪夢を見て、うなされた事もあった。
だが300年、経つと。
最初に殺した相手の顔すらも、殺した記憶の多さに埋もれて忘れてしまうとは──知らなかった。
雨が降る。
樹壱は剣を腰に仕舞い、血で染まった水溜まりを踏んで歩き出した。
人間性の喪失を、胸に抱えて。
────────────────
街道へと戻り、例の村に向かって樹壱は進む。
既に雨はやみ、割れた雲の間から、陽光が差し始めていた。
もう盗賊はいないと、オリゴに伝えておけばいいだろう。
報酬を要求する気もなかった。金に困っているわけでもない。
樹壱が求めているものは女神の欠片であり、その全てを集め終えて、『解放』されることだ。その『解放』とは、自分の終わりさえ含まれる。
彼はいまだ、死ぬことが出来ない。もう望むものは何もない。
──しかし。
幾らか歩いたところで、樹壱は立ち止まった。
異変を感じ取っていた。
「おかしい。村へ入る横道が──ない」
とっくに横道が見えていなければならなかった。街道をこのまま進めば、樹壱が来た町へ戻ってしまう。
立ち止まって周囲を見る。
距離感と森の形から、この辺りに横道があったはずだ。
雨は既に上がっており、太陽の位置とこれまでの体感所要時間から考えても、間違いがなかった。
「……」
道はないものの、見覚えのある高台の森へ向かって、樹壱は歩いていった。藪があるが、インベントリから鉈を取り出して切り開いて進む。
地形は同じだった。ただ、人の手によって開かれていない。
濡れた草まみれの地面を踏み、記憶の通りに向かう。
見上げれば昨日見たのと変わらない、高い木の梢と、夏の終わりを告げる太陽があった。
そして、かわ葺き屋根が見えた……だが、それは大きく様変わりしていた。
朽ちきった屋根はところどころに崩れており、山小屋は人が住めないほどに荒廃していた。
扉は戸の前で倒れ、中は荒らされ、植物が至るところに繁茂している。
「まさか──」
樹壱はしばらくその場に立ち尽くしていた。
そして、あの時覚えていた違和感の正体に、やっと気づいていた。
「そうだったのか。太陽の位置だ、今日はまだ正午にもなっていない。昨日見た太陽は夕刻。『西から登り、東に向かって落ちていた』。
既に通常の空間ではなかった。なぜ失念していたのか、いや、意識できない事まで含めての効果が」
俯いていた樹壱はやがて、村があったはずの場所へ向かって進んだ。
入口であったはずの場所から、樹壱は眺めた。
村の幾つかの家は焼かれて崩れていた。それも最近の事ではない。
出歩いている人の姿は前と同じく見えなかった、そして今回は建物の中から見つめる視線と気配もなかった。
耕されていた畑は荒れ果て、雑草が腰の高さまで伸び、道には砕けた柵のかけらと家畜の骨が散乱していた。
道沿いに墓標が、無数に並んでいた──それは上の板が斜めに傾いだ歪な十字架で、死者が向かうべき常世への方角を示す意味を持つという。
北方諸邦における、一宗教の墓。
井戸まで来ると、壊された屋根が横倒しに倒れていた。
樹壱が足元を見るとそこには、子供のおもちゃの布製の人形が、半ば焼かれて泥に汚れ、地面に落ちていた。
不穏で寂莫とした風が吹く。
樹壱の瞳には、哀しみと後悔が浮かんでいた。
井戸の近くにはオリゴが出てきた家があった。崩れてはいたが、辛うじて家の形は保っていた。
樹壱はその家に向かい、ドアの取っ手を掴んだ。ぎぎぎ……、と不気味な軋み音を立てて、ドアが開いた。
土間から上がったところに、暗がりで人骨が座っていた。
人骨が身に着けているのは、傷んでいたが、オリゴが着ていた服だった。
その彼の前に二枚の銀貨と、白い石が転がっていた……。
「予感は当たっていた。こんな当たり方はして欲しくなかった……」
全ては徒労だった。無駄な犠牲だった。
樹壱は復讐よりも、ただ50人の村人達が脅かされず生きる事を望んで、50人の盗賊を殺した。しかし既に彼らは死んでいた。
残ったのは、100人の無益な死だった。
原則を一時の感情で崩して、甘さを見せた結果が、これだった。
樹壱は己の愚かさを呪いつつ、オリゴの前に落ちていた小石を拾い上げた。
紛れもなく、女神の体の欠片だった。
オリゴが魔法を用いた形跡はなく、恐らくこれは彼が死の間際に手の中で握っていたものだ。
欠片は時折、このような不可思議な挙動を示す事があった──特に、悔いや恨みを遺して人間が死んだ場合。
魔法という手段を超越し、その者の願望や怨念や、果たせなかった事を叶えようとする。
その力は不可能を可能にする。
本物の神の力が、唯一、死をも覆す。
ただし、歪んだ願望の形で……。
樹壱が村を訪れたのは偶然だった。効果が終わったのは、あの盗賊団が全滅したからだろう。
樹壱の思いが何であったにせよ、オリゴの願いは叶っていた。
これは推測だが……町に住んでいたオリゴが、知らせで村に戻った時、おそらく村は既に略奪され、全ての村民は殺されていたのだ。
血縁者が村長であるなら、オリゴはこの村の出身だったのかも知れない。
故郷の滅びをオリゴは受け容れられなかった。
埋葬を終え、やがて彼は自死した。
彼の抱いていた思いを欠片が叶え、仮初めの命をオリゴと村人達に与えた。
それがオリゴの願望の部分だ。
村長一家は蘇らず、遺骸と惨劇の跡だけが残っていたのは、オリゴの盗賊に対する復讐の念が反映された為。
彼自身の記憶が改変され、自分も村人も死んでいる事を知らず、盗賊団に報復するきっかけとなる者を待ち続けていた……。
こんなところだろう。過去再生を使ってまで、推測の真偽を確かめる気は、樹壱にはなかった。
ここにはもう、何も無いのだから……。
死者の為の復讐は果たされていた。
何を知ろうと思おうと、もはや全ては終わってしまったことだった。
樹壱は家を出た。そのまま無人の村を後にする。
ここでやれる事はもうなかった。
来た道を辿り、自分で切り開いた森の坂道を抜けた。街道へと戻ると、村のあった方向を振り返った。
森は静かに佇んでいた。
──はじめから何も無かったのだと、言わんばかりに……。
手の中の、女神の欠片を見つめる。結局はこれを手に入れるには、オリゴの願いを聞いてやるしかなかったのかも知れない。
もっと穏当な手段があったのかも知れない。
今となっては、誰にももう分からない。
旅を続けなければならない。
樹壱は彼方の街道の先へと、目を向けた。
──もおーいいーかい──
──まぁーだだよ──
「……!」
遠く届いたこだまの声に、樹壱は再び背後の森を振り返った。
女神の欠片は回収した。何かが起きることは、もう無いはずだった。
こだまは幻であったかのように、空中に融けて消えていた。
あり得ない事だった。
だが……
「いや。やめておこう。あの村はもう十分に、過去の傷をほじくり返されたはずだ。これ以上は死者達を静かに眠らせておくべきだ」
樹壱は言い、村の方向から視線を外した。
国境へ向かって1人、街道を去っていく。
終わったことは、もう終わらせてやるべきだった──終わりを繰り返しても、誰の為にもならない。
オリゴのように死者を仮初めに蘇らせても、ただ空虚なだけだ。
空しく過去の痛みを繰り返すだけだった。
死者の為に生者が出来ることは祈る事、ただ安らかに、彼らの醒めない眠りを妨げない事だけだった。
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